35.多くの犠牲の上の勝利
「よぉ、アリス。そろそろ男を諦めて、俺の彼女になる気になったかい?」
「一生なりません……気持ち、悪いです……二度とそれ言わないでください……」
「命の恩人に向かって言うねえ、クソガキ」
ベルトランは笑いながら、溜め息と一緒に煙草の煙を吐いた。
「グルルルアアアアアアアアアアッツ!!」
彼らの向こうで、ゴブリンがまた吠えた。
「貴様ァアッ!!人間!!処刑の邪魔をするなァアッ!!殺す!!貴様も八つ裂きにしてやるッ!!」
「やってみなよ、おチビちゃん。やれるもんならよぉ」
「……殺す!!」
恐ろしい形相でゴブリンがベルトランに突っ込む。
トロールを遥かに凌ぐ膂力で、巨剣を振り下ろした。
「動きが荒いよ」
ベルトランは緋色の長槍をひょいと振るってその斬撃の軌道を逸らした。
「……とは言え、お前、結構やるねぇ。ホントにゴブリン?」
凄まじい応酬が始まる。
ゴブリンは疾い。とにかく疾い。そして凄まじい怪力だ。
アリスはその恐ろしさをつい先ほどまで嫌と言うほど身をもって体験させられた。
しかしベルトランはさらに疾い。遥かに疾い。
しかもその攻撃は洗練されている。まるで芸術のようだ。
腕力ならゴブリンが大分上だろう。
だが激しい剣戟が続く中で、徐々にゴブリンの裂傷が増えていく。
対するベルトランは無傷だ。
「にしてもしぶといね、お前。すでに何発か火炎の高位魔法モロに喰らってんだろ」
「クソッ!!クソがァッ!!!」
叫びながらゴブリンは巨剣を振り回す。
「そろそろ疲れて来たわ。もういいや」
ベルトランは緋色の長槍の切っ先をピタリとゴブリンに向け、そして宣告した。
「――“てめぇはこのゲイ・ジェルグでぶっ殺す”」
血のように赤い穂先がユラリと禍々しく煌めく。
「やってみろ家畜がァアッ!!」
「言われなくてもな」
言うが早いか石畳の蹴り、ベルトランはさらにもう一段速度を上げて刺突を繰り出す。
「グオッ!」
その穂先は板金鎧を突き破り、ゴブリンの肩を貫いた。
遅れて迸る、緋色の残光。
「おのれぇ……!」
ゴブリンは力任せに槍から体を引き抜いて後退り、そしてアリスのほうに顔を向けて叫んだ。
「次は必ずブチ殺すからなァァァアッ!!」
叫ぶが早いか、懐から何かを取り出し、そして地面に向かって叩きつけた。
ブシュウウウウアアアッ!!
爆発的に発生した紫色の煙が辺り一面を飲み込む。
「ど、毒霧……!?」
アリスは反射的に鼻と口を覆う。
「いや、ちげえよ。こいつはただの色付き煙玉だ」
煙の中でベルトランが緊張感のない声で言った。
「!」
煙が収まると、いつの間にか瓦礫の上に腰を下ろしたベルトランが、面倒くさそうな顔で煙草をふかしていた。
「あいつは!?」
アリスが慌てて問うと、
「あっち」
ベルトランは顎で市壁の外を差した。
見れば、その先に小さく走り去っていくゴブリンの背が見えた。
「追わないと……!」
「その体でか?やめておけ。……それにお前だけじゃねえ。こっちの被害も甚大だ」
ベルトランは首を振った。
「でも……!」
「大丈夫だ。印を付けてる」
ベルトランは肩を竦めた。
「アリス!」
「アリスくん!」
「無事か!」
「てか生きてますか!?」
「先輩!!」
アリスの背後から、仲間たちの声がした。
振り返った先の彼らは、傷だらけではあるが、全員元気そうだ。
というか、アリスが一番ボロボロだ。
安心すると同時に、急に力が抜けていくのを感じた。
――あ。ダメだ、意識が。
「あんた、またアレやったわね!全身大火傷じゃん!てか腕、腕ヤバ!ちょ、ちょっと、リリィ!サラ!」
「う、うん!」「はいっ――って、せんぱ……じゃない、隊長!だ、大丈夫ですか!?」
ローズとリリィ、それにサラの声が聞こえたような気がする。
それを最後に、アリスの意識は途絶えた。
Ψ
こうして、ストニアの防衛戦は辛くも勝利に終わった。
とは言え、失ったものはあまりに大きい。
最終的に、ナディア・グランディス連合軍の犠牲者は八百人に上った。
ナディア兵が三百、グランディス兵が四百、そして冒険者たち傭兵隊が百。
さらに要塞都市ストニアは妖魔たちの侵入を許し、街中至る所が破壊されていた。
復興には長い時間がかかるだろう。
それでも、この戦いを切り抜けられたのは、そしてストニア城塞が陥落しなかったのは、奇跡としか言いようがない。
それも全ては、ストニアが崩壊する前に援軍が間に合ったことに尽きる。
妖魔たちにしてみれば、いずれは援軍が派兵されることは予想できたことだった。
だからこそ、周到な工作をし、その派兵を遅らせた。
