37.不良少年と不真面目な男
ストニア要塞の激戦から、一週間が経とうとしていた。
この一週間足らずの間、遺体の埋葬や駐屯兵の調整、線路の修復や通信手段の確保と補強など、軍人たちは戦闘員も非戦闘員も何かと忙しそうだ。
でも、地下街の不良少年、ジェイクにはあまり関係ない。
彼は傭兵だ。
いや、正確には冒険者だが、今は傭兵団に参加している。
彼の仕事は正規軍に協力して妖魔を討伐することだ。
傭兵団の中には、何と言うか、ボランティア的に軍人を手伝っているやつらもいるが、そういうのはジェイクのガラじゃない。
……まあ、ストニアで一緒に戦って死んだ奴らの、冥福ぐらいは祈りに行ったが。
そうした諸々の準備も終わって、ようやく明日、敵の居城に攻め入ることになっている。
そもそもやつらのボスが逃げ帰った先は、どういう仕組みか分からないが、〈星芒騎士〉の二番隊長かなんかがとっくに突き止めているらしい。
そう言った情報が末端のジェイクたちに知らされたのも、実はついさっきのことだ。
ジェイクは今、ストニア要塞都市内にある、人工の森の中のちょっと開けたところで、胡坐をかいて銃の手入れをしている。
今回のストニア防衛戦では、冒険者チームで何度か出撃もしたが、ジェイクはあまり功績を立てられなかった。
それなりの報酬金はもらったが、死ぬ寸前だったことを考えると、全然割に合わない。
(やっぱ、指揮官か、せめて隊長クラスのそばでアピールしねぇとな。……つーか今回は、それ以前に援軍来なかったらヤバかったけどな)
ヤバかった、ていうか、間違いなく死んでたけどな。
ジェイクはこういう時、いつもあまり危機感がない。
そんなこと言うと、フィナあたりにまた嫌味を言われそうだが。
でも、失うほど大層な身分も資産もないし。
そもそも、どうあがいても死ぬときは簡単に死ぬ。
英雄でも貴族でもそれこそ王様でも。
逆に死なないときは死なない。意外と死なない。
そしてジェイクは自分で言うのもなんだが、しぶとい。
生きることにそんなに執着しているつもりもないが、結構しぶとい。
そう簡単には死なない自信がある。
そして生きている限り、というか、死なない限り、生きていかなきゃいけないし、腹も減る。
要は金が要るのだ。
「次こそは、ガツンと活躍してガッポリ稼がねぇとな……ん?」
誰にともなく独り言を口にしたところで、ジェイクはふと、人が近づいてくる気配に気づいた。
「およ。先客がいた」
間の抜けた声。
ジェイクが顔を向けた先には、茶髪に無精髭の背の高い中年の男がいた。
火のついていない煙草を咥えている。
白いブラウスは胸元がはだけていてだらしない、というか、ちょっとチャラい。
「誰?オッサン?」
「誰っつーか……まあ、ただのオッサンだなぁ」
男は煙草を咥えたまま肩を竦めた。
ジェイクは煙草の男の腰にさがった細剣に気づき、怪訝な顔をした。
「王国側の騎士?」
「まあ、一応ね」
「鎧着けなくていいのかよ。敵地では常時着用がルールじゃねえの?」
「休憩、休憩。つーかまあ、サボり中よ。鎧なんて年中つけてたら肩凝るっしょ」
男はひらひらと手を振ってから、ジェイクに構わず隣で寝っ転がった。
腰のポーチからごそごそと小さな魔導具をとり出して煙草に火をつける。
たっぷり三秒くらい吸ってから、煙を吹き出す。
「んー、うまいねえ。サボって吸う煙草が、一番うまい」
ナディア内では比較的寒冷な地域ではあるが、今は初夏。
特に今日は日差しもあって暖かい。
日向だと直射日光が暑いくらいだが、木陰だとちょうどいい。
そよ風が吹くと、なんとも心地良い感じだ。
「おいおい、騎士のクセにサボりとか、緊張感ねえな、オッサン。今頃軍人どもはみんな忙しく働いてんじゃねえの?……あー分かった、アレだな。オッサン、どうせ騎士団の中じゃ落ちこぼれなんだろ」
