49.【残光】のベルトラン3
「ああ!」
「【王】!?」
エルフのような男と、ゴブリンの叫びが重なった。
ベルトランは槍を引くと、大きく跳び退る。
「……はっ、はっ、はっ……」
魔槍を大地に突き立て、明らかに不自然な呼吸をしている。
(なんだ、今のは……?)
【王】は自分の右肩を見下ろした。
穿たれた傷口からは紫色の血が流れている。
――だが、溢れ出す血の量は見る間に少なくなっていく。
出血が、止まる。同時にブクブクと無数の紫色の泡が生じ始めた。
すでに修復が始まっている。
「へっ……へへ」
それでも、眼前の死にかけの男は笑った。
「ざまあみろだ……王サマに、一発……かましてやったぜ……へへ」
【王】は男を見据えた。
何がそんなにおかしいのだ。
「……このようなかすり傷が嬉しいか。残念だが、数分で治る」
「それでも、一発は、一発だ……一矢報いたって、やつ……?」
「そうか。確かに余に一撃を加えたことは褒めてやろう。……見事だった」
【王】は素直に称賛した。
深い意味などない。
そう思ったから口にしただけだ。
「だが、終わりだ」
――ドスッ。
唐突に、ベルトランの背から尖った黒い触手が生えた。
アリスにはそう見えた。
もちろん、そうじゃない。
【王】の”腕”だ。
右の鎖骨の下から入り、肩甲骨の外側から突き出ている。
――だめだ。そこはだめだ。そこには、肺がある。
ドドドドス!ドスドスドス!
そして一瞬の後、ベルトランの背面から次々に”腕”が生える。
「が!がふっ……!」
口から真紅の血液があふれ出す。
「ベルトラン隊長ッ!!!!」
カレンが悲鳴をあげた、その時だった。
――ズドオンッ!!
爆発が巻き起こった。
空から落下する無数の光。
それは突如として八体の妖魔に降り注いだ。
「――みんな!大丈夫か!!?」
聞き覚えのある声がアリスの耳朶を打つ。
八番隊隊長――セヴェンだった。
「ベルトラン隊長!!?」
続くクリスティーナの悲鳴。
「ちぃっ!!放て!!殲滅しろ!!」
続いて轟く声は、ディートクリフだ。
――オオオオオオオオオォォォォォォッ!!!!
直後、地響きとともに鬨の声が霧の立ち込めた湿地を支配する。
妖魔たちへの魔法の爆撃は、さらにその数を増している。
「来たか」
【王】はまるで他人事のように言った。
「……陛下」
その足元で、エルフのような男が跪いて首を垂れた。
「そろそろお戯れも宜しいのでは。彼を救う目的は、すでに達しておりまする」
「……そうだな」
しばしの無言の後、【王】は頷いた。そして踵を返す。
八本の”腕”が無造作に引き抜かれる。
口から大量の血を吐き出し、ベルトランは糸の切れた人形のようにうつ伏せに倒れ込んだ。
「さあ、参りましょう」
エルフが手にした何かを虚空に投げた。
次の瞬間、
ブゥゥウン!
と大気を振動させて、突如、中空にどす黒い巨大な穴が出現した。
明らかに空間を歪めたその異様な何かは、穴としか形容のしようがない。
人間が同時に十人は入れそうな、穴だ。
「貴様ぁ!逃げる気か!!」
カレンが怒鳴る。
その声は底知れぬ憤怒で震えていた。
【王】は足を止め、振り返った。
そして黄色く澄んだ瞳で、カレンを射抜く。
「ぐっ!」
だがカレンは引き下がらない。
「逃げるな卑怯者!!それでも【王】かぁ!」
しかし【王】は微かに笑った。
「汝らに考える時間をやる。二巡りの後に、返答を聞きに我が子を遣わそう。……だが勘違いはするな。聞くだけだ。答えはふたつにひとつ。余の慈悲を受け入れ共存の道を行くか、それとも破滅の道を選ぶか。……もう一度言う。余は争いを好まぬ――賢明な答えを期待しているぞ」
そして最後に、
「……また会おうぞ。光の娘よ」
そう告げて、黒い巨大な穴へと向かう。
「ふざけるな!一匹も逃がすなぁっ!!」
ディートクリフの怒号が木霊する。
「――放てぇっ!!」
セヴェンの号令で矢の雨が、魔法の雨が、穴を中心に妖魔に降り注ぐ。
だが殿にいた闇色のローブの男型貪血鬼と女型貪血鬼が振り向いて、即座に二重の結界を張った。
その魔法の盾が、怒涛の爆撃の悉くを阻む。
そしてまず【王】が、エルフが、ゴブリンが。
次々に妖魔たちが穴の中へ消えて行く。
最後に二体の男女の貪血鬼が暗闇に姿を消し、同時に結界も消滅した。
「くそっ!くそぉぉぉおっ!!」
ズドドドドドドドドド……――――
セヴェンが悔し気に「止め」の号令を発するまで、何もなくなった沼地を矢と魔法が破壊し尽くした。




