6.八番隊のふたり
「ふん、どいつもこいつも辛気臭い顔してやがる。それに態度が悪い者も多いな。これだから『大地の民』は……」
首都アーセラのメイン通りを歩きながら、赤毛の男が不満げな声で言う。
「ああ。それに俺達のことを良く思ってないヤツも多そうだぜ。恩知らずなところは、血から来るのかねえ」
隣を行く茶色の長髪を後ろで束ねた男が、ニヤニヤと笑いながらそれに答えた。
二人とも白色の部分板金鎧に蒼色のマントを纏っている。
腰には魔導銀製の細剣。
その出で立ちは、その名を大陸中に轟かすナディアの〈星芒騎士〉であることを示している。
この地方は国内では比較的寒冷な地域とは言え、さすがに初夏と言うこともあり騎士団の正装はかなり蒸し暑いはずだが、二人はそれを意に介している様子はなかった。
「一時とは言え、最大勢力となった過去の栄光を忘れられんのだろう。『光の奇跡』どころか、魔法すら使えないくせにな。せっかく助けに来てやったというのに、守ってやる気が失せるというものだ」
ナディア第四の大都市ではあるが、王国の三大都市に比べると、人間以外の種族も少なく、それどころか『星の民』も『海の民』もあまり見かけない。
行きかう人々のほとんどが『大地の民』だ。
当然の成り行きとして、『星の民』の外見的特徴を有し、かつ純白の鎧に目の覚めるような濃い蒼色のマントを纏った騎士二人は、ただ歩くだけでも注目を集めている。
赤髪の騎士の名はクレド、そして茶髪の騎士はオルトス。
〈星芒騎士団〉八番隊に所属する二人は、訓練生時代からの同期であり、騎士になったのも同時期だった。
ちなみに訓練生時代はアリスの三つ上だったが、騎士になったのは二人ともアリスの半年前。
とは言え二人とも、今や武術大会でランキング入りするほどの実力者になっていた。
「あ。おい、クレド。あれ見ろよ」
同期の肩を叩いて、オルトスが数十メートル先の小道から大通りに姿を現した一団を指で示した。
薄手の衣服に明るい灰色のマントを羽織っている人影が六つ。
加えて、明らかに安物と分かる簡素な衣服の人影がひとつ。
どちらもグランディス地方の服装とは異なっているし、また七人とも髪の色や外見的特徴から見ても、この地方の者たちはとは明らかに違う。
さらに灰色のマントの者たちは鎧こそ身に着けていないが、腰にあるのは紛れもなくクレドたちと同じ魔導銀製の細剣。
大人の男が一人、少年が二人、少女が四人――に見えるが、そのうちどう見ても“少女”にしか見えない一人が、実は“少年”であることを、クレドとオルトスは良く知っている。
この距離では会話までは聞き取れないものの、和気藹々と楽し気にメインストリートを進んでいくその様子は、一応帯剣しているとは言え、一見するととても軍人には見えない。
「ちっ、女どもを引き連れてヘラヘラしやがって……!“雑種”の分際で、随分と良いご身分だな。まるで旅行気分じゃないか。あれで我々の総指揮官とは、嘆かわしい」
クレドは苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。
「まあ、総指揮官って言ったって、所詮はお飾りじゃん?連合軍の大将はグランディスのドラグって将軍だし、王国軍の実質的な指揮官はまあ、セヴェン隊長だろうしなぁ」
「俺はそもそもあの女男が“隊長”という時点で気に入らんのだ」
「あっという間に俺達も、ゼレンさんすら追い抜いて隊長になっちまったからな。……まあ、強いことは確かだけど、ゼレンさんほどかねえ」
そう言ってオルトスは肩を竦めた。
「ふん、あんなガキ、ゼレンさんの足元にも及ばんさ。団長のお気に入りと言うだけだ」
クレドは面白くなさそうに言う。
「団長だけじゃなくて、陛下も、だけどな」
「あいつの父親も、平民出でありながら先王に取り入って子爵位まで成り上がりやがった。今度はあいつも陛下や団長に取り入って、まんまと隊長になっている。要はそういう卑しい父子だということさ。なにせ、卑しい亜人の血が混ざっているしな」
