38.師と弟子ふたり
「――らぁあっ!!」
光を纏う薙槍が巨岩をバターのように切り裂いた。
間髪入れず、シュカは半分になった岩の片方に無数の石の弾丸を放ち、さらに岩を分解する。
さらに細かく分裂して飛び散った岩片が地面に落ちるより先に、高速に繰り出した薙槍の刺突の連撃で貫いていく。
「ふう」
岩片が全て地面に落下するまでに五連撃。
その全てが命中したが、その内一つは岩を破壊することなく弾き飛ばしただけだった。
「技が荒いねえ」
弾き飛ばした岩片が飛んで行った先、森の木々の間から声がした。
続いて、拳大の岩片を手にした長身の中年男。
どうやら素手でキャッチしたようだ。
「師匠」
シュカが言った。
「よう、馬鹿弟子」
男が答えた。
白いブラウスの胸元をだらしなくはだけたチャラい男。
【残光】のベルトランだ。
「てっきりディートクリフかと思ったら、こいつぁ珍しい」
男は右手の岩を捨て、左手で煙草をつまみながら、シュカの居る広間へと入ってきた。
「普段は不良ぶってるクセに、なんだかんだで結局お前も真面目だねえ。敵の拠点も分かって、明日にも出撃だってんだから、少しは休んどけよ」
ベルトランはやれやれ、と言った感じで大袈裟に肩を竦めて見せた。
「別に不良ぶってるつもりはないんスけどね、師匠と違って。それにじっとしているのはあまり性に合わないんでね」
シュカは右手の薙槍を地面について、腰に左手を当てた。
「……ちなみにディートクリフのヤツは、誰かさんのせいで指揮官の代わりやらされて忙しそうっスよ」
「そいつはツイてないね」
「あんたな……」
シュカは小さくため息をついてから、
「そういや、あっちでも、アリスのところに入った新人が訓練してましたよ」
「ああ、見た見た。可愛い新人ちゃんだろ。ちょいとまだ幼いが、あと三年か四年もすりゃあ、間違いなくエライ別嬪さんになるね、あれは」
ベルトランはニヤリと笑った。
「……しかし真面目過ぎるのはいけねえぜ。おっさんが手の抜き方を教えてやんねえとな」
「セクハラしたらぶっ殺されますよ?ローズか……アイリスに」
「怖っ!うちの一番弟子は特に容赦ねえからなあ」
ベルトランは今度はわざとらしく両腕を擦った。
「相変わらずめんどくせえ人だな……」
シュカはベルトランに聞こえるくらいの声で呟いてから、ふと、
「……そういや師匠は、ストニアの戦いじゃあ、最後にちょこっと参戦して美味しいとこ持ってっただけだから、まだ力が余ってますよね?」
ベルトランに挑戦的な目を向けた。
「普段は不良ぶってるクセに今日に限って珍しく鍛錬している三番弟子に、稽古でもつけてくださいよ。どうせ暇でしょ?」
「おいおい、冗談キツイぜ」
ベルトランは途端にめんどくさそうな顔をする。
「ルシアのやつが王都にとんぼ返りしちまったもんだから、明日の掃討作戦は柄にもなく俺が総指揮官なんだぜ?ちょっとはおっさんを労われよ」
「……総指揮官のくせに、初日の作戦会議から部下に押し付けてこんなところで油売っているのは誰だ?」
突然、シュカとベルトランの背後から別の声が掛かる。
「よう、ディートクリフ。なんだ、もう会議終わったのかい」
ベルトランは振り返ると、全く悪びれずに言った。
「最低限の事務連絡で終わりだ。何せ指揮官が不在だったからな」
城塞側の入り口から入ってきたディートクリフは表情を変えずにベルトランを睨みつけた。
「そりゃ、良かったじゃねえか!俺、無駄な会議ってやつがこの世で一番嫌いなんだよ」
「出てから言え」
言うが早いか、ディートクリフは手に持った棒状の何かを乱暴にベルトランに投げて寄越した。
訓練用の木製の長槍だ。
「そいつの次は俺だ。言っておくが拒否権はない。俺に仕事を押し付けた罰だと思え」
ディートクリフは命令口調で言った。
「ちったぁ、隊長を敬えよ」
槍を造作もなくキャッチしてから、ベルトランは呆れた顔をするが、
「多少なりとも隊長らしくしたら、考えてやる」
ディートクリフは取り付く島もない。
「おい、シュカ。聞いたか今の?酷くねえ?俺ぁ、お前らの倍くらい生きてんだぜ」
「まあ、なんつーか、どっちもどっちスね」
「けっ。ガキが言うじゃねえの」
ベルトランは大袈裟にやれやれ、といった風に首を振ってから、
「……そんじゃまあ、たまには隊長の格ってやつをみせてやろうかね。可愛くねえウチの馬鹿弟子どもに」
木製の槍を無造作にブン、と振った。
たったそれだけで、烈風が巻き起こる。
「へえ?」
シュカはその言葉の意図を探るように、琥珀色の瞳を眼前の男に注いだ。
ベルトランはニヤリと挑発的に笑って、指をクイクイ、と動かした。
「――二人同時にかかってきな。軽く捻ってやるよ」
Ψ
「……明日は慣れない総大将なんぞをやらされて、ストレスフルなんでな。このくらいで勘弁してくれや」
煙草をふかすベルトランの傍らで、片膝を突いて訓練用の槍で体重を支えながら、肩で息をするシュカとディートクリフ。
「何言ってんスか……あんたはその気になりゃあ、軍団指揮だって副団長やオルフェ隊長並みに得意っしょ」
シュカは恨みがましい目でベルトランを見上げた。
だが、ベルトランはその言葉は聞こえなかったかのように、
「んー、ま。適当なところでお前らに押し付けりゃいっかー」
「あんたな……」
いいこと思いついた!みたいな仕草をする中年の男に、シュカの視線はさらに冷たくなる。
「これも、罰ゲームってやつだ。俺に敗けたんだから、文句言うなや」
ベルトランはシュカの目など全く気にせずしれっと言い放った。
「まあ、とは言えアレだ。まあまあ、いい線言ってたぜ?お前らまた腕を上げたな。いやぁ、この国も当面は安泰かねぇ」
「……よく言うぜ。強くなればなるほど、逆にあんたが遠ざかっていく気がするんスけどね」
シュカが呆れたように言う。
「チッ、バケモノめ……」
その背後でディートクリフが小さく舌打ちをした。
「馬鹿言え。自分が槍を教えたガキどもにたった数年で追い越されちまったら、おっさんは潮時だよ」
ベルトランは余裕の表情だ。
「おめえらのどっちでも、もしこの先俺に勝てたら、俺の『魔槍ゲイ・ジェルグ』をくれてやるよ」
「あんなものはいらん」
「いや、俺も……アレはちょっと。『魔槍』っつーか『呪い』寄りッスからね」
ディートクリフとシュカが即答すると、
「……正直だな、おめえら。そこは普通、喜び勇むところだろうが……」
ベルトランは二人をしばらく睨んでから、飽きたようにくるりと背を向けた。
「ま、嘘だ、嘘。こっちだってお前ぇらなんかにくれてやんねーよ」
「だから、呪われた槍などいらんと言っている」
「代々、持ち主は碌な死に方しねえって言うしな」
「ほんと可愛くねえな、お前ぇら……まあ、いいけどよ」
ケッ、と鼻を鳴らし、ベルトランは森の出口へと歩いていく。
「ああ……それから、ディートクリフ」
最後に振り返らずに言った。
「師匠に向かってバケモノはないぜ、二番弟子?」




