5.アリスの寝室にて 2
「……ねえ。そう言えば、シュカは?」
「今さらかよ」
ローズがアリスに尋ねると、アリスの代わりにジェイクが呆れた顔で言った。
「だって、朝はアリスと一緒に出て行ったじゃんよ」
「シュカも今頃九番隊を集めて会議中だと思うよ」
隣に座るアリスが答えると、
「あ、そっか」
ローズは納得したように自分の掌を拳でポンと叩いた。
「シュカくんも、ついに隊長さんだもんね!」
リリィが嬉しそうに言う。
けれど、ローズはちっちっち、と人差し指を振った。
「いや、あいつはまだ『暫定隊長』でしょ」
「まあ、今はそうだけど」
シュカは先日の豚面鬼将討伐の際に、一番隊と冒険者たちを率いて敵将を討ち取った功績が認められ、今は九番隊の『暫定隊長』に就任していた。
九番隊と言えば、半年以上前に前任が行方不明になって以降は、永らく八番隊隊長のセヴェンが兼任していた部隊だ。
七番隊・八番隊とともに九番隊も今回の討伐作戦にも組み込まれているので、シュカも他の隊員とともにアーセラに来ている。
今頃は別の部屋でアリス達と同じように作戦会議をしているはずだ。
ちなみに、小鬼将を討伐したアリスがその功績で隊長に就任したのに、同格の豚面鬼将を斃したシュカが『暫定隊長』にとどまっている理由は、実はアリスには良く分からない。
ただ、いずれにせよ、このまま順当に功績を残せば近いうちに正式な隊長に任命される可能性が高いのは確かだ。
「みんな偉くなってくねえ」
ジェイクが頭の後ろで手を組んで、何故かしみじみと言う。
そのジェイクを見てふと、「そう言えば」とローズが首を傾げた。
「……ジェイク、なんであんたがここにいるんだっけ」
「だから、今さらかよっ?」
本日二度目の台詞だが、ジェイクの口調は一度目より心なしか強めだ。
「ああ、その少年は冒険者ギルドを通して、今回の討伐隊に応募してきたらしいぞ」
ジェイクの代わりにジルが答える。
「いやジルさん、それは知ってるんだけどさ。なんで七番隊の会議にいるのかって話」
「それはすまん、俺も良く分からんな……なんでだ、アリス?」
ジルは苦笑して頭の後ろをポリポリと掻き、アリスに顔を向けた。
「……そういえばお前、さも当たり前みたいについてきたな。なんで?」
アリスもまるで今気づいたかのように首を傾げた。
「お前も今さらかよっ……まあ、もういいや」
ジェイクは「ふう、やれやれ」と大袈裟に溜め息を吐いてから、また頭の後ろで手を組んだ。
「もちろんお前らの近くにいたほうが、ガッツリ稼げそうだからに決まってんだろ。心配すんな。ちゃんとギルドの作戦会議にだって顔出してるぜ?」
「あっそ。まあ、別に隠す話もないからいいけどね」
(い、良いんだ……一応部隊の作戦会議なのに……)
気に留めた様子もないアリスの言葉に、サラは心の中で呟いた。
「ふーん。それにしても、ジェイク。考えてみれば、結構久しぶりじゃん?」
ローズはベッドの上から手をひらひらと振ってジェイクに挨拶する。
「だからおっせえんだよ。そいうのは今日最初に会った時に言えよ」
「言われてみれば……二年ぶりくらいかな?ジェイクくんも相変わらず元気そうだね、良かったー。それにちょっと、大きくなったねー」
どちらかと言えば人見知りなはずのリリィも、あまり気にした様子もなくジェイクに笑いかけた。
「お?おう。お前らも……見ねえうちに少しでかくなったな」
ローズとリリィもエイリークも、ジェイクとは三年ほど前から面識があるが、アリスやセラフィナ、シュカとは違って任務を共にしたことはない。
騎士の叙勲を受けてからは会うのもこれが初めてだ。
