59.紅炎の竜
「正真正銘のバケモノだな……!」
「スコア百五十どころじゃないだろ、これ」
「し、死ぬ……マジで殺される……」
「減らず口を叩いている暇があったら詠唱しろ!弾幕を切らすな!さもなくば本当に死ぬぞ……!」
部下たちを一喝し、サリフは火球を放った。
だが〈ブラッド・ソード〉は恐ろしい跳躍力で、容易くそれを躱す。
(……剣、でっか!)
セラフィナたちが対峙しているのは、血のように赤い剣を持った貪血鬼。
男型の”ブルーカ”、その中でも戦士タイプの〈ブラッド・ソード〉だ。
でも他の個体とは明らかに違う。持っている剣がやけにデカい。
ほとんどの〈ブラッド・ソード〉の血剣が片手用の広刃剣なのに対し、眼前の個体は両手持ちの巨剣だ。それを棒切れでも振るうかのように軽々と振り回す。
尋常じゃない腕力。しかも疾い。
恐ろしく身軽で、敏捷。跳躍力も異常だ。
それに加えて、その剣の腕も尋常じゃない。
ただ怪力と疾さに任せて振り回している訳ではない。一流の剣技だ。
不気味な剣閃をしている。
完全鎧に身を包み大型盾を構えた屈強な〈王国騎士〉。
それが五人がかりでその猛攻を防ぐのに精一杯だ。
おかげて〈烈火の組〉の魔導士たちは今のところ血剣の餌食にはなっていないが、後衛から魔法を上手く当てられないでいた。
いや、厳密にはすでに何発か喰らわせているはずだ。
それに〈王国騎士〉たちの剣も、何度か〈ブラッド・ソード〉を傷つけている。
だが、傷が癒えていく。
時間経過とともに、明らかに傷が減っている。
「まるでトロールかよ!クソが」
セティーが放った火球が〈ブラッド・ソード〉の左腕を直撃する。
〈ブラッド・ソード〉が一瞬のけぞった。
効いてはいる。物理の斬撃に比べて、特に魔法は効いている。
でも再生が始まっている。
「疾いし跳ぶし躱すし、オマケに再生って、反則だろ!?」
ニックが叫んだ。
セラフィナは眼前の男型貪血鬼を観察する。
確かに反則だ。
王国騎士五人が今は何とか抑え込んでいるが、彼らの斬撃はたちどころに癒えていく。
魔法もこのままじゃ決め手とはならない。
逆に盾役たちは本当によくやっているが、徐々に、そして確実に手傷が増えていく。
「くっ、このままじゃジリ貧だな。騎士たちが崩れる前に、一か八か、最大出力集中砲火しかないが……しかし初撃を躱されたら後がない。タイミングをまちがえれば全滅だな」
サリフが滴る汗を拭いながら吐き捨てた。
「オーケー。私の出番でしょ!」
だがセラフィナは全く動じていない。
「何か手があんのかよ、フィナ!」
セティーが魔導戦棍の先端から火球を射出しながら横目でセラフィナを見た。
「もちろん!サリフ隊長、みんな、ちょっと聞いて!」
「……良いだろう。総員、集合ッ!!」
「「「了解!」」」
隊長の号令に応じ、〈烈火の組〉がサリフとセラフィナのもとに集まった。
「ジャアアアアアッ!!」
何かを察したのか、〈ブラッド・ソード〉の斬撃が鋭さを増す。
「ちいっ!?」
「陣形を崩すな!魔導士たちを守れ!」
〈王国騎士〉たちは必至に応戦する。
重装甲に物を言わせ、自らを鋼鉄の壁と化して、男型貪血鬼の紅い巨剣の猛攻を凌ぐ。
だが敵の嵐のような怒涛の連撃は五人の重騎士に阻まれてなお、刻々とその勢いを増していく。
「――なっ!?」
小さな悲鳴。
〈王国騎士〉の一人が小さな悲鳴を上げる。
彼の分厚い大楯が、真っ二つに分断されていた。
「ぐうぅっ!」
紅の巨剣の切っ先はさらに騎士の左腕の腕甲まで切り裂き、紅い鮮血が迸る。
「ジャアアッ!」
「させるかぁっ!」
”壁”を崩して即座に魔導士たちに襲い掛かろうとする〈ブラッド・ソード〉に、大楯ごと体当たりをしながら、もう一人の騎士が顔だけ振り返って叫んだ。
「おい!何かするんなら急いでくれ!そろそろ持たん……!」
〈王国騎士団〉六番隊隊長の男だ。
「すまん、待たせた!」
サリフが叫び返した。作戦会議はあっという間に終わっていた。
「準備は整った!私の“三”の合図で一斉にそいつから離れてくれ。できるだけ遠くに、だ」
「……分かった!いいな、お前たち!」
隊長格の騎士が血の巨剣を大楯で押し返しながら怒鳴った。
「「「「了解!」」」」
騎士たちの応じる声が重なる。
その間も〈ブラッド・ソード〉の斬撃は勢いを増していく。
「行くぞ!……一、二……」
別の騎士の大盾が、また叩き割られた。
「三!!――離れろォ!!」
サリフの怒号とともに、一斉に騎士たちが四方へ大きく跳び退った。
〈ブラッド・ソード〉は一瞬、誰を追うかを迷ったようだった。
「今だぁ!!総員、撃てっ!!」
『《火球》!!!』
(な?ただの火球!?しかもどこに向かって……?失敗か!?)
