60.光の騎士
「ガハハ!やるな、あの精霊使い!」
ヴォルフガングが愉快そうに笑った。
「フィナちゃんは、天才肌ですからねー」
クリスティーナが答えた。
「あとは団長とオルフェ隊長……ですかね?」
アイリスが二人に尋ねた。
全身所々に傷を負っているようだが、どれも軽傷のようだ。
クリスティーナの治療を断って、自分で治癒魔法をかけている。
「……こっちもとっくに終わってるんだけど?馬鹿にしないでよね。ボクを誰だと思ってるワケ?」
その三人の背後から声がした。
アイリスが振り返ると、小人妖精のハーフが不機嫌そうな顔をしている。
「オルフェ隊長……!」
彼も腕と腿、それに頬から血を流していた。しかしアイリス以上に傷は浅いようだ。
クリスティーナが手を添えようとするものの、「いいよ、かすり傷だし、回復薬あるし」とその手を払った。
「もうー。ふたりとも強情なんだからー……」
今度はクリスティーナが少し不満そうだ。
「しかし相棒も片付けたとなると、残るは団長だけだな」
ヴォルフガングが腕を組んだ。
「……あっちももうすぐ終わるよ。ほら」
オルフェが、自前の回復薬の半分を傷口に振りかけ、残りを飲み干してから、顎で上空を指した。
彼が指し示す先には、夜空を背景に浮かぶ二つの人影。
団長のクロード。
そしてその向かいにはアフカル。
片手に血剣、もう片手に黒杖を持った個体。
「……あの人は、なんで浮いとるんだ?」
呆れ顔のヴォルフガングに、
「目立ちたいんでしょ」
オルフェは面倒くさそうに答えた。
「飛べるって言っても、団長が使えるのは《飛翔》じゃなくて《浮遊》……どうやって戦う気……!?」
アイリスの声には焦りの響きが滲んでいる。
「……撃つな?」
上空を見上げながら、ヴォルフガングがぽつりと言った。
ブルーカが、漆黒の長杖を天高くかざした。
同時に、その体の周囲に、空間が歪むほどの強烈な魔力が吹き荒れる。漆黒のローブがバサバサと靡く。
さらに虚空に巨大な魔法陣が浮かび上がる……その中心には魔導刻印――ルーンだ。
アイリスの額に汗が浮かぶ。
ここからは五十メートルは距離があるはずだ。
にもかかわらず、アイリスの全身に降りかかる、暴力的な魔力の波動。
「ルーンが浮かんた!……大魔法!?」
「まあ、クロさんに魔法で打撃を与えるなら、距離を取って大魔法しかないでしょ」
「それより、団長……まさか」
クリスティーナは心配そう――と言うよりは呆れた顔でそれを眺めている。
「ガハハハッ!受ける気だな!!相変わらずイカレとるわ!」
ヴォルフガングが、またさも愉快そうに笑った。
その間にも、ブルーカの前に生み出された魔法陣は大きくなり、その禍々しい光も輝きを増していく。
アイリスたちを襲う魔力の波動もより激しくなっていく。
――そして。
「……来る」
オルフェが一言、そう呟いた。
――次の瞬間、昏い閃光が夜空を支配した。
Ψ
どこまでも昏いのに、目がくらむ閃光。
聞こえないほどの爆音。
一条の黒い光が、夜空を切り裂いた。
その途方もなく巨大な闇の光は、空に浮かぶ〈星芒騎士団〉トップの男を瞬時に飲み込んだ。
「団長……!」
アイリスが思わず呻く。
「大丈夫」
クリスティーナは少女の肩にそっと手を置いた。
その表情は相変わらず、心配三割、呆れ七割、と言ったことろだ。
夜風に流され、爆煙が、ゆっくりと晴れていく。
――常人なら間違いなく一瞬で消滅して、影も形も残らないであろうあの大魔法を受けてなお。その男は空に浮いたままだった。
所々から煙が上がっているようだが、アイリスの目には体のどこかの部位が欠損しているようには見えない。
変わらず宙に浮いたまま、仁王立ちの姿勢。手には光輝く広刃剣。
そして何より――
「……異能者の中でも、防具を光剣化できるのは二人だけ。ジルさんと……そして団長よー」
クリスティーナの言葉で、アイリスも何となく理解した。
――あれは、そう言うことなのか。
「お前も知っとるだろう、団長の称号を」
ヴォルフガングがそう付け加えたことで、アイリスはやっと確信した。
輝く広刃剣。
だがそれと同じくらい、眩い光を放つのは、その身を包んだ完全鎧。
「そう――【光の騎士】だ」
Ψ
彼は混乱していた。
今、自分は魔法を、それも大魔法を放ったはずではなかったのか。
まさか失敗したのか?不発、だったのか……?
