表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/24

第二十一話 ネゴシエーション

 イシュリーンは断崖を前にして右往左往していた。川沿いをたどって先ほどの場所に戻ってきたわけであるが、文字通り壁にぶつかってしまったのだ。

「くそっ、あのときはどうかしていたんだっ。なぜこんな崖から飛び降りようと思ったんだろう」

 イシュリーンはとりあえず崖に手をかけてみたが、なかなか一歩を踏み出せないでいた。壁の土は湿り気を帯びているためにひどくもろそうであったし、加えて崖の高さは40メートル近くあり、下から見上げた光景は彼の心を折るのには十分なものであった。

「上ったら最後、間違いなく自重で落ちる。さっきは足をくじく程度で済んだが、今回はどうなるか分からない……迂回路を探すべきだろか」

「こっちをむいて、イシュリーン」

 崖を見上げていたイシュリーンの首がぐりんと回転する。

 恋い焦がれていた少女がワイヤロープに足をかけて浮遊していた。

 イシュリーンの顔から苦悩の表情が拭いさられる。彼は真顔になった。

 そうしてイシュリーンは一瞬我を忘れかけたが……すんでのところでペルヘルバスのことが頭によぎったために思いとどまる。

「ふんっ、気絶していたお姫様がずいぶんと元気そうじゃないか。正面から堂々と何のようなんだ。裸の少年がいないようだが……?」

 言葉をつむぎながらも、イシュリーンは背中に脂肪を蓄えていく。四肢などの体表にもうすく脂肪の膜が形成されはじめている。

「待ってイシュリーン。私は戦いに来たわけじゃないの。和解を目指した交渉がしたいだけなのよ」

「和解……? 白々しいな。第一なぜ私たちが君と和解しなくてならないのだ。……ああ、私は何を言われようと魔法による武装をとくつもりはないからな」

「かまわないわ。時にイシュリーン、ペルヘルバスの名前を叫んでいたようだけど、彼に何かあったのかしら?」

 イシュリーンの目が細められる。

「だったらなんだと言うんだ」

「イシュリーン、ペルヘルバスは『扉が破壊された。06世界から脱出できなくなった』みたいなことを言っていなかったかしら?」

 細められていた目が大きく開く。イシュリーンはソフィーからあらぬ方向へと視線をそらした。見るからにうろたえている。

「図星のようね。イシュリーンはこの崖を登りたいのね、手伝うわ。それと引き替えに私をペルヘルバスのもとに連れて行って欲しいのだけど」

「ペルヘルバス様のもとへ行ってどうするつもりなんだ」

「イシュリーン、もうすぐこの06世界が世界封鎖されようとしていることは理解できるわよね。時間があまりないから詳しいことは言えないけれど、世界封鎖が完成すると私たちみんな死んでしまうの」

「……それは知っている」

「それなら話は早いわ。イシュリーン、この06世界から異世界に通じる扉は二つ、そして現在残っているのは私の世界へ通じている扉のみ。あなたたちが新たに扉を創造できるという線はつぶしてあるわ。それが出来るのなら過去に第二次侵略戦争は勃発していたでしょうからね。さてイシュリーン、私が何が言いたいか分かるわよね」

「……君の想像通りだよ。生きようとするなら、私たちは君の世界へ退避するほか道がない……だが」

「だが?」

「だが、それについては君の手を借りるまでもない。なぜならペルヘルバス様は自力で扉を開くだけの技量を持っておられるからだ。私たち二人は二人で06世界を脱する。それでいい」

「そう言うからには扉を開くことが出来るのでしょうね。でもねイシュリーン、06世界を脱してからはどうするつもりなの?」

「そ、それは……」


―――――――――――――――――――――――――――――――

 ~~ ソフィー先生の魔法教室 ~~


 ベーシックルーンとコンプレックスルーンの追加説明

 人類誕生以前から存在するとされる魔法言語ベーシックルーン。作中ではソフィーの世界のベーシックルーンとペルヘルバスの世界のベーシックルーンの計二つが登場しています。この二つは関連性のないまったくの別物です。

 今回説明したいのは、ベーシックルーンの有効範囲についてです。ベーシックルーンがルーンとしての効力を発揮するのは、『ホーム』と呼ばれる世界と、その『ホーム』に隣接する(扉によって直接つながっている)世界の内部だけです。例をあげると、ソフィーが魔法に使用しているベーシックルーンはソフィーの住む世界を『ホーム』としていて、この『ホーム』と扉によってつながっている06世界の内部ならばソフィーのベーシックルーンは効力を発揮します。しかし、たとえばソフィーがペルヘルバスの世界に行ってしまった場合、ソフィーの使っていたベーシックルーンは効力を失い魔法が発動しなくなってしまいます。

 これはペルヘルバスの使うベーシックルーンについても同じことが言えます。ペルヘルバスのルーンは彼の世界を『ホーム』としているため、彼がソフィーの世界に行ってしまえば自分が慣れ親しんだルーンを使うことが出来なくなるのです。つまり、ペルヘルバスは魔法使いとしての力をほとんど刈り取られることになってしまいます。

 なお、余談としてコンプレックスルーンの有効範囲について触れます。コンプレックスルーンは基本的に設定された世界の内部でしか効力を発揮しません。『使用権』は世界を越えた途端に無効となってしまうのです。ソフィーが06世界に来てから独自にコンプレックスルーンを設定していたのはそのためです。同じく06世界でキリングワードの『使用権』を握っているペルヘルバスも、ソフィーの世界に行けばキリングワードを使えなくなってしまいます。