ちなみにサラは、訓練生時代にアリスやシュカとジェイクがつるんでいるのを一度か二度、遠目で見たことがある程度。
「俺もガッツリ稼いで、もっとでっかい男になるぜ」
「でっかいの意味、違くない?」
腕を組んでふんぞり返るジェイクに、ローズが呆れた目でツッコミを入れた。
「まあ、傭兵隊もいくつかの部隊に分けられるって聞いてるから、たぶん、おれたちと一緒に行動する部隊もあると思うけど……今回おれたちは当面、後方支援がメインだぞ」
アリスがあまり興味がなさそうに言う。
「えぇ!そうなの!?総大将なのに!?」
対するジェイクは青天の霹靂、といった反応だ。
「総大将だから、ですよ」
エイリークが苦笑して答えた。
「相手の正確な居場所も分からないまま、これだけの部隊を指揮するんだから、指揮官が手あたり次第突っ込むっていう訳にはいかないんですよ」
「そもそもおれ達の当面の任務は討伐そのものじゃなくて、【妖魔皇帝】の潜伏先を突き止めることだからね」
「てかお前、そんなことも聞いてないの?」と付け加えて、アリスは「マジかよぉ」と天を仰ぐジェイクに呆れた目を向ける。
そのときふと、その不満そうな横顔が、その灰色の髪が、片側だけオレンジ色に染まっているのに気づいた。
窓から差し込む夕陽の明かり。
初夏の温かな光だった。
いつの間にか日が陰り始めていたようだ。
「もうこんな時間か」
がっくりと大袈裟に項垂れたままのジェイクを無視して、アリスは壁に掛けられた時計に目をやると、ゆっくりと立ち上がった。
「……話の続きは、夕食を取りながらにしようか。おれ、今日は昼を食べ損ねたから、お腹空いてきた」
「賛成!いいこと言うね、隊長」
ローズもベッドから立ち上がる。
「ああ、喉も渇いたな。グランディス地方は、エールと火酒が名物だったな」
「ジルさんはともかく、ローズ先輩は飲み過ぎないでくださいよ」
ジルに次いで、エイリークも椅子から立ち上がる。
「せっかくグランディスに来たんだし、宿のシケた食堂なんかじゃなくて、上手いモン食いに行きてえな」
急に気を取り直したジェイクも、椅子を蹴るようにして勢いよく立ち上がった。
「これも経費で落ちるんだろ?」
「え、食事代も経費になるんですか……?」
「サラちゃん、サラちゃん。ご飯は経費扱いにならないよ。配給食以外は、自分で払わないと」
サラ、そしてリリィも続く。
「はあ?飯代は自腹かよ。しけてんなあ。……じゃ、いいや。誰か奢ってくれ」
「なんでよ。自分で払いなさいよ」
「いいぞ、少年。今日は俺が奢ろう。その代わり、君も一杯付き合ってくれ」
「まじ?ラッキー!とりあえず言ってみるもんだな。ちなみにオレはジェイクだ、よろしくな、おっさん」
「ああ、よろしくジェイク。俺はジルだ。ジェイクも一緒に『火酒』も飲んでみるかい?」
「ジルさんも、ほどほどにしてくださいよ……さすがに妖魔が首都にまで乗り込んでくるとは思えませんが、一応、敵地のすぐそばなんですからね」
ジェイク、ローズ、ジル、エイリークが、他愛のない話をしながら、アリスの部屋を出ていく。
「あ、みんな待って。……サラちゃん、行こう。アリスくんも」
「あ、はい」
リリィはアリスに笑顔で声を掛けると、サラの手を引きながらローズ達を追って部屋を出ていく。
「え、あ、ちょっ……みんな、早っ。……てか酒って」
いつの間にかひとり部屋に取り残されたアリス。
「うーん、イマイチ緊張感が足りない気がするんだけど、おれ達、こんなんで大丈夫かな……?」
仲間たちの後ろ姿を目で追いながら呟いた。
「……でもまあ、いつものことか」
ひとり小さくため息をついてから、アリスは部屋を出て扉を閉めた。




