52.束の間の休息
ベルトランの死から一週間が過ぎた。
ストニアにセヴェン達八番隊と一部の兵を残し、王国軍の多くは一旦王都レグルスへ帰還していた。
アリス達七番隊とシュカ達九番隊、それにクリスティーナ達六番隊が王都に着いたのはつい昨日のことだが、隊長が殉職し、ディートクリフ以外の隊員全員が重傷を負った二番隊は、ベルトランの遺体とともに一週間近く前に戻ってきていた。
「しっかし、まさかあの時の冴えないオッサンが、あの【残光】のベルトランだっとはなぁ……そんでもって、そんな大物があっさり殺されちまうなんてな……」
城下町の行きつけのカフェ。
テーブルに足を投げ出しながら、ジェイクが呟いた。
「行儀悪いでしょ」
その足を、セラフィナが両手で思いっきり払った。
「でも、ベルトラン隊長は決して無駄死にじゃない。あの人がヤツらの本拠地を突き止めたんだから」
アリスが言うと、
「『死んでも、ただじゃ死なねえ男』……、ホンモノじゃねえか」
ジェイクはアリスには意味の分からないことを呟いた。
ベルトランの魔槍の『呪い』により、王宮はすでに【妖魔皇帝】の潜伏先をほぼ正確に把握していた。
グランディス領内、ストニアの北東およそ二十キロ。
ナディアとローエンデールの境となる霊峰オルスター山脈の麓付近。
おおよそ人間が立ち入らない、闇の大地の奥深くだ。
「でもさ。場所が分かったんなら、ちんたらしてねえで一気に叩き潰しちまったほうが良いんじゃねえの?」
「そこは私も、そう思うんだけどさ……」
ジェイクの素朴な疑問に、セラフィナは納得のいかない顔で賛同した。
「……お前たちは、実際にアレを見てないから、簡単にそんなこと言えるんだよ」
当初は誰もがジェイクやセラフィナと同じように、敵の本拠地さえ分かれば討伐は容易と考えていた。
だが、そのような甘い幻想はものの見事に打ち砕かれた。
アリスにしてみれば、今思い出すだけでも正直恐ろしい。声が震えてしまいそうだ。
ナディア最高戦力の〈星芒騎士〉。
その中でも間違いなく最強のひとりであった二番隊隊長――【残光】のベルトラン。
魔槍抜きで【黄昏の魔女】と互角の実力者。
その男が手も足も出なかった、正真正銘のバケモノだ。
そのバケモノが、今、王国に――いや人類に選択を突き付けてきている。
バケモノは言った。
共生か、破滅か――と。
そして答えを聞きに、二週間後に子を遣わす、と。
しかしそもそも、人類に『選択』の余地などはない。
そう、敢えてバケモノ側の視点で言うなら、選べるのは『破滅』のみだ。人が人であり続けようとするのならば。
もちろん、破滅を甘んじて受け入れるつもりなど毛頭ない。
現在、ナディアが持てる全ての軍事力を総動員し、急ピッチで決戦の準備を進めている。
だが、圧倒的に時間が足りない。
敵を殲滅するだけの軍備が整うよりも先に、バケモノが提示した期限が来る。
向こうが勝手に宣言した提案の、回答期限だ。
「んで?お前らはこれからどうすんの?」
ジェイクがコーヒーを啜りながら訊ねた。
【妖魔皇帝】は期限を明示したが、場所は言及していない。
――『使者』はどこに来るのか?
