43.全ての妖を統べる者
「……思った通りね。世話の焼ける」
「はん、どうせなら、ぶっ殺されるのを待ってからでも良かったんじゃないのかい」
濡れた髪の女がうんざりしたように言い、金髪の女が汚い言葉で嘲笑った。
「やれやれ。ここまで追いつめられる前に、ちゃんと逃げなくちゃダメじゃないですか。……アスラさん?」
美貌のエルフが、似つかわしくないしわがれた老人の声で言った。
「き、貴様ら……!」
子どもに首根っこを掴まれたゴブリンが、振り返って驚愕と嫌悪が入り混じった顔をする。
「勘弁してよね。手間かけさせやがって」
子どもは冷たい目で足下のゴブリンを見下ろした。
「ゴブリンのクセによぉ」
蝙蝠鬼が忌々し気に吐き捨て、
「……」
男型貪血鬼が黄色い眼を不穏に光らせた。
「まあまあ、もう良いじゃありませんか、その辺で。とにかく、間に合って良かったですわ。……さあ、アスラさん。お迎えに来ましたよ」
女型貪血鬼がその魅惑的な唇を緩めた。
「……へっ。妖魔のクセに、随分と仲がよろしいこって」
ベルトランは薄ら笑いを浮かべながら、素早く新手を観察した。
そして内心で舌打ちをする。
(……やべえな、あいつら一匹一匹がこのゴブリンの親玉以上か。あいつらとサシで互角にやりあえるのは……くそっ、この中じゃあ、カレンでギリギリくらいか?)
額に汗が浮かぶ。
向こうは八体――いや、流石にあのゴブリンは重傷だ。すでに戦闘不能だろう。
と言うことは実質、七。
こちらは二番隊が五人と七番隊六人。それからカレンとシュカ。
合計で十二人。しかも全員、〈星芒騎士〉だ。
それでも苦戦は必至。そのくらいの圧が、あいつ等にはある。
(俺とカレンで一匹ずつ、あとの十人で残り四匹か?とりあえずサラって新人ちゃんは三人チームだな)
すでに七番隊のジルが古城の表門にいるセヴェンやクリスティーナ達に連絡を入れているだろう。
向こうはほどなく制圧が完了するはず。
それまでに全員ぶっ殺せればよし。
難しそうなら援軍が来るまで粘る。
ここまで来て犠牲を出すのはなしだ。
素早く判断し、ベルトランは振り返って叫ぶ。
「よし、おめえら――!」
ガキィィインッ!!!
次の瞬間、斬撃がベルトランを襲い、長槍で受け止める。
緋色の魔槍と鍔迫り合いを仕掛けたのは紅い長剣――〈ブラッド・ソード〉。
男型の貪血鬼、ブルーカだ。
「あんちゃん、情熱的だねぇ……!」
「ふふ、素敵でしょう……?」
傷だらけのゴブリンの横で、女型貪血鬼が妖艶に笑った。
「姐さんはこういうのがタイプかい……妬けちゃうね」
――ちっ、悠長に待ってはくれねえか。
ってかまあ、当たり前だな。時間が経てばこっちには援軍が来る。
そしたらコイツラは終わりだ。
「ジャァァァアアッ!!!」
縫われた口の端から気味の悪い声を漏らしながら、男型貪血鬼が長剣を振りかざして躍りかかってくる。
疾い。
ガィイイン!
激しい金属音が響き渡る。
あの血剣はその名の通り、人間の血を呪いで固めて剣にしたんだろ。なんで金属みてえな音なんだよ。
いや、そんなことは今はどうでもいいか。
(……んなことより、こいつ!)
――強くね?
以前王都の近くの森で斃した個体と、正直得物以外は見た目じゃ区別もつかないが、明らかに格が違う。
疾さも、重さも、剣技も。
そして何より圧がまるで違う。
「てめえがボスだったってことかい?」
ベルトランは緋色の長槍で、血色の長剣を力任せに打ち払う。
(……コイツは思った以上にやべえかもな。アレなしじゃあ、カレンでもタイマンはキツイかぁ!?)
