39.少女と賢者と狸たち
ちょうどその頃。
ここは王都レグルス。王宮のとある一室。
「ランフィスさま。しっつれいしまーす……ってあれ?」
セラフィナが室内に入るのと入れ違いで、ひとりの少女が部屋から出ていく。
「今の……アイリスさんじゃね?」
セラフィナが独り言を言っていると、室内の執務机の向こうから声が掛かった。
「今度はセラフィナですか?お前は何の用ですかね?」
若い男の声。
と言っても『若い』というのはあくまで外見的な特徴であって、本当の年齢ではない。
この男の名は【賢者】ランフィス。
王宮の魔導士たちを束ねる最高位の魔法使いで、この国の創立時から仕える重鎮だ。
外見は、どう見ても二十代後半。
その姿だけで、並大抵の魔法の使い手ではないことが伺い知れる。
「えっと」
思わずその顔に見惚れていたセラフィナは、自分がここにいる理由を思い出して口を開いた。
「……敵の基地が見つかったって聞いたんですけど。魔導機動隊は出動しないんですか?」
兄たち討伐隊の目下の任務は妖魔の潜伏先を探ること。
先日の報告によれば、その目的は達成したはずだ。
「やれやれ……やはりお前も出動の直談判ですか」
ランフィスは溜め息をついた。
「お前も?」
セラフィナが首を傾げると、
「ええ、今しがたアイリスもね。でも、今回はどちらも行かせてやれません」
ランフィスは首を振った。
「確かに、ベルトランのお陰で敵の基地が見つかりました。でも、解析したところその座標に残る妖魔の数はごくわずか。恐らくそこに【妖魔皇帝】はいないでしょう」
「え、そうなんですか?じゃあ、ラスボスは別のところにいるってこと?」
「そういうことです」
ランフィスは頷いた。
「相手の居場所も目的も分からないうちは、王都の守りをおろそかにできません。特に貴重な魔法の使い手をすべてグランディスに投入する訳にもいかないですからね」
宮廷魔導士長は、そう言ってセラフィナの顔を正面から見た。
「〈星芒騎士〉たちのほとんどを遠征させている以上、魔導士たちは当面待機してもらわないと。特に魔導士の中でもお前のような精霊使いは特別に貴重な戦力なのだからね」
「ええー……」
しかしセラフィナは不満そうだ。
「もうあっちだって、兵隊のほとんどを失ってるんだし、王都を襲ってる余裕なんてないんじゃないですかぁ?っていうかそもそも、列車も使わずにグランディスから妖魔たちがここまで来るのだって非現実的ですよ」
ランフィスは静かに首を振った。
「そうとは言い切れません。この間だって敵は突然湧いて出てきたでしょう?我々にとって未知の移動手段を持っていると考えたほうがいいのです」
「それはそうですけど……でも、やっと敵の潜伏先が見つかったんだから、とりあえずさっさと斃しちゃえばいいと思うんですよね。たぶん、その基地のそばに妖魔皇帝もいるんじゃないですか?」
セラフィナは尚も頬を膨らませている。
「そうかもしません」
ランフィスは、その点については否定しなかった。
「……ただ、嫌な予感がするんです。そもそも、我々は勝手に“潜伏先”と言っていますが、彼らは少しばかり目立つ行動をし過ぎているとは思いませんか?……彼らは、本当に隠れているのですかね」
「え?そりゃ居場所が割れたら、さすがに王国の軍隊に一瞬で叩き潰されちゃうんだから、隠れるのは当たり前なんじゃ……それにわざわざ魔力の痕跡を消してまで調査魔法の探知を警戒してるんだから、間違いないんじゃないですか?」
セラフィナは不思議そうな顔をする。
ランフィスが何を懸念しているのか、良く分からない。
「そうかもしれませんね」
ランフィスはまた曖昧に答えた。
王宮最高位魔法使いの彼自身も予感の正体が明確に分かっている訳ではない。
「それでも、嫌な予感が消えないんですよ。確かにお前の言う通り、隠れてはいるのでしょう。……ただ、そうだとしても、彼等は一体何から隠れているんでしょうね」
目の前の亜麻色の髪の少女に、と言うよりは自分自身に問いかけるように呟くと、ランフィスは窓の外に視線を向けた。
Ψ
『副議長。我々に相談もなく〈王家の翼〉の発進を許可したそうですな』
その声は穏やかだが、明らかに非難の響きが含まれていた。
「……だから何だというのだ?わかっているだろう。緊急事態だったのだ。それに『兵器』使用の許可権限は、私にあるはずだ」
『それは建前であろう』
『本来なら当然、我ら『十聖』の合意に基づくべきだ』
「だから、緊急事態だといっただろう。議会を招集している時間などなかったのだ。現にストニアは墜ちずにすんだだろう」
『それは結果論だ』
『そうだ。万一〈王家の翼〉が戻らなかったらどうするおつもりだったのか。あの古代兵器の価値はご存じだろう』
「無論、分かっておる」
『分かっておられないな。聞けば星の騎士三番隊の小人妖精が、副議長殿のお孫なのですとな。その男の懇願があったと聞き及んでおるが、真ですかな?』
「……小人妖精ではない、ハーフだ」
『亜人の子であることに変わりはない』
『私情で〈翼〉を動かしたこともな』
「私情などではない」
『その上、彼女たちまで派遣なされたな』
「あの者たちを送るかどうかは、私の権限ではないわ」
『何を言っておられる。彼らの判断など予想できるだろう』
『左様。しかも彼女たちはまだ力を解放できぬ。〈翼〉とともに失われたら、その損害はいかほどであったか』
「……あの者たちに発動許可を与えておらぬのは貴公らだろう。出し惜しみしの挙句失われてしまっては元も子もない。さっさと許可をすればよかったのだ」
『それは聞き捨てなりませんな、副議長。あの決定は我ら〈元老院〉の総意の筈。異議はなかったと記憶しておりますがな』
「……」
『その通りだ。今後もこのようなことがあっては困るな』
「ぐっ……議長殿」
『以後、『兵器』の使用許可については必ず我らに相談するように。良いかな、副議長殿』
「ちっ……承知した」
『では、もう良いな。私はこれで失礼する』
『……我らに女神のご寵愛があらんことを』
締めの文句を口々に述べて、ひとり、またひとりと通信が途絶えていく。
『……ふん。私情を優先するような者が、いつまでもその立場でいられるとお思いになるな』
最後のひとりが脅しのようにも取れる言葉を残して、通信を切った。
「――狸どもめ。人を責めるときだけ徒党を組みおって……」
ひとり、暗い部屋に残った彼は、椅子の背もたれに背を預けて深い深いため息を吐いた。




