34.アリスVS小鬼の王
「――ふん。小僧が。挑発のつもりか?」
ゴブリンは鼻で嗤った。
相変わらず流暢な人語だ。
と思った、次の瞬間。
「!!!」
一瞬で小鬼が肉薄し、二人の身の丈を超える巨大な剛剣がアリスを襲う。
(疾い――!!)
ガキィィィン――!!!
「がっ」
アリスの輝く大剣と巨剣が凄まじい剣戟を響かせる。
(お、重いッ!!)
膝が、腰が今にも折れそうだ。
トロールの剛腕でも真っ向から押し返すアリスの大剣が、押し敗けている。
背骨がきしむ。
「くっそぉ!」
アリスは渾身の力で払い退け、後ろに跳躍して距離を取る。
と、見せかけて即座に大地を蹴った。
一気に間合いを詰める。
そして下から輝く大剣を切り上げた。
「ふん」
だがゴブリンは片手で無造作に巨剣を振るい、いともたやすくアリスの斬撃を弾く。
「!」
アリスはまた大きく跳び退った。
「……ぬるいな」
ゴブリンは苛立たし気に言った。
「?」
「こんなものか。兄者の仇は、この程度なのか」
「……何を言ってる?何なんだ、お前は……」
不意に、ゴブリンの眼光がアリスを射抜く。
凄まじい形相だった。
「!」
アリスは思わず息を飲む。
「……アスラ」
「な、なに?」
すると、ゴブリンは大きく息を吸い、
「我が名はアスラ!貴様を八つ裂きにする者だ!!」
吠えた。
憎悪の籠った唸り声だった。
「……どうしておれに執着する」
「貴様は我が兄の仇だからだ」
ゴブリンは思いもかけないことを口にした。
「……百回殺しても飽き足らぬ。生きたまま八つ裂きにしてやる。八つ裂きにしながら喰ろうてやる」
「妖魔が兄弟……?妖魔が”仇”だって……?」
思わずアリスが呟いた。
「グルルルアアアアアアアアアアッツ!!!!」
突然ゴブリンが吠えた。
その眼は憎悪に燃え上がっている。
「人間がァ!人間ごときがァァア!我らを愚弄する気かァアアアッ!!」
「な、何言ってんだ」
アリスは明らかに狼狽している。
でも、兄、と言われれば、心当たりは一つしかない。
あの洞窟――というか古代遺跡で討伐した、どす黒い不気味な瘴気を纏ったゴブリンロードだ。
あいつの、弟……?
兄弟?
妖魔に兄弟……?
「貴様らは俺たちの家畜だ。家畜は家畜らしく、ただ喰われるのを待っていればいい……」
「ふざけるな!」
今度はアリスが叫んだ。
こいつが何者か分からない。
正直、こいつの話は衝撃的過ぎて、戸惑っているのを自覚している。
でも、関係ない。こいつはみんなの、人類の敵だ。
「……お前はおれがここで斃す」
アリスは火炎を召喚した。
掌の上で紅く燃え盛る火球が生まれる。それが見る間に肥大化していく。
「貴様ごときにできるものか」
ゴブリンは一転して、落ち着き払った声でせせら嗤った。
「《大炎球》!!!」
ゴオオオオウッ――!!!