―――――――――――――――――――――――――――――――


「あなたたちは私の世界に足を踏み入れた途端に魔法を使えなくなってしまうわ。見知らぬ世界に裸な男二人でどうやって生きていくつもりなの?」

「魔法を使えなくなることはない。少なくともペルヘルバス様は、な」

「ペルヘルバスが私の世界のベーシックルーンを使えることを言っているの?」

「……知っていたのか」

「ペルヘルバスがキリングワードを使っていた時点でね。キリングワードは私の世界のベーシックルーンで構成されたコンプレックスルーンだもの。私の世界のルーンについてある程度の知識はあるとは思っていたわ」

「…………」

「でも、それでも、よ。問題が山積みよ。私たちの世界にはコンプレックスルーンについてライセンス制度ってものが導入されているわ」

「ライセンス制度?」

「簡単に説明すると、国や力を持った諸侯、最近じゃ資本家なんかと有力な魔法使いが協定を結ぶことで、コンプレックスルーンの使用を制限しているの。『使用権』を管理できる『親』は国から手厚い保護と援助をうけられるし、国はコンプレックスルーンの『使用権』を求めて仕官すべくやってきた魔法使いを配下に加えたり、集まってきた人材を魔法使いにすべく育成したりすることによって、国を富ませなおかつ軍事力を増強することが出来る。何が言いたいかって、『使用権』を求めて『子』になるためにはどこかの勢力の傘下に入る必要があるってわけ」

 イシュリーンは苦虫をかみつぶしたような表情をした。

「もちろん『子』になるためにはそれなりの試験や素性の開示が求められるわ。ところであなた達、ベーシックルーン以外で私の世界の言葉が分かるの?」

「……分からない」

「でしょうね。そんなことじゃ門前払いをくらうわよ。いろいろと嘘を重ねたところでどうしたってボロは出るでしょう。コンプレックスルーンは手に入らない。そしてベーシックルーンのみで生きていけるほど私の世界は甘くはないわ。新大陸からの外来生物である魔獣問題、世界中に点々とする見えない廃棄マナの吹きだまり、悪戯好きな精霊たちによる自然魔法災害、魔法使い達の激しい紛争……その他もろもろ。宣言できる、三日で死ぬわよあなた達」

「どうしろって言うんだ」

「イシュリーン、手を結びましょう。私はあなた達の言葉を完全に理解できるから通訳にだってなれるし、あなた達の生活環境を整えることだって出来る。もう一度言うわ、私をペルヘルバスのもとへ案内してちょうだい」

 イシュリーンはしばらく下を向いて考え込んでいたが、

「君と手を結ぶかどうかはペルヘルバス様がお決めになることだ……私に権限はない」

 そう言うとソフィーのもとへとゆっくりと近づいてきた。硬化をとかれた脂肪が身体の各所へと戻っていく。

「よかった」

 ソフィーは満面の笑みを浮かべた。ワイヤロープの飛翔魔法を解除して大地に下り立つ。

 対照的に、イシュリーンは浮かばれない表情をしていた。

「ソフィー、ペルヘルバス様についてだが……あまり期待するな」

「え、どういうこと?」

「ペルヘルバス様に会えばおのずと分かる。それはそうとソフィー、私を崖の上まで運んでくれるそうだが?」

「ええ。でもその前にまず……」

「まず?」

「まずは上着を脱いでくれるかしら」

「……ん?」


  ☆  ☆  ☆


「ハグレ、今度のはどう? 結構な自信作なんだけど」

「ゆるゆるだぞ、これ」

「ひもを結んでいないからよ。せっかく付けてあげたんだし活用してよ」

「ひも……結んでもゆるゆるだ」

「我慢しなさい」

 ハグレはイシュリーンの上着を裂いて作られた腰巻きを身につけていた。腰回りには紐が通してあるため一応ずれ落ちることはなさそうである。ハグレは心配そうにしているが。

「紐の代わりに針金を使うことを拒否するからそうなるのよ。今からでも遅くないけど?」

「やだぞあんなの。着心地が最悪すぎる」

 ソフィーとハグレ、イシュリーンの三人が滝のよこに集まっていた。

「まさかあれが幻影だったとは……」

 イシュリーンがぼやいている。洞窟における戦闘の種明かしをされたところである。

「それじゃレイチェル、頼むわよ」

「了解です。ハグレ、ゆったりとして力を抜いてください。さらに頭を空っぽにして……よし、アイハブオール」

 活動権がハグレからレイチェルに移行される。同時に、レイチェルが自分の魔法の力を十分に引き出せる状態になった。

「イシュリーンさん、私の手を掴んでください。今から『念動魔法』で二人同時に浮き上がります。範囲指定が面倒なので、できる限り身体を動かさないでくださいね」

「分かった。落とさないでくれな」

「レイチェル、一人で大丈夫? イシュリーンって重そう」

「たぶん重量許容内です。いけます」

「頼んだわよ。もしものときはフォローするわ」

 ソフィーがワイヤロープに足をかけて飛翔魔法を起動した。身体がふわりと浮き上がる。

 レイチェルの身体も浮き上がる。『念動魔法』を起動したのだ。

 念動魔法がイシュリーンの身体も浮かす。

「行きます」

 レイチェルのかけ声と共に三人は崖を登り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