58.宣戦布告
――かくして、“担当”が決まった。
だがそれは建前上、あくまで戦闘になってしまった時のため、だ。
何故なら、向こうはまだ宣戦布告をしてきているのではなく、こちらの返答を聞きに『使者』を派遣してきただけなのだから。
丘の上の五百騎のアフカルの中から、一騎だけが隊を離れて進み出て来る。
右手には漆黒の短杖。〈ブラック・ワンド〉だ。
(こいつはせいぜい、小ボスってところか)
ひとり、そのもとへ向かうのは、〈星芒騎士団〉団長のクロード。
「あんたが行くのかい……」と、つい今しがた〈王国騎士団〉副団長のバーゼルに呆れた顔をされたばかりだ。
クロードと〈ブラック・ワンド〉はお互いの距離十メートルと言ったところで、馬を止めた。
アフカルが、短杖の先端をスス……と動かした。
それはどす黒い霧のようなものを生み出し、ゆらゆらと揺れながら、宙に文字を描いていく。
「へえ。便利だね」
クロードの言葉に、アフカルは答えない。いや答えることができない。その唇は縫われているからだ。
代わりに黄色く濁った眼を怪しく光らせた。
やがて霧が夜空に形成した文字は――『返答を』
「あんた、耳は……聞こえるんだよな?」
クロードは問いかけた。
アフカルは無言で頷いた。
「分かった。では、ナディアの返答を伝える」
クロードはゆっくりと、そしてはっきりと言葉を発した。
アフカルの黄色い眼が、また輝く。
「……お前たちの共存の意思は理解した」
すでにとっくに出ている答えだ。
「その上で、お前たちの提案は飲めない。俺たちが人であることを辞めない限り、受け入れることはできないんだ。……それこそ、お前たち貪血鬼のように、人間を辞めない限りはな」
アフカルは動かない。
何も言わず、微動だにしない。その黄色い眼を爛々と輝かせるだけだ。
「お互いに不憫だよな。お前たちと俺達は相いれることはない。きっと潰し合う宿命なんだろう。――悪いが、俺たちは人として生きるために、お前たちを殲滅する」
クロードは静かに、だが力強く、そう宣言した。
アフカルは無言のまま、ゆっくりと後ろを振り返り、そして短杖を天高く掲げた。
ドンッ――!!
腹の底に響くような轟音とともに、杖の先端から黒色の火球が天に向かって打ち上げられた。
天高く舞い上がった黒い球体は、やがて星空の下で弾けた。
暗い輝きが爆発的に広がり、そして人の頭蓋骨――髑髏のような様相を形成していく。
それは言葉ではなかった。
けれど、それが何を意味しているかは、火を見るよりも明らかだ。
「今度は随分と趣味の悪い魔法だね」
次の瞬間、クロードは歓声が――いや咆哮が轟いたかのような錯覚を覚えた。
アフカルの中でも、男型のブルーカは声を出せない。
にもかかわらず、確かに彼らの歓喜が伝わってくる。強烈な殺気が、空気を振動させている。
それは狂気であり、狂喜だ。
「で?お前たちはどうする?今回は退くかい?一応、お前たちは使者だと聞いている。それにしてはなかなかの数だけどね。まあ、今日のところは何もせず帰って主に報告するってんなら、最低限の礼儀として俺達も手を出さないが……まあ、そんなわけないよな」
クロードはとりあえずそう聞いてみたものの、丘の上からここまで伝わってくる、人を辞めた妖魔たちの渦巻く殺意から、答えはとうに分かっている。
「とりあえず、隊列に戻りな。お前らは喋れないから良く分かんないが、そっちの開戦の意思が明確になった段階で、俺達も反撃させてもらう」
クロードはこちらに背を向けたままのアフカルに声を掛けた。
アフカルは振り返り、黄色い瞳でクロードを見据え、そしてまた背を向け――
「ジャアアアアッ!!!」
振り返り様、唸り声を上げながら闇色の巨大な火球を放った。
「――まあ、だよな。こっちもその方が話が早くて助かるよ」
瞬時に馬の背を蹴って夜空に跳躍し、クロードは火球を輝く広刃剣で両断した。
「でも、お前程度じゃ俺の相手にはならないよ」
高位魔法の巨大な火球が切り裂かれ闇に溶けるように霧散した。
その驚愕の事実に黄色い眼を見開いた、直後だった。
「?」
ブルーカは奇妙な光景を見た。
突然、眼前の人間が逆立ちをしたのだ。
いや、違う。違った。逆さは自分だった。正確には自分の頭だけだ。
黄色い瞳の視界の端に、光る剣を持った人間と、黒いローブを纏った首のない男が映った。
あれは……自分だ。自分の身体、だ。
それが彼の最後の意識だった。
天高く舞い上がった貪血鬼の頭部が、ボトリと夜の草原に落下する。
――それは、誰から見ても分かりやすい開戦の合図だった。




