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56.運命の日

 

 運命の日が来た。


 ベルトランの死から、二週間。

【妖魔皇帝】が一方的に告知したXデーだ。


 宣言通り、彼らは姿を現した。

 決まりきった、答えを聞きに。


 ルシアが率いる一番隊と二番隊は港湾都市サザンクロス。

 カレンの五番隊は砂漠の都サンダリアン。

 そしてアリス、セヴェン、シュカたち七、八、九番隊は前線基地ストニアに配置されていた。


 しかし、『使者』が現れたのは、そのどれでもなかった。


 皇帝が“子”を遣わしたのは――王都レグルス。



「……やはりここに来たか。予想通りというか。まあ、妥当だな」


 魔導機動隊第三小隊第一分隊。――通称〈烈火の組〉。

 その隊長のサリフが言った。


「そ、そうなんですか……」


 不安そうな声を漏らすのは、薄茶の髪の青年。コレットだ。


「そりゃそうでしょ」


 そう言ったのは黒髪の少年、セティー。


「この国の答えを聞きたいなら、その決定を下せる権力者――つまり陛下の判断が必要なんだからさ。その意思を聞きに来るなら、最低でも大都市……ってか、できるなら王都っしょ」


「……クソッタレな話だが、奴らはどういう訳か、この国の中を自在に移動できるみたいだしな。いつでも王都を襲えるぞっていう脅しにもなるし、一石二鳥ってところだろ」


 緑の髪の青年ニックが忌々しそうに吐き捨てた。


「てかさあ……」


 馬上で腕を組み、あからさまに嫌そうな声を出すのは、亜麻色の髪に藍玉(アクアマリン)の瞳の美少女。

 〈烈火の組〉最強の魔導士にして唯一の精霊使い。セラフィナだ。


「またこいつらなの?」


 彼らの眼前、月明かりの下、丘の上にびっしりと並ぶ黒い影。

 黒装束に身を包み、血のように赤い剣や黒炭のような短杖を手にしている。


 ――貪血鬼(アフカル)。


 そのどれもが騎乗している。

 しかも黒妖犬ではない。

 一見すると、馬。だがその口は裂け、はみ出した鋭い牙が並んでいる。

 瞳も夜闇の中で、濁った黄色い輝きを放っている。


「でも今回は、随分と凄い数ねー」


 セラフィナの不満に答えたのは〈烈火の組〉ではなかった。


「あ、クリスティーナ隊長」


 セラフィナが振り返ると、クリスティーナは微笑みで応えた。


「向こうもお話だけってカンジでもなさそうねー……」


「そりゃそうだ。お前たちの報告じゃあ、ハナから“話し合う”気なんぞはないって雰囲気だったじゃろうが」


 そう言ったのは、クリスティーナの隣の大男。

 華奢な聖女の二倍……いや三倍近くは体重がありそうな、山のような巨漢。

 〈星芒騎士団(スターナイツ)〉四番隊隊長のヴォルフガングだ。


「だから、男型(ブルーカ)だけなんでしょう。自ら口を縫って言葉を捨てた貪血鬼(アフカル)……こちらの答えを聞くしかできない怪物たちを敢えて遣わした、というところでしょうね」


 クリスティーナの奥で、少女が嫌悪感を露わに吐き捨てた。


 サイドテールの長いブラウンの髪。橄欖石(ペリドット)の瞳。

 手には投擲槍(ジャベリン)。

 セラフィナの兄の同期ナンバーワンの実力者。

【一番星】のアイリスだ。


「おうおう。高等妖魔が随分とウヨウヨいやがるじゃねえか」


 セラフィナたちの背後から進み出てきたのは、〈王国騎士団(アークナイツ)〉副団長のバーゼル。

 双眼鏡を片手に、敵軍勢を見渡している。


「ざっと五百ってところか?」


「こ、高等妖魔が……五百……!」


 コレットが青ざめた顔で呻いた。


「でもストニアじゃあ、一万五千も出たって聞いた後だと、なんかしょぼく見えますね」


「侮るな、愚か者」


 セティーがぽつりと呟くと、サリフが一喝した。


「貪血鬼はあの体格で、推定戦闘力百五十だ。先日の襲撃で言えば、狼面鬼(ハイコボルド)の十倍を超える」


「マジっスか……じゃあ狼面鬼が五千以上いるのと同じってことかよ」


 ニックがぞっとした顔をした。


「それにしても……コボルドの時と言い、ほんとにどうやってこの数が気づかれずにここまで来たのよ……」


 一方、セラフィナはうんざりした顔で呟いた。


「何匹来ようが関係ないわ。全部殺すだけだから」


 アイリスの声は、恐ろしく冷たい。


(アイリスさん、なんかこの前より気合入ってるなー……)


 セラフィナは、一見表情の乏しい少女の瞳の奥に、深い怒りの炎が燃えているのを感じていた。


「確かに数は問題じゃないがのう。それより何匹か、とんでもねえのがおるな。半端な奴らがアレと当たると犠牲ばっかり増えちまうぞ」


 ヴォルフガングはバーゼルと違って双眼鏡を持っていない。

 代わりに左手の親指と人差し指で円を作って、そこから敵軍勢を観察しているようだ。


「よう、【金剛】……そのようだな」


 バーゼルも同じものを見ている様子だ。


「あれは……!」


 目を細めて敵勢に視線を走らせていたクリスティーナが小さく声を上げた。

 心なしか、その声には微かに敵意が籠っている。セラフィナはそう感じた。


「【妖魔皇帝】の隣にいたアフカルの軍団長……!」


 この間王都内に出現した貪血鬼を駆除するときですら、持ち前の穏やかな雰囲気を一瞬も崩さなかった彼女が放った、昏い殺意。


「ほう、〈八妖将〉ってやつか」


 ヴォルフガングが唸った。


「……あれは私がやります」


 アイリスが一人、前に進み出た。


「アイリス!」


 クリスティーナがそれを止めようとする。

 しかし、バーゼルはクリスティーナのほうを制した。


「まあ、確かにお前なら簡単にはやられないだろうがな……それでもありゃ、どう見てもヤバい。いくらお前でも一人じゃ荷が勝ちすぎるぞ、【一番星】?」


「……関係ありません。私が殺します」


 アイリスはもはや、その個体しか見ていない。


「分かったわ」


 クリスティーナが溜め息をついた。


「でもあなたひとりじゃ無理よ。私もいっしょに行くわ。良いですよね、バーゼルさん?」


「当然だろ」


 紅水晶の大きな瞳を向けられると、バーゼルは腕を組んだまま頷いた。


「そもそもアレをやれそうなのは、この中じゃ【金剛】かお前らくらいだしな」


「ちょっと待ちなよ」


 その時、突然別の声が割り込んだ。

 それはまるで子どものような、透き通った声だった。


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