息も付けない怒涛の連撃を魔槍で捌きながら、ベルトランは眼前の男型貪血鬼の背後の妖魔たちを見、仲間を見渡し、そしてまた敵に視線を戻した。
よほど男型貪血鬼の強さを信頼しているのか。
時間がない筈なのに、他の妖魔は動く気配がない。
それどころか、薄ら笑いを浮かべて高みの見物を決め込んでいる。
――何、余裕ぶっこいてやがる。
「てめえは大したもんだがよ」
ベルトランは長槍で血剣を大きく跳ね上げてから跳び退って距離を取ると、魔槍ゲイ・ジェルグに魔力を込めた。
本来なら僅かに黄色味を帯びた白色の光の筈だが、緋色の槍に灯ったその輝きは、赤い。
「相手が悪かったな!」
「!」
黄色く濁った瞳が驚愕に見開かれる。
ガガガガガッ!!
ベルトランが一気に攻勢に転じる。
刺突、刺突、刺突、刺突、刺突、刺突、刺突、刺突、刺突、刺突――――
防戦一方となったブルーカがたまらず大きく距離を取り、左手の長杖をベルトランに向けた。瞬時に闇色の弾丸が連射される。
「しゃらくせぇ!!」
ベルトランは緋色の魔槍を払った。
たった一振り。
その一振りで、都合六つの闇魔法の悉くが瞬く間に消滅する。
「!!」
目を見開いて思わず一歩後退る貪血鬼。と、次の瞬間、ブルーカの前に暗く輝く魔法円が浮かび上がる。
途端に凄まじい魔力の奔流が周囲に吹き荒れる。
「いっ……!」
暴力的な魔力の余波に晒され、サラの喉から悲鳴が漏れた。
「ルーン……!まずい、大魔法だ!」
カレンが呻く。――だが。
「遅えよ」
落ち着いた低い声とともに、ベルトランは瞬時に地を蹴り、貪血鬼との距離を一気に詰めていた。
ブルーカの黄色い眼に明らかな焦燥が滲む。
「……もらったぜ」
その時だった。
――――!!!!!!
心臓が、冷たい手で鷲掴みにされる。
そして握りつぶされる。
息が止まる。
……そんな感覚だった。
「がっ――!!!?」
アリスは思わず胸を掴んで膝を突く。
シュカも、ローズも、リリィも。エイリークもサラも。
――この感覚は……
「この、プレッシャー……!」
ジルが呻く。
膝を折ってはいないが、さしもの【守護者】も苦しそうに胸を押さえていた。
「まさか……」
カレンの頬を、汗が滴る。その顔は蒼白だ。
妖魔たちが――重傷のゴブリンも、たった今まで剣と杖を握りしめていた貪血鬼までもが――一斉に同じ方向に向かって跪く。
「――へえ、そうかい。……あんたが」
魔槍を構えたまま、ベルトランが掠れた声で言った。
妖魔たちが跪く先――そこには一人の男がいた。
身長は一九〇センチほどか。
長い紫色の髪。
恐ろしく整った顔立ちは、エルフと思われる男と同じようにやや中性的だ。
だがその体躯は二回りは大きい。
服の上からも伺い知れる引き締まったしなやかな筋肉。
そしてその肌は、緑。
質素だが質の良さそうな衣服の上に、丈の長い豪華な外套を纏っている。
黄色い瞳は妖魔のそれだ。だが、その縦長の瞳孔には何故か深い知性が感じられる。
――豪華なマントを纏い、緑色の肌をした、体格の良い美しい男。
異様な姿には違いないが、外見を形容するならそれだけだ。
――だが。
「い、いや……!怖い……っ!」
サラがガタガタと震えて両腕で自分の身体をかき抱いた。
ローズとリリィがその肩を抱く。
無言なのは、彼女たちも声が出せないからだ。
それはアリスも同じだった。
口の中が尋常じゃないほどに渇いて、言葉が出ない。
サラの言葉が全てを表していた。
――恐怖。
底知れぬ、恐怖。
心が、魂が、警鐘を鳴らしている。
「あんたが王様かい……?」
ベルトランが低い声で、もう一度言った。
よく喋れるな、とアリスは思った。
自分が今仮に声を出せても、震えて言葉にならないだろう。
「いかにも」
それは答えた。
「余が【王】だ」
瑞々しい若い男の、落ち着いた声だった。