王宮内でも様々な憶測が飛び交った。
普通に考えれば、最も敵の本拠地に近い前線基地か。
しかし、奴らは神出鬼没だ。
王国の列車や古代兵器とはまた違った、未知の移動手段を持っている。
となると王都か?すでに一度、犬面鬼の大軍の接近を許している。
そう言う意味では、ローエンデール一行が襲われオルフェ達が撃退した蝙蝠鬼の群れも、サンダリアン近郊に突如出現した。
一週間前もそうだ。
ベルトランを殺した後で、【妖魔皇帝】たちは虚空に姿を消し、一瞬でニ十キロ以上離れたやつらのアジトに移動していた。
魔槍の『呪い』がなければ、追跡は不可能だったはずだ。
「私たちは今度もここに残って王都防衛組だよ。まあ、今回はただのお留守番とは限らないけど」
セラフィナは、彼女にしては珍しく少しだけ緊張した面持ちだ。
「おれ達はまたすぐストニアに戻る」
「またかよ。忙しいねえ」
アリスの答えにジェイクは憐れむような顔で肩を竦めて見せた。
結局、ナディアは戦力を分散せざるを得なかった。
こちらの回答が向こうの意に沿わぬものである以上、その場で即戦闘となる可能性は極めて高いからだ。
〈星芒騎士〉たちは王都レグルス、港湾都市サザンクロス、交易都市サンダリアンのナディア三大都市と前線基地たるグランディスの要塞都市ストニアに配置され、それ以外の都市も厳戒態勢を敷き、来る日に備えることとなっていた。
アリス達七番隊は三日の休暇の後、シュカ達九番隊とともに、またストニア城塞に派遣される。
敵の本拠地が判明した今でも、距離的に最も近い要塞都市ストニアが引き続き前線基地となることは変わらない。
一方、ナディア第二の都市サザンクロスには、すでにルシア率いる一番隊が待機している。
ベルトラン亡き今ルシアが隊長を兼務している二番隊も、負傷した隊員たちの治療はすでに完了し、三日後にはサザンクロスへ発つことになっていた。
そして第三の都市サンダリアンには、カレン達五番隊が、ちょうど今日向かったところだ。
「そういや、アリス。お前の隊は休暇中なんだろ?他の奴らは何してんの?」
「エイリークとジルさんは、さっき兵舎で見たよ。エイリークは見習い君たちの訓練を手伝ってた」
「真面目かよっ!」
アリスより先に答えたセラフィナに、ジェイクは思わずツッコミを入れた。
「ジルさんは、なんか夜一緒に飲みに行く人探してた」
「そっちは不真面目かよっ!……ん?あ、いや別にいいのか。休憩中の奴らに夜メシの誘いをしてるだけなら……てか、そう言うことなら俺も後で顔出そうかな。あのオッサン羽振り良いし」
ジェイクは結構ジルと気が合うようだった。
と言うか、ストニアでもセヴェンと言いジルと言い、ジェイクは意外と年上の男たちに可愛がられていた。
いつの間にかベルトランとも交流があったようだし。
――まあ、偶然、相手がみな器が大きかっただけかもしれないが。
「そう言えば、お兄ちゃん。ローズちゃんとリリィちゃんは?」
「ああ……」
一週間前の【妖魔皇帝】の宣言以降、妖魔たちは完全に沈黙し、あれほど大量発生していた妖魔の被害報告がこの間ただの一件もない。
とは言え、本当に約束の――いやこちら側は約束なんてしていないが――日までこのまま大人しくしているかは分からない。
相手は所詮は妖魔。話の分かる相手ではない。
七番隊も、当初は八番隊と同様、引き続きストニア警護に残る予定だった。
しかし、ベルトランの死の翌日、サラが高熱を出し、倒れた。
無理もなかった。
サラが騎士の叙勲を受け、入隊してからまだたったの三週間しかたっていなかった。
この間に戦場で多くの仲間が彼女を守って死に、並べられた何百もの遺体を目の当たりにした。
サラ自身も、古代兵器に乗って駆け付けたルシア達がいなかったらとうに死んでいたし、その後ベルトラン率いる援軍が来なかったら、やはり死んでいた。
そしてまさに無敵の救世主に見えたそのベルトランまでもが、なすすべもなく一方的に殺される光景を目の当たりにしたのだ。
それでもサラは最後まで従軍を望んだ。
作戦から一人離脱し、治療を受けることを拒んだ。
アリスはジル達と相談し、セヴェンとクロードの了解を取って、七番隊全員で一度王都へ帰還し休息を取ることを選んだ。
その決定をアリスがみなに告げた時、
「隊長らしくなったじゃん~!」
何故かローズが満面の笑みで頭を撫でてきたので、アリスは内心ちょっと照れつつ、むすっとした表情を作ってその手を払い退けたのを覚えている。
「……ふたりは、サラのお見舞いだよ」
「そっか……サラちゃん、大丈夫なの?」
「ああ、あの、なんか悲愴なカンジの新人か。倒れたんだってな、大丈夫かよ?」
セラフィナとジェイクがアリスの顔を窺う。
「うん」
アリスは力強く頷いた。
「大丈夫。サラは、きっと大丈夫だよ。……まあ、さすがにいろいろこたえたんだと思うけど」
「そりゃそうだよ。てか、こたえない方がおかしいんだから。お兄ちゃんも、後でちゃんとお見舞い行ってあげなよ?隊長なんだからさ」
セラフィナは、すでにそれほど熱くない筈のコーヒーを息で冷ましながらチビチビ飲む兄の肩をバン、と叩いた。
「あっぶないな、こぼすだろ!」と不満を言いつつも、
「……うん。おれも後で行くよ」
アリスは妹に向かって素直に頷いた。
「ちなみに、シュカとディートクリフは?ここにいねえけど、あいつらだって今は休暇中なんだろ」
「確かに、お兄ちゃんたち、暇なときは大抵一緒にいるもんね」
「別にそんなことないけど」
アリスはセラフィナに向かって訂正してから、「あそこだよ」と、城下町の中でひと際高台にある小さな丘の上を顎で指した。
ジェイクとセラフィナもその方向に視線を向ける。
「……ベルトラン隊長が、いるところ」




