44.少し話をしようか
「……これが、妖魔の……『闇に魅入られし子ら』の……皇帝、か」
カレンが掠れた声で、まるで喘ぐように言った。
――その言葉が聞こえたのか。
それは、ゆっくりとこちらを向いた。
そしてカレンを一瞥する。
「……!」
それだけでカレンの肩がビクッと震えた。
「……その呼び方は少し違うな、娘よ。それは新しい子どもたちにしか当てはまらぬ。他の子らは闇に魅入られたのではない。……闇に墜とされたのだ」
男は無表情に言った。
(な、何の話……?)
アリスは声が枯れて疑問を声にすることもできない。
「へえ?興味深いなぁ……王様よぉ。それはどういう意味だい?」
アリスの疑問を、代わって口にしたのはやはりベルトランだ。
だが、【王】はベルトランを一瞥しただけで、それには答えなかった。
代わりに跪く小鬼の王に顔を向けて、口を開く。
「……迎えに来たぞ、我が子よ」
「お、王……」
ゴブリンは跪き、首を垂れたまま震える声で言った。
「……王よ……私は部下をすべて失ってしまいました……貴方様からお預かりした軍勢を。今更、貴方様の下へ戻るなど……」
しかし、【王】は静かに首を振った。
「いや、お前には新たに大鬼族を任せようと思っている」
そして、遠い目をした。
ここではない、どこかを見ている。
「……哀しいが、あの子はもう、余の下には戻らぬだろうからな」
その表情は言葉の通り、哀し気だ。
「故に、カーミラを新たな将に迎え入れた」
ゴブリンが背後を振り返ると、跪いたままの姿勢で女型貪血鬼が口元をほころばせて小さく首を傾げた。
「だがこの子には妖女たちを束ねてもらう。……よって、グルガンの軍勢はお前に任せたい。頼めるな?」
「はっ。……是非もありませぬ」
ゴブリンは首を垂れたまま、頷いたようだった。
【王】は満足そうに頷くと、ゆっくりとアリス達を振り返った。
「さて。人の子らよ――光に寵愛されし者どもよ」
「――!」
未だにアリスは一言も発せられない。
【王】は一瞬だけアリスを見ると、すぐに視線をベルトランに戻して続けた。
「余は【王】なり。そしてこの者たちは〈八妖将〉。余の軍勢を任せる長どもである。さしずめ、”軍団長”といったところだ」
「……」
「――さて、少し話をしようか」
「……話、だと?」
相変わらず、【王】と曲りなりにも会話ができそうなのは、ベルトランを置いて他にいない。
「余は争いを好まぬ。……当然、降りかかる火の粉は払うがな」
【王】の声は、変わらず静かで落ち着いている。
穏やか、とさえ言えるかもしれない。
「何が……言いたい」
ベルトランが尋ねると、【王】は黄色く澄んだ瞳でまっすぐに彼を見据えた。
ベルトランの喉がゴクリと鳴る。
無論、彼も相当無理をしている。
常人なら、いや熟練の戦士でもとっくに気を失っているほどの圧だ。
「まあ、聞け。人の子よ」
【王】は表情を変えない。
その無表情は、高圧的でもなければ冷たくもない。
にも拘わらず、ただただ、恐ろしい。
「我が子らにとって、汝らは食事だ」
「……っ」
アリスは反射的に不快感を抱くが、声にはならない。
「不満か?だが汝らも牛や豚や羊を飼い、喰らうだろう」
【王】の声に、非難の響きは微塵もない。
ただ、事実を語るのみだ。
「余は虐殺を好まぬ。我が子たちの中には『光の子ら』に対する強い殺戮衝動があるのは確かだ。だが、余ならその全てを抑えられる。我が子たちは、余の命に逆らうことはできぬからだ――そこで、余から汝らに提案がある」
「……へえ?どんな提案かねぇ?」
ベルトランがニヤリと笑う。
ハッタリであっても、恐るべき胆力だ。
アリスは見ているだけで嫌な汗が止まらない。
【王】はベルトランを見て、そして手を差し出した。
「毎日、我らが求める数の“肉”を差し出せ。さすれば無益な殺戮は余がさせぬと約束しよう。無論、“肉”に素性など問わぬ。汝らの社会で卑しい身分の者であろうが、咎人であろうが、我らが求める”肉質”であれば一向に構わぬ」
「――!」
アリスは、全身に鳥肌が立つのを感じていた。
「実に平和的な解決だと思わぬか?」
――【王】は言った。無表情に。