火炎系の高位魔法。
アリスの最強の攻撃魔法だ。
直径二メートル近い灼熱の火球が、凄まじい速度で放たれた。
「グオッ!?」
爆炎がゴブリンの全身を飲み込んだ。
そのまま一気に燃え上がる。
「オオオオオオオオオォォォォォォッ!!」
ゴブリンの絶叫が木霊す。
「!」
だが、灼熱の爆炎も、アリスの最強の魔法も、小鬼を焼き尽くすには至らなかった。
「――ぬるいわァァアッ!!!」
ゴブリンがまた吠えた。
全身からプスプスと煙が立ち上り、そこかしこの皮膚が焼けただれているが、致命傷には至っていない。
「こんなものかぁァァアッ!!」
そして次の瞬間、一瞬でアリスとの間合いを詰めると、巨剣を横薙ぎに振り抜いた。
「ぐっ!?」
アリスは輝く大剣で受け止める。――いやその衝撃をいなし切れず、吹き飛んだ。
凄まじい勢いで弾かれたアリスはそのまま市壁に背を打ちつけた。
石造りの壁がへこむほどの衝撃だった。
そのままアリスは落下し、地面に倒れた。
「この程度の雑魚に、あの兄者が敗れたと言うのか……?……許せぬ」
ゴブリンは吐き捨てるように言う。
「……悪かったな」
アリスはゆらゆらと立ち上がり、そして口内にたまった血をペッと吐いた。
「悪いに決まっているだろう、家畜が。許さんぞ」
「……別に許してほしいとも思わないけど」
アリスは光を失った大剣に、再び魔力を纏わせた。
「おれもお前を野放しにはできないんだ」
そして両手で剣を握りしめると、彼の最強の火炎魔法をもう一度詠唱した。
灼熱の火球が刀身を包み込む。
手が、腕が、じりじりと焼けていく。
「ほう……」
ゴブリンが醜い顔を歪めて、ニヤリと笑った。
「そんな曲芸で、俺を殺せるつもりか」
「やってみなきゃわかんないだろ」
――ていうか、これが最後の切り札だし。
アリスは、躊躇せず大地を蹴った。
そもそも、この状態を保つだけで、アリスは刻一刻と負傷していく。
時間はなかった。
「おおおおおおおおおおっ!!!」
自然とアリスの口から雄叫びが漏れた。
「グルルルアアアアアアアアアアッツ!!!」
ゴブリンも絶叫で応じる。
巨剣を振りかぶる。
ゴオオオオウッッッ――!!!!!
巨剣と大剣が交錯する。
一瞬の後、爆炎が辺りを包み込んだ。
火炎の渦が収まった後、もうもうと立ち上る黒い煙の手前で、肩で息をしながら立っているのは少女のような少年だ。
「マジ……かよ……」
全身から煙を立ち上らせながら、思わずアリスは悪態を吐いた。
「ぬるい……わ」
煙の向こうから、ゴブリンの嘲笑う声が響く。
ゴブリンもアリスと同じように全身に火傷を負っているが、足下のおぼつかないアリスに比べれば明らかに軽傷だ。
直撃の瞬間、威力を相殺された。
凄まじい巨剣の斬撃で爆撃が逸らされた。
「それが貴様の奥の手か。期待外れだったな」
「悪かったな……」
「貴様はこれで終わりだ。約束通り、生きたまま八つ裂きして喰ろうてやるッ!!」
巨剣がアリスを襲う。
「約束なんか……した覚えは、ない……ッ!」
アリスは何とか大剣で受け止めるが――ダメだ、光が明滅している。
再びアリスは吹き飛び、市壁に背を打ちつけて血を吐いた。
「ごふッ……く……そ……」
「意外としぶといな。だが、これで終わりだッ!!」
「――待て待ていっ!」
「!」
市壁の下に転がったアリスに覆いかぶさるがごとく飛びかかったゴブリンが、すんでのところで何かに弾かれたように飛び退ってそれを躱した。
――躱したはずだった。
「グオッ!?」
一拍置いて緋色の閃光が閃いた。
続いて、妖魔の紫色の血が迸る。
「あっぶねー。あとちょっとで嬢ちゃん――じゃなくて坊主が死ぬとこだったじゃねえかよ」
――いつの間にそこにいたのか。
アリスのすぐ近くで場違いに陽気な声がした。
陽気、というか、軽い。
――軽いというか、ちょっとチャラい。
「誰だ、貴様ぁ!!」
ゴブリンの怒号が聞こえる。
アリスは大剣を杖替わりにして、何とか立ち上がった。
「おう、アリス。おめえ、ボロボロじゃねえか。そんな可愛いツラして、まだ立つ根性は認めるけどね」
ゴブリンとアリスの前に立つのは、長身の男。
カールの掛かった茶色い髪に、無精髭。
白色の鎧は防護する面積が少ない。
その下に来ているブラウスはだらしなく胸元がはだけている。
戦場だと言うのに、口に咥えているのは煙草だ。
そしてその手には、真っ赤な長槍。
「……ベルトラン隊長」
アリスの唇から、その名が漏れた。




