100話 怒り
新暦1348年 ガレリア大陸 アルゼン帝国南東部 コロムロ
個人戦準々決勝の最後の試合はフォート=ライレリックが同校のサックシャー=セレナを破り、ベスト4が決まった。
続く団体戦準決勝、アリジニステンA対タルムAの試合の間、トキは彼と控え室を同じくした。
試合の間隔が短くなってきたため、フォート=ライレリックはため息をつきながら部屋に入ってきた。
だが、入った瞬間に背筋を電流が走る。
控え室は濃厚な殺気に満ちていたのだ。
その原因となっている方をゆっくり見ると、トキが壁に向かって立っていた。
その背からは瞬きをするだけで首に刃物をつきつけられる、そんな危険な感覚が感じられた。
フォート=ライレリックの頬に汗が伝う。
「お、お邪魔しましたぁ……」
彼は静かにそう言って部屋の外に出ることにした。
(やっばい、やばいって!彼ってば、今オコっすよ。激オコっすよ。一緒にいたらこっちが殺されそうだし。あっれぇ?これって学生の試合っすよね?会場間違ってない?健全さが売りでないのぉ?決勝いったらアレと戦うの?無理無理。殺されるっす。身の安全を確保せねば、うん。姐さん許してちょ)
窓から見える青い空に向かって、フォートは自分の学園の副会長を思い出しながら謝罪した。
廊下で待つことにしたフォートだったが、安心は束の間。
トキが扉を開けて、廊下に出てきた。
そして、フォートの方を向いた。
(ちょ、ちょい待って。俺っちに用事でもおありっすか?勘弁してください。今お金は持ってないっす。え?命?勘弁してください)
そんなフォートの自己弁護を他所にトキが語り始めた。
「俺の仲間がさ、グレン=ホオツキってやつに痛めつけられたんだわ……。あいつは許せねーよ、許せねー。……許せねーよな?」
フォートはカクカクと首を縦に振る。
「あいつと戦うとしたら決勝戦か……。楽しみだわぁ……。どう料理してやろうか……まさか負けることはないだろう?……お前もそう思うよな?」
トキはフォートの顔を見ているが、焦点は合っておらず、虚空を見つめていた。
フォートは再度首を縦に何度も振った。
「あぁ……安心したわぁ。これであいつを……」
用は済んだとトキは控え室に戻っていった。
扉が締まるとフォートは廊下の壁に持たれてズルズルと座り込んだ。
(俺っちは悪くない。悪くないんす、姐さん。文句ならあの化物に言ってください。はぁ~ビビったっす、マジで。親父の何十倍もおっかねぇ)
ライレリック流弓術宗主である厳格な父親に泣かされながら鍛えられてきたフォートは、泣かないほどに強く自分を育ててくれた父親にこの時初めて感謝の念を送った。
交流戦も終盤となり、団体戦はアリジニステンAチームが勝利を納め、個人戦準決勝となった。
「とうとう個人戦は準決勝となりました。決勝に駒を進めるのはトキニア=ゼペルルクス君か、それともライ=エン君か。短期決戦と予想していたゲッサントゥ様ですが、やはりそのような展開になるでしょうか?」
「普通に考えるばそうなる確率は高いでしょう。速度に優るゼペルルクス君が一瞬で間合いを詰めて勝利するか、ライ=エン君の雷魔法は必殺という威力がありますから、当たればゼペルルクス君を倒すこともできるでしょう。使いどころをどうするかという点に注目したいですね」
「なるほど。そういったところに注目していきましょう!間もなく個人戦準決勝が始まります!」
控え室を出て闘技場内へと歩くトキの足取りは確かなものだった。
だが、隠すことなく殺気を周囲に振りまいていた。
トキの姿を見た観客が次々と声を落としていく。
交流戦が始まってからというもの、歓声と雑音に満ち溢れていた闘技場が静寂に包まれるという異常事態に陥った。
ざわつく声もなく、誰かの唾を飲み込む音が聞こえるほどに静かだ。
対峙することになったライ=エンも震える右手を抑えてトキを見据えた。
「どういう……つもりだ?」
俺を殺す気か、という疑問がライ=エンの心中を渦巻いていた。
不敵な笑みを浮かべていたトキとはかけ離れた姿で、まるで別人のように見えてしまう。
