4.アリスの寝室にて 1
サラが七番隊に入隊した三日後。
アリス達は王都レグルスから遠く離れたグランディス公国の首都『アーセラ』にいた。
アーセラはナディア第四の規模を持つ大都市だ。
十五万人を超える人口のおよそ八割以上を『大地の民』が占め、彼らの文化を色濃く残している。
六十年前のナディア建国戦争において、当時の王家及び貴族の多くは命を落とすか没落することとなったが、ナディアとの共存を望み、彼らとともに戦った一部の貴族たちは建国後に爵位を与えられた。
中でも最も功績の大きかったローランド家は戦後『公爵』となり、グランディス地方の領主として一定の支配権を与えられている。
「それにしてもさ」
アリス達〈星芒騎士団〉七番隊がここアーセラに到着したのは昨日のこと。
王都とアーセラを繋ぐ魔石列車を使って、複数回に分けて討伐隊が派遣されてくる手筈となっていた。
現時点で、アリス達の他に〈星芒騎士団〉の八番隊と九番隊、〈王国騎士団〉から五十名、さらに兵士およそ五百名がすでに到着している。
この後、明日までにまた総勢千人近い兵士が国内各都市から派遣されてくる予定だ。
「ここまでする必要あんのかね。相手は妖魔だろ?グランディス軍だけでも、楽勝なんじゃねえの?」
灰色の髪の少年ジェイクは、木製の椅子の背もたれに寄りかかったまま疑問を口にした。
ここは首都アーセラのほぼ中心部に位置する大きな宿屋の一室。
隊長のアリスにあてがわれた部屋だ。
質素ではあるが、かなりの広さがある。
(あ、アリス先輩の寝室……)
ブラウンの髪に翡翠色の瞳をした新入隊員のサラは、何となくドキドキしていた。
「正確な敵の規模は分かっていないが、つい先日まで小鬼・犬面鬼・豚面鬼それぞれの貴族種が数百もの同族を組織していたんだ。今回の相手がその貴族種たちさえも従える最高位の妖妖魔だとすれば、総数が数千を超えてもおかしくはないだろう?」
丸い木製のテーブルを挟んで向かい側に座っている緑色の短髪の屈強な男が、ジェイクの疑問に丁寧に答える。
七番隊副隊長のジルだ。
十代半ばの隊員ばかりのこの七番隊の、実質的な保護者と言ってもいい。
「ふーん。ま、王国側としても?グランディスに対処を丸投げってわけには行かねーのかもな。政治的に?」
「ジェイク、何あんた知った風なこと言ってんの」
ベッドに腰かけている長い赤髪の少女が、ジェイクに呆れた目を向ける。
彼女の名はローズ。アリスの同期だ。
「そう言えば、アリスくん。公爵さまとはお会いできたんだよね?どんな人だった?」
ジルの隣の席にいる水色のショートカットの少女が、ローズと並んでベッドに座っているアリスに尋ねた。
彼女はリリィ。アリスやローズの一つ下の十五歳。
「ああ、うーん、そうだな……」
問われたアリスは少し考えこむように首を傾げた。
今朝、アリスは他の部隊長たちとともにアーセラ宮殿『アダマス』に呼ばれていた。
宮殿内でグランディス公国の領主であるベネディクト・ローランド公爵へ拝謁した後、グランディス軍の幹部とともに討伐作戦についての会議を行い、つい今しがた宿に帰ってきたところだ。
大きな宿とは言え、多くの討伐隊構成員が宿泊していることもあり、各隊に個別に会議室を割り当てるような余裕などはない。
やむなく七番隊は比較的広いアリスの部屋に集合して打ち合わせをしているという訳だ。
しかし、いくら“広い”と言っても、さすがに七人が入ると手狭感は拭えない。
ベッドの横にある木製の丸テーブルを囲むように椅子が五つ並んでいるが、数が足りずローズとアリスはベッドに並んで腰かけている。
そんな状況も、最年少のサラにしてみると、何となくドキドキしてしまう原因のひとつだった。
もっとも、傍目には美少女がふたり並んでベッドに座っているようにしか見えないが。
「すごく良い人そうだったよ。でもなんか、あんまり領主っぽくないって言うか……少なくとも戦いには向かなそうな、優しい感じの人……かな」
アリスがアダマス宮殿の謁見の間で見たローランド公爵は、長く艶やかな黒髪をした細身の若い青年だった。
確か年齢はアルベルト国王と同じくらいだったはず。
とても紳士的で穏やかな雰囲気をもつ一方で、気の弱そうな、いろいろと苦労していそうな印象……と言うのが、アリスの率直な感想だ。
「ならアリス、尚更お前が頑張るしかないな」
ジルが穏やかな声で笑った。
「ジルさん……プレッシャーになるから今それ言わないでくれませんか」
アリスがじとっとジルを睨んだ。
アリスは〈星芒騎士団〉の七番隊隊長だ。
今回、王都レグルスから派遣された上級騎士は〈星芒騎士団〉が七番隊から九番隊、〈王国騎士団〉が二十二番隊から三十一番隊。
そして王国軍では、複数の部隊が作戦行動に加わる際は、どちらの騎士団に属するかに関わらず、番号の一番若い部隊の隊長が指揮を執る決まりとなっている。