いや、しかしこの脱力感、疲労感は間違いない。魔力ももう底をついている。
それに確かにこの手から放たれた感覚があった。
その黄色い眼でも闇の閃光を確かに見たはずだ。
なのに、なぜ。
なぜ、目の前の男は、まだその形を保っている?
それどころか、なぜ笑っている?
なんだあのふざけた鎧は?なぜ、光っている。
「……さすがに効いたぜ……全身めっちゃ痛えよ。ちょっと手も痺れてるし。やっぱ大魔法なんて、マトモに受けるもんじゃないね」
痛い?痺れてる?……何を言っている。そんなもので済むわけがない。跡形もなく消し飛んで当然の筈だ。やはり不発か?……しかし、この男、今『受ける』とか言ったか……?
「ジャアアア……!」
そこで、彼は考えるのをやめた。
本能に従え。アフカルの、いやブルーカの本能。
本能と言うより、性と言った方が正しいか。
破壊を。
殺戮を。
――殺す。この男を殺す。それだけが我が悦び。
ブウウウン――
ブルーカは黒い長杖を投げ捨てると、血の長剣を両手で構えた。
その刀身にピンク色の光が宿る。
「へえ。お前も魔法剣士という訳かい」
クロードは面白そうに笑った。
そして掌を上に向けて、手を突き出し、人差し指だけをくいくいっと動かした。
「……来いよ、魔法も剣も、お前の攻撃は全部正面から叩き潰してやる」
「ジャアアアアアアッ!!!!」
ブルーカが飛翔呪文でクロードに躍りかかった。
空中で高速に移動する手段のないクロードには、躱すことなどできない。
ザンッ――
だが、彼にとっては関係ない。
ハナから躱すつもりなど毛頭ない。
血の長剣ごと、クロードの広刃剣がブルーカの胴を両断していた。
「――!!!」
そのまま、クロードはドンッとブルーカの切り離された上半身を思いっきり踏みつけた。
そして彼自身も浮遊の魔法を解く。地上およそ十メートルからの自由落下。
――ゴッッ
蹴落とされたブルーカの上半身が先に地面に落下し、その上にクロードが着地する。
「ブシャアアアッ」
縫われて開けない口の代わりに、避けた両サイドの口の端から、そして鼻から、目から、紫色の血があふれ出す。
「ジャ……ジュアア……!」
それでもなお、ブルーカはまだ息をしていた。
いや、そもそも妖魔に肺があって、呼吸と言う概念があるのかもクロードには定かではないが、とにかくまだ微かに動いていた。
黄色い眼を見開いて、クロードを睨みつけている。
「……見えてるんだろ?聞こえてるんだろ?」
クロードは静かに光の剣を振り上げた。
「コイツの目を通して、耳を通して、何が起こってるか、ちゃんとわかってるんだろう?……人間を、あまり舐めない方がいいぜ」
クロードはブルーカを見下ろした。
その燃える瞳は、しかし足下の妖魔を見てはいない。
「よく聞け、【妖魔皇帝】。お前の居場所はすでに割れている――次はお前だ。首を洗って待ってろ」
そして、輝く刀身を振り下ろした。
Ψ
「……自滅を選ぶか、人間」
彼は誰にともなく呟いた。
「……所詮、汝らは争わずには生きられぬ愚かな種族だったな」
その声はどこか淋しげですらある。
それからふと、背後に跪く男に顔を向けた。
「あの赤槍の『呪い』か。この場所が分かるというのも、妄言ではあるまい」
「も、申し訳ありませぬ」
男は跪いたままその美しい顔だけを上げて、老人の声で呻いた。
「よもやあの者の槍に、そのような『呪い』が宿っていたとは」
「別に良い。そなたの責でもあるまい」
男は「ははっ」と畏まり、それからおずおずと続けた。
「いかが致しましょう……拠点を、移動なさいますか」
しかし彼は静かに首を振った。
「不要だ。【魔王】は余と事を構える気はないようだしな……人間がここを突き止めたところで、そのようなことは些事だ。あの娘たちが全員揃わない限り、何も問題はない」
「はっ。承知致しました」
男はしわがれた声で即座に答えた。
「万に一つもそのようなことが起らぬよう、こちらからも仕掛けましょう。彼らを分断致します」
そして、その美貌の顔に、凶悪な笑みを浮かべた。
「……ちょうど、そろそろ、じっとしていられなくなっている方々もおります故」
彼は男のその顔を一瞥し、そして頷いた。
「うむ。そなたに任せる。よきにはからえ」
お読みいただきありがとうございました。
ここまでで第六章は終わりとなります…!
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次はいよいよ、エピローグです。