ジェイクは胡坐をかいたまま、呆れた顔で男を見下ろした。
「痛いこと言うねえ、坊主」
男は寝そべったまま「ま、否定しねえけど」と笑った。
「若い奴らが頑張ってるから、一人ぐらい、ただ飯ぐらいがいたほうが丁度いいんだよ」
「なんだそりゃ」
「みんながみんな真面目過ぎると、大事なことを見落とすかもしれねえだろ?」
「うーん……まあ、そうかもしんねえけど」
ジェイクは暇そうな男の話を、銃の手入れを続けながら適当に聞き流す。
「……その点、坊主は大丈夫そうだ」
「オッサン、馬鹿にしてんのか」
ジェイクがジロリと見下ろすと、男は「悪い悪い」と全然悪びれた様子なくニッと笑った。
「褒めたつもりだったんだけどな。だって人生、楽しんだもの勝ちだろ。真面目な奴が割を食うからなあ、この世の中はよぉ。……ふざけた世界だぜ」
「まあ、オレもそう言う考え方は嫌いじゃねえぜ」
ジェイクは拳銃を分解しながら鼻を鳴らした。
「坊主は冒険者かい?」
男は煙草を吸っては、話しかけてくる。
――暇なんだな、このオッサン。
「まあな。ひと稼ぎしに、妖魔をぶっ殺しに来てんだよ」
「だろうねえ。でもまだ若えんだし、命を粗末にすんなよ」
「しねえよ。てかオレは死なねえし」
「死なねえヤツなんかいんのかい」
「オレだよ。転んでもただじゃ起きねえ男。死んでもただじゃ死なねえ男。それがオレ」
分解した各パーツの汚れを入念に落としながら、ジェイクは軽い調子で言った。
男は「いや、それ死ななくねぇじゃん」と、可笑しそうに笑ってから、
「……でも、”転んでもただじゃ起きねえ男”と”死んでもただじゃ死なねえ男”、か。カッコいいねぇ、ソレ。んじゃ、俺も明日からそれ目指すわ」
「はぁ?何言ってんだ、オッサン。テキトーだな」
ジェイクは呆れた顔をした。
「まあね。何せ、人生テキトーに生きて来たからよ」
「どうしようもねえ軍人だな」
ジェイクは拳銃の手入れが終わると、組み立てなおす。
「まあ、嫌いじゃねえけどな、オッサンみてえな奴」
銃の組み立てが完了すると、ジェイクは「よっ」と立ち上がった。
「……でも悪いな、オッサン。今日はオレも忙しいんだ。明日の討伐戦でがっつり活躍して、たんまり報酬もらわねえといけねえからな」
「ああ、そうかい。そりゃ、邪魔して悪かったな」
ベルトランは寝ころんだまま、顔だけジェイクに向けた。
「いや別にいいけど。ってか、オッサンこそ、オレなんかと話しても得るもんねえだろ」
「いんや。こっちは坊主と話せて良かったぜ。なんせ騎士団には真面目くんばかりで、窮屈だからな」
「オッサン、騎士のクセにほんと変わってるよな」
ジェイクは呆れたように言ってから男に背を向け、森の出口に向かう。
が、途中でふと振り返り、
「あんたさ。真っ先に死んじまいそうだから、あんまし戦場で無理すんなよ」
と言い残して森を出て行った。
男はまた手をひらひらと振って、
「ご忠告どうも。肝に銘じておくよ」
とジェイクの背を見送った。
それからまたゴロンと草の上に寝転がり、煙草を吸った。
「ふー」とか言いながら、目を瞑る。
「”死んでもただじゃ死なねえ男”……か」
と。
「ん?」
男は何かに気づいた。
小さな音。
人が草を踏みしめる音だ。
仰向けの姿勢のまま、首を巡らせて音の方に目を凝らすと、
「およ、話題の新人ちゃんじゃねえか」
少し離れたところで、木々の合間からダークブラウンの髪の小柄な少女が見え隠れしている。
その手には細剣。
ひとりで戦闘訓練をしているようだ。
「真面目だねえ」
そしてふと、見るとはなしに城塞のほうに視線を向けると、視界の端にまた森に入ってくる別の人影を見つける。
今度は良く知った顔だった。
背に長大な薙槍を担いでいる。
「……ほんと、軍人はどいつもこいつも。真面目だねえ」
男が吐いた深い溜め息には、煙草の煙が混じっていた。