殺気という言葉を知ってはいたが、自分の身で感じることは初めてだった。
怖い、ただひたすら恐怖するような感覚に襲われる。
「何も……」
トキは短くそう答えた。
トキの答えもライ=エンの頭の中には入ってこなかった。
どうする?どうする?と同じ言葉が幾度となく反芻していた。
すると、トキがライ=エンとフルネームで呼びかけてハッとトキを再び見つめ直した。
トキの言葉は簡潔だった。
「ジタバタするな。手元が……狂いそうだ」
悪魔の微笑み。
そう例えられるような笑みをトキが浮かべた。
それを見たライ=エンは試合開始の合図がされる前に直雷を発動した。
身の危険をこれまでにないほど十全に感じたための偶然か、その発動速度はライ=エンにとって過去最高と言える早さだった。
ピカッと光った瞬間に轟く雷鳴。
だが、予期していた爆音は聞こえてこない。
トキが右手を空に向け、風の渦を発生させてライ=エンの雷撃を防いだのだ。
『突貫の颶風』
暴風がトキの上空で渦巻き、その影響が周囲にも出て、距離を置いたライ=エンも顔を腕で隠すほどだった。
鳥王サンダラーシスとの戦闘で実証済みだったそれを瞬時に発動したトキ。
暴風によってその声はかき消されたが、トキはライ=エンに対して口を動かした。
「……いいんだな?」
何がとは言わなかった。
右手を下げて腰の剣に手を当てる。
発動していた魔法が徐々に消え、同時にトキの姿が消える。
気づいた時にはライ=エンの背後で剣を振り抜いた状態にあった。
トキが振り向くと、ライ=エンは落ちるように倒れた。
そこへ、追い討ちをかけようとするトキの背後から走ってくる者がいた。
乱入者に対し振り向きざま、横薙に剣を払う。
走ってきた者は立ち止まり、首筋に剣が触れて一筋の血が流れた。
その者が誰か、気づいたトキがギリギリで剣を止めはしたが、特級という切れ味を持つトキの剣は触れただけで傷つけてしまった。
「イ、リア……」
「トキ、落ち着いて。決着はついたわ。あなたの勝ちよ?」
「イリア……血が……ご、ごめん」
「このくらいすぐ治るわ。それより、あなたの方が心配。どうしたの?」
「……それも……ごめん」
謝るだけのトキをイリアは心配そうに見つめる。
準決勝に出てきてから、トキの様子はイリアも見たことがないものになっていた。
いつものトキではなく、正直なところ怖いと思ってしまった。
だが、トキが消えた時には壁を越えていた。
止めなければ、と思った。
そう思ったのはイリアだけではない。
見ればエレスも控え室の方から飛び出してきていた。
「トキ君、ダメよ。力を無為に使ってはダメ。あなたがあなたじゃなくなっちゃうわ」
悲しげに、そして諭すように言うエレスにトキは再度頭を下げた。
そんなところへ包帯に巻かれたケオランがユユとチーグルに肩を支えられて姿を現した。
「トキ……これは俺の実力が足りなかった結果だ。怪我も敗北も俺のもんだ。お前の気持ちはうれしい。けどよ、それと同じくらい自分が情けなくなるんだわ。俺の親友ならよ、俺が強くなるために協力するってのが正しい道じゃねーか?」
「ケオラン……うん……ごめん」
「気にすんな。お前の暴走を止めるのも俺らの役目だしな」
そう言ってケオランはトンとトキの肩を小突いた。
「馬鹿ね。こんな怪我、治癒魔法ですぐに治るじゃない」
「そういうユユは随分心配してたけどね」
ユユがチーグルを睨みつけてケオランが笑う。
トキは自分には勿体ないほどいい仲間に恵まれたと実感していた。
そうしているとライ=エンが治癒士の介抱によって目を覚ました。
「ライ=エン。すまなかった。八つ当たりしちまって」
「俺、死んでないよな?……ふぅ。どっちにしろ俺の負けだったからもういいよ。とりあえず、これが試合で助かったわ」
安堵した表情のライ=エンに謝り、自分を見失っていたことを反省する。
(知らなかった。俺ってあんなに周りが見えなくなるんだな)
あれほど自分の力を自認していたにもかかわらず、関係ない者にまでその力を振りかざした。
止められなければライ=エンに何度も剣を振り下ろしていただろう。