――要するに、アリスが今回の王国から派遣された討伐隊の総指揮官という訳だ。
「すまん、すまん。まあ、連合軍の総大将はあちらのドラグ将軍だし、グランディス側の部隊も彼が統率するんだ。お前は王国軍の部隊だけを率いればいい」
「いや、それでも凄い数なんですが……」
アリスは却って不安そうな表情だ。
「同じ上級騎士っつってもよ。〈星芒騎士団〉っていやあ、少数精鋭の怪物退治専門チームだろ?軍団指揮ってふつう、〈王国騎士団〉の仕事じゃねえの?」
ジェイクの素朴な疑問に、サラも首を傾げた。
「言われてみれば、確かに……」
「いやいや、そんなことはないぞ」
だが、ジルは首を振った。
「対魔物特化の戦闘部隊として設立されたのは確かだけどな。軍団指揮の序列や役割は、他の王国騎士たちと変わらないんだ。特に今回の相手は妖魔……まあ、つまり魔物だからな。俺たちが中心になるのは、何もおかしいことじゃない」
「……とは言え、盗賊団や武装した犯罪組織と違って、魔物相手に大軍を率いることなんて普通ないんだけどね……」
アリスが暗い顔で自嘲気味に溜め息をついてから、
「ジルさん、助けてくださいね……」
縋るような目でジルを見ると、
「なーに今から弱気なこと言ってんの」
隣でローズが笑いながらアリスの背中をパシパシと叩いた。
「もちろん手伝えることなら何でもするが……隊長会議に俺だけ同席する訳にはいかんしな」
ジルも苦笑して言う。
「お前ならきっと大丈夫だ、あまり気負い過ぎるな。それに今回はセヴェンがいるだろう。いざとなったらあいつを頼るといい」
「そう言えば、八番隊のセヴェン隊長は、ジルさんの同期でしたね」
サラの隣に座っていた金髪の隊員がそう尋ねた。
彼の名はエイリーク。
アリスより年齢は上だが、養成学校では後輩で、リリィの同期にあたる。
「ああ、そうだ。俺と違ってできるヤツだよ。あいつは」
ジルは頷いた。
心なしか、いつになく誇らしげに見える。
「【双刃】のセヴェン隊長ですね!あ、でも八番隊って……」
ジルとエイリークの会話を聞いて、リリィがローズとアリスのほうを見る。
「うん……クレド先輩とオルトス先輩がいるところだね」
「うえ」
アリスの脳裏に赤髪の横柄な男と、いつもニヤニヤと人を小馬鹿にしたように笑う茶髪の男の顔が浮かぶ。
ローズもその形の良い眉を顰めた。
「く、クレド先輩とオルトス先輩……」
リリィの隣に座っているサラも、嫌なことを思い出したような顔をしていた。
年齢的に訓練生時代に直接の関わりはなかったはずだが、どうやら何かしら嫌な思い出があるようだ。
「……ああ、あの『星の民』至上主義者の」
エイリークも面白くなそうな顔だ。
「ついでにお家柄至上主義の旧御三家ね」
ローズはさもくだらない、と言う風に肩を竦めた。
「……良く分かんねえけど、いるよなそういう奴ら。親の七光りのクセして、自分だけ選ばれた人間だと思ってるクソ野郎」
クレドやオルトスとは直接面識がないはずのジェイクまでが同調する。
それを聞いてジルは苦笑した。
「まあ、彼らもいろいろ背負うものもあるからなあ。特にクレドは、彼の代で爵位を得られなければ名門アヴェーヌ家はついに貴族ではなくなる。フェドリゴッティ家は今は『子爵』だが、オルトスはそもそも次男だしな。今は『子爵の息子』でも、結局は自分で爵位を勝ち取るしかない」
「こ、高貴な家柄の人たちも、いろいろと大変なんですね……」
サラが複雑な表情で呟く。
「はっ。くだらねえ。親の顔も知らねえ俺にしてみりゃ、随分と贅沢なお悩みだぜ」
ジェイクは「アホくさ」と付け足してから、円形のテーブルに頬杖を突いた。
「そうそう。『星の民』御三家と言えば、あのゼレン先輩も八番隊でしたね」
エイリークが思い出したように言うと、
「ゼレン先輩は良いんだよ。御三家だけど全然威張ってないし、誰にでも優しいしさ」
ローズはひらひらと手を振った。
「……ちょーっと気弱って言うか、優しすぎるせいで、あの二人に付きまとわれてるんだと思うけどね」
「うん。ゼレン先輩はすごく良い人だよね。頭良いし、強いし、それにカッコいいし」
「はい、ゼレン先輩は素敵です……背も高いし!」
リリィとサラも、ローズに賛同する。
「顔も性格も家柄も良くて、強くて頭も良くて、オマケに背も高い?……オイオイ、欲張り過ぎじゃね?ぜってーソイツ、なんか裏あるって」
不機嫌そうに鼻を鳴らすジェイクに、ローズが首を傾げた。
「なにジェイク、あんたも身長にコンプレックスあんの」
「悪かったな」
「“も”ってなんだ」
ジェイクと同時に反応したのは、アリス。
隣のローズをじとっと睨む。
けれどローズは全く悪びれた様子もなく、
「そのうち伸びるから心配すんなって、ふたりとも」
と笑ってあしらった。
それから、ローズは突然ふと思い出したように、室内をぐるりと見渡す。
そして首を傾げた。
「あれ?ところでさ……」