騎士隊長は尚も距離を取りながら、焦りを隠せない。
〈烈火の組〉の隊員たちの魔導礼装から放たれたのはオーソドックスな四発の火球の呪文。
破壊力の高いれっきとした中位攻撃魔法であることは確かだが、魔導機動隊最強の火炎術士集団〈烈火の組〉ならみなもっと上位の、炎の高位魔法が使えるはずだ。
しかもそのほとんどがあらぬ方向に向かっている。
このまま〈ブラッド・ソード〉を捉えられそうなのは、薄茶の髪の気弱そうな青年が放った一発のみだ。
そしてその火球も、今まさにあの人間離れした跳躍で、難なく躱され――なかった。
「油断したね?いっくよぉ!!せいっ!!」
あまり魔導士らしいとは言えない掛け声とともに、亜麻色の髪の少女が短杖を振った。
まるで、音楽隊の指揮者がタクトを振るように。
「!?」
ズドドドドッ!!!
次の瞬間、あらぬ方向に向かって飛んでいた全ての火球が、何かに弾かれたかのように方向転換し、一斉にブルーカを襲った。
「他人が召喚した炎さえも、ここまで正確に制御できるとはな……」
サリフが感心したように言う。
「隊長!私が天才なのは本当のことだけど、感心してる場合じゃないでしょ!今だよ!」
「分かっている。総員、準備はいいな?」
高く跳躍中に空中で予期せぬ四発の火球の直撃を喰らったブルーカは、撃ち落とされた鳥のように落下したが、すぐにユラリと立ち上がった。
プスプスと全身から煙が上がっているが、炎自体はすでに消えている。
再生も、始まっている。
――だが、こちらの準備も整っていた。
「総員、最大出力集中砲火だ!!」
「「「了解!」」」
サリフ、セティー、ニック、コレット。四人の詠唱が重なる。
「「「「――《大火炎砲》!!!」」」」
火炎の高位魔法。
その四発分の爆炎。
爆炎が渦を巻き、ブルーカを包み込んで天高く燃え上がる。
「す、すげぇ……!」
騎士の誰かが、驚愕の表情で呟いた。
「ジャアアアアアああああああああああっ!!!」
唇を縫っていた糸が燃え尽きたのだろうか。
恐ろしい悲鳴が響き渡る。
「!」
だが、それでもアフカルは倒れなかった。
すでに左腕は焼け落ち、黒いローブも燃え尽き、黒い人型の何かと化したそれはもはや再生すら止まっていたが、それでも殺戮衝動は消えなかった。
右手で血の巨剣を握りしめ、爆炎の柱の中から躍り出て、最後に残った力を消費して――一番近くにいた仇敵に襲い掛かった。
一番近くにいたのは――
「セラフィナ!!」
サリフの声は、もはや悲鳴に近い。
「――なんであんたたちって、最後は私を襲うとするんだろ?……やっぱ可愛いから?」
セラフィナは、訳の分からないことを言っている。
「馬鹿言ってないで逃げろ!!」
セティーが叫ぶ。
「大丈夫」
セラフィナは落ち着いている。
しかし黒こげの貪血鬼はすでに目の前だ。
この疾さ、この胆力。
とても死にかけとは思えない。
全身から煙を上げながら襲い来る巨剣使いを、亜麻色の髪の少女はその澄んだ藍玉の瞳で見据えた。
そして口を開き、言葉を紡ぐ。
『……遥かなる紅炎の竜よ』
それは詠唱と言うより、呼び声だった。
『おいで』
――次の瞬間。
ブルーカが抜け出したはずの炎の柱が、ぐにゃりと歪む。
天に向かって吹き上がっていた爆炎が大きく弧を描き――そして、その先端がこちらを見た。
彼も何かを感じたのだろう。
目の前の少女を殺すためだけに残りの命を燃やしていた〈ブラッド・ソード〉が思わず立ち止まり、振り返った。
そしてそれと目が合った。
竜だ。
その身が燃え盛る炎で形作られた、紅蓮の火竜。
「ジャ、ジャアあ……」
すでに唇は焼け落ち、言葉を封印する枷は無くなったはずの、その妖魔の最期の言葉はやはりそれだった。
ゴオウッ――
そしてブルーカは、火竜に飲み込まれた。
正確には竜の姿の炎が上空から妖魔に降り注ぎ――全てを焼き尽くす。
強烈な熱波が辺りを焦がし、騎士たちは思わず大楯でその身を庇う。
「ふう、さすがに……限界」
天を衝く火炎の柱の前で、セラフィナはペタン、と地面に座り込んだ。
「いや、どう見てもオーバーキルだろ……」
未だ収まらない爆炎の中、すでに原形を留めていない黒いカタマリを見つめながら、セティーが唖然とした顔で呟いた。