一種のトラウマを抱えているのかもしれないと、この時になって初めて疑惑を持った。
トキの思考はすぐさま先のことへと移行する。
(解決策は……過去を忘れること、か?無理、だろうな。対策は守ること、もしくはこれ以上手を広げないこと、か。大切な人が増えればそれだけ我を忘れる危険性が高くなる)
そうなれば、それはただの暴力だ。
自己満足でしかない言い分だが、トキはそう区切りをつけている。
分不相応な所にまで手を伸ばしてはいけない。
自分は最強ではないし、全能というわけではない。
何もかも受け入れていたら歯止めが利かなくなる。
(それでもさっきみたいなことがあったら、その時は仲間に頼ろう)
ケオランに小突かれた肩に手を当ててそう決意し、トキは前を向くことにした。
「どうやら収拾がついたようですね。トキニア=ゼペルルクス君の勝利となりましたが、ゲッサントゥ様は先ほどの試合、というより戦いをどう見ますか?」
「…………」
「ゲッサントゥ様、よろしいですか?」
「ん?あ、ああ。オホン。何はともあれ、試合開始の合図がされる前に仕掛けたライ=エン君、そしてそれに反撃したトキニア=ゼペルルクス君には注意が必要ですね。これは学生の試合なのですから。ルールは守らねばなりません」
「確かにおっしゃる通りですね。その諫言は審判団にも伝わることでしょう。では、続きまして個人戦準決勝第二試合、ホオツキ=グレン君対フォート=ライレリックの対戦です」
皆とそのまま控え室に戻ると、フォート=ライレリックの姿がなかった。
(あっ、やべっ!俺、あいつに負けろって言って……はなかったけど、それに近いこと言ったよな)
控え室を見渡すと、椅子の上に一枚の置き手紙があった。
「体調が悪いので棄権します。探さないでください。フォート=ライレリック」
置き手紙にはそう書かれていた。
「これ……どういうことだ?」
紙を皆に見せてながらケオランはトキを凝視していた。
「手紙の通りだろ?体調管理くらいはしっかりしないとなぁ」
「トキ、何かした?」
トキの誤魔化しを却下して疑ってくるケオランとチーグルの目は完全に容疑者に対するそれだった。
そして、いつぞやの如くユユ裁判官が立ち上がる。
「被告人、あなたは彼に対してどのような対応をしましたか?」
「今日はいい日だね。お互い頑張ろうと握手しました」
「「「「ダウト」」」」
「ぐっ……」
エレス、イリア、チーグル、ケオランの声が見事にハモった。
「被告人、ここでは真実のみを述べてください」
(ダメだ。こいつら全員俺を疑ってやがる。なんとか誤魔化さないと。そういえばうまい嘘は本当のことを混ぜるとかいう話を聞いたことあったな。よし)
「グレン=ホオツキが許せねーんだけど、決勝まで当たらねーから勝ち上がった奴で我慢するって言いました」
「あの殺意を身にまとって、勝ち上がったら……これは最早殺すと言っているに同等するでしょう」
「あ、あれ?」
「判決、有罪」
「「「「異議なし」」」」
「え?えええ?」
事実とは微妙に違うが、嘘をつく部分を間違っていた。
本来ならば嘘:事実=8:2くらいの割合を逆にしてしまったトキは馬鹿だった。
慣れないことをするからこういうことになる。
しかし、被害者がいないため事実として立証できないとして保留扱いとなった。
もしフォート=ライレリックが告発したら、容赦なく売り渡すと告げられた。
「こいつです。こいつがやりました。え?友人?とんでもない!ただの知り合いです」
「僕、信じられません。彼があんなことをするなんて。罪を償って更生してほしいですね、はい」
「いつかこういうことをするんじゃないかと思ってました。ええ、カッとなると見境つかないというか、怖い一面がありましたので。たぶん余罪を調べたら次々と出てくるのではないでしょうか」
ケオランたちはトキが捕まった後の予行に余念がない。
誰がインタビューするのかは疑問だが、指で目を隠して自演モザイクつきで練習していた。
(いい仲間……なんだよな?だったはず……)
涙がちょちょぎれるトキであった。