その間に圧倒的な物量で押しつぶしストニアを占拠できたはずだったのだ。
彼らの想定外だったのは、援軍の到着があまりに早過ぎたことだ。
ナディア側からすると、解決しなくてはならない問題は二つあった。
一つは、そもそも王都からストニア陥落までにまとまった人数を派兵するということだ。
この見込みが立って初めて、周辺からの加勢を得られる。
誰も敗北の確定した戦には臨まないからだ。
この点は、妖魔たちが破壊した線路の場所が結果的に裏目に出た。
王都のすぐそばの線路を破壊することで、僅かな距離でも列車で移動することを阻止したつもりだったのだろう。
しかし距離が近すぎたことで、王都からその地点まで短時間で人材を派遣することが比較的容易だった。
【賢者】ランフィスがとった行動は、後から聞けばいたってシンプルだ。
一キロ以上に渡って破壊された線路の修復は断念しつつも、構わず兵と軍馬と整備士を乗せ、ただちに列車を発車させた。
ベルトランやルシア達を乗せた〈アルテミス〉が王都を発ってすぐのことだ。
無論、列車は線路が破壊された地点まで――つまり、王都からほんの数キロ地点までしか行けない。
しかしそこで列車を下りた兵士たち、整備士たちは、すぐさま“線路の修復”ではなく“列車の解体”に取り掛かった。
列車は先頭車両を除いて、大部分が木製だ。特に通常時と異なり内装のほとんどを取り払った運搬特化型の車両は、解体は容易。
さらに、ランフィスは列車の発進と同時に、王都中からかき集めた荷運び用の馬や恐竜種を破壊地点に向かわせていた。
列車と馬たちでは速度に差があるが、そもそも王都から数キロ地点だから、時間的に大して開きはない。
整備士たち、兵士たちが列車の各車両の連結を解き、車輪を付け替え、先頭車両も組み立てが簡単にできるレベルまで分解し終える頃には、荷運び馬たちの大軍勢が街道を通って到着していた。
超重量の先頭車両を怪力自慢の大型恐竜種に引かせ、それ以外の車両を荷運び馬たちが引く。
騎兵たちは列車に乗せていた軍馬を駆り、その他の兵たち、整備士たちは荷運び馬たちが運ぶ車両にそのまま乗り込み、街道を進む。
線路の破壊された範囲は、せいぜい一キロちょっとだ。整備された街道なら、大軍勢の行軍であっても、三十分とかからない。
”一キロも線路を破壊すれば線路の修復は数日掛かり”。
妖魔たちにしてみれば、これで列車は完全に封じたと考えたのだろうが、それは甘かった。
たった一キロの街道を馬で移動し、そして線路が無事なところまで来ると、兵と整備士たちはただちに線路上で列車を組み立てた。
列車は一路線に一本から二本しかないが、ナディア内のほとんどの路線の車両が王都を通る。他の路線からも都合四本の魔石列車を動員し、同じ手法で立て続けに兵たちを輸送した。
こうして王都から二千の兵を送ることを可能としたのだ。
だが、もうひとつ、もっと深刻な問題があった。
それは指揮官の問題である。
大軍勢を率いるには、相応の才覚が必要になる。
優秀な指揮官がいないと、大軍勢は途端に烏合の衆に成り下がってしまう。
特に曲者揃いの連合軍なら尚更だ。
そこで今回選ばれたのが、ベルトラン。
彼の役割は、主に周辺都市の冒険者たちを取り纏めること。
ついでにアーセラを中心としたグランディス軍との連携も彼の仕事だった。
ベルトランはルシア達とともに〈アルテミス〉に搭乗すると、アーセラの手前の都市アルタイルで一人船を降りた。
そこで事前にクロード、ギルバート、それからオルフェが遠隔でかき集めていた冒険者たちを纏め上げ、アーセラの前で待機。
ナディア軍とグランディス軍の到着を待って合流し、全軍を率いてストニアに向かったという訳だ。
ちなみに、王都と周辺都市からナディア兵を率いる役割を担ったのは、ベルトラン不在の二番隊の副隊長、ディートクリフ。
グランディス軍を率いたのは三将軍の一人、デルフォイ将軍だった。
かくして、当初は最短でも二日かかると思われた救援を半日以上短縮し、さらに突貫ながら五千の軍勢を集めてストニアの陥落を防いだのだった。
それから、最後にもうひとつ。
連合軍は当初の目的も果たしていた。
妖魔皇帝の居城――とまではいかないが、ベルトランが逃げたゴブリンロードの潜伏先を突き止めたのだ。
お読みいただきありがとうございました!
ここまでで、『第四章 絶望の砦』は終わりです。
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明日からは、『第五章 残光のベルトラン』がスタートです!




