40.掃討作戦
オオオオオオオオオォォォォォォッ――――
鬨の声が、濃い霧の立ち込める湿地に鳴り響いた。
遥か昔に打ち捨てられた古城。
ベルトラン率いるナディア軍と、ロザン将軍率いるグランディス軍。
その数は冒険者たち傭兵団も併せておよそ五千。
対する妖魔の軍勢は三千に満たない。
つい一週間前のストニア防衛戦とは逆の展開だ。
とは言え防衛戦から今度は攻城戦。本来なら守る側が有利。
だが、妖魔たちは銃器はもちろん、弓や弩といった飛び道具の扱いがあまり得意ではないようだった。
攻城戦に向けて万全の準備を整えてきた連合軍の広範囲魔法防護結界や物理的に隙間なく頭上に構えられた大型盾を貫通するには、明らかに物量も威力も精度もまるで足りない。
それに今日は蝙蝠鬼も貪血鬼も、高等妖魔は一体もいないかった。
オーガーやトロールなどの大型種の数も圧倒的に少ない。
もっとも、いくら濃霧が立ち込めていると言っても、陽光の下ではいたとしてもトロールはその皮膚があっという間に石化して勝手に自滅するだけだが。
加えて敵が立てこもっている古城も、戦を前提にした要塞ではない。
攻めるのは比較的容易だ。
連合軍はほとんど犠牲を出すことなく城壁に達し、すぐさま城門を破ると、城内になだれ込んでいた。
先陣を切るのはベルトランとディートクリフら〈星芒騎士団〉二番隊とロザン将軍。
この分だと、あと三十分もかからず城内は制圧されるだろう。
今回は、アリス達七番隊は突入部隊に組み込まれていなかった。
古城の裏側で待機だ。
城内から脱出するとなれば、出口は表か裏か。二か所しかない。
城内の構造上、それなりの数でまとまって逃亡を試みるなら恐らく表、ごく少数で逃げるなら裏からだろう。
ここからは見えないが、城門の表側にはクリスティーナ達六番隊とセヴェン達八番隊がいるはずだ。
そしてその中間地点に、カレン達五番隊とシュカ達九番隊がどちらにも駆け付けられるように配置されている。
でもなんとなく、アリスには確信めいたものがあった。
表だろうが裏だろうが、アリスが配置されたところに、きっとあいつは来る。
何の根拠もない、ただの勘、というか予感のようなものだ。
だが、その予感は当たり前のように的中する。
「やっぱり、来た……!」
制圧された城内からどうやって這い出て来たのか。
その手段はアリスには分からないし、別に知ろうとも思わないが、ともかく古城の裏側から駆け出す八つの影。
黒妖犬に騎乗したゴブリンの小さな一団。
「……あいつだ」
先日の個体。
ゴブリンのボス。
たしか『アスラ』と名乗った。
人間の言葉で。
もはや他に生き残った貴族種はいないのか、一週間前と違って、親玉の周りを囲む取り巻きはどれもただの蛮賊鬼だ。
とは言え、『アスラ』はアリスが一度は負けている相手。
一対一の再戦で雪辱を晴らす……なんてつもりは毛頭ない。
あの時は、周りも手強い貴族種だった。
だが今はただの蛮賊鬼だ。アリス達にとっては足止めにすらならない。
警戒すべきはあの個体のみ。
全員で叩く。もうこれ以上、会話をするつもりもない。
『カレン隊長、シュカ!こちら七番隊。敵将の逃走を確認。直ちに追跡を開始します』
アリスは魔石越しにカレンとシュカに呼び掛けた。
すぐにカレンの答えが返ってくる。
『分かった!表からも妖魔が四十ほど出てきたが、恐らくあっちは陽動だな。私とシュカだけそちらに向かう。とにかく逃がすな』
『了解』
距離は数百メートルだが、濃霧に阻まれて、カレンとシュカたちはここからは全く見えない。
見えないが、どうやら二人だけ、自分の部隊を離れてこちらに向かってくるようだ。
五番隊と九番隊の残りは別行動で逆方向へ――表側の援護に向かうのだろう。
こちらに向かっているのは分かったが、カレン達とはまだ三百メートル以上距離がある。
合流するまで待っている時間はない。
敵は濃い霧に紛れてと逃亡を図ろうとしているのだから。
「行こう、みんな。あいつとは、今日で終わりにしよう」
アリスは隊員たちに声を掛けた。
「「「「「了解」」」」」
五人が同時に頷いた。
アリスは頷き返し、そして馬を走らせた。