「ははは、相変わらず厳しいねえ」
対するオルトスは愉快そうだ。
「それに曲りなりにも我々の総指揮官ともあろう男が、正装もせず女どもを侍らせて街をふらふらしているとは……〈星芒騎士団〉の面汚しも良いところだ」
クレドの機嫌はさらに悪くなっていく。
「お前、随分そこにこだわるなぁ」と笑った後で、オルトスはもう一度軽口を叩きあいながら数十メートル先を行く一団に目を移し、そしてふと、「あ。」と呟いた。
「よく見たら養成学校時代のアイドルもいるじゃないか。あのローズって女、お前のお気に入りだったよな?」
オルトスはクレドの肩に手を置いて、からかう様にニヤっと笑った。
「ひょっとしてお前、妬いてるのかぁ?俺はどっちかっていうと、あのリリィって子の方が好みだけどな」
「ふ、ふざけるな。誰があんな、親の顔も分からんような女」
クレドは僅かにうろたえたような顔をした後で、肩に乗せられた手を乱暴に払ってオルトスを睨んだ。
「……知っているだろう。養成学校に来る前は、旅芸人の一座で踊り子をして日銭を稼いでいたと言う話じゃないか。あの腰巾着の妹分と二人でな」
「ああ、そういや、そうだったな」
「どうせ母親も娼婦か何かと言ったところだろう。しかも『大地の民』の血も混ざっているようだしな」
「まあ、そもそも〈星芒騎士〉には親なしが多いけどな。特に俺達、第四世代以降は」
「ふん、穢れた“雑種”ばかり……実に嘆かわしい話だ」
そう言って、クレドは唾を吐いた。
「はは、今日はいつも以上に不満が止まらないな、クレド。もしかして、お気に入りをあいつに盗られたからかなぁ?」
「しつこいぞ、オルトス。あんな女、どうでもいいと言っている。……それに今くらい良いだろう。口うるさい隊長もいないからな」
「人種への不満はタブーってことになっているからなあ。確かにセヴェン隊長が聞いたら、また説教が始まりそうだ」
「あの野郎は兄貴ぶって諭すようなことを言うのが気に入らん。平民出の分際で」
「ははは、ついにセヴェン隊長も“あの野郎”呼ばわりか!お前もいろいろ溜まっているなあ。俺は飽きなくていいけど!」
オルトスは面白そうに笑って、クレドの肩をパンパンと叩いてから、
「でも、少なくとも隊長の強さは本物だぜ?それに、ゼレンさんも慕っているようだしさ」
「それも分かっている。ゼレンさんがまだ幼く体が弱かった頃からの腐れ縁のようだしな……だが、だからと言って、気に入らんのは止められんさ」
クレドは仏頂面のまま答えた。
「――二人とも」
突然、クレドとオルトスの背後から声がかかった。
ぎょっとして振り返った二人の前には、シルバーブロンドの長い髪の男。
白い板金鎧に蒼色のマントを纏っている。
その数メートル後ろにはもう一人、ウェーブがかかったダークブラウンの短髪の男がいた。
クレドたちと目が合うと、軽く手を上げて挨拶する。
こちらは同じく蒼色のマントを羽織っているが、マントの下は平服で鎧はつけていない。
ただ腰には左右に一振りずつ、中型の曲刀と思われる剣を下げていた。
「ゼレンさん!……と、セヴェン隊長」
「何の話をしていたんだい?」
ゼレンが尋ねるが、クレドとオルトスは無言で渋い顔を見合わせるだけだった。
シルバーブロンドの優男はそれで全てを察したのか、苦笑を浮かべて、
「君たちの気持ちも分からないではないけど……公衆の面前では控えめにね」
とだけ言った。
「さあ、俺達もそろそろ飯にしようか。三人とも腹減っただろう。エギルももうそろそろ戻ってくるはずだから、皆で食べよう」
双剣を携えた男――セヴェンが、明るい声で三人に呼び掛ける。
「お前たちは何が食べたい?今日は俺の奢りだ」
だが、赤髪の騎士は隊長の蒼いマントの下の平服を見て、答える代わりに眉をひそめた。
「さあ、クレド、オルトス?行こう」
ゼレンに促されて、二人の騎士もこちらへ向かってくる。
(……ふう、やれやれ)
【双刃】のセヴェンは、心の中で小さくため息をついた。




