31.絶望の砦
もはや、管制室で指揮をする意味もない。
もう、この砦一つしか残っていないのだから。
ロザン将軍とナディア・グランディス両軍の将校たち、それに冒険者の指揮官たち。
皆が屋上にいた。
ルシアもカレンもアリスもシュカも。
それだけではない。
星芒騎士たちは負傷者を除いて全員屋上に集合していた。
クリスティーナもサラも、今は治療班を他の者に任せて、屋上にいる。
この城門が破られれば、もはや治療も何もないからだ。
風が強い。雲が高速に移動していく。
生暖かい風が、髪やマントをバサバサと揺らし、アリス達の頬を打ち付ける。
敵はこちらの通常の遠隔魔法がギリギリ届かない位置に陣取り、ぐるりと城塞を取り囲んでいる。
城塞前の広間だけでなく、周囲の建物を軒並み破壊し、それでも入りきらない数の妖魔たちが眼下で蠢いている。
その数はいまだに一万を優に超えている。
この三十時間近い激戦で減らしたのはたったの三千と言ったところか。
だがセヴェンの言う通り、確かに貪血鬼の姿は見えない。
それに蝙蝠鬼もその数は半減していた。
エイリークやシュカ達の活躍の賜物だろう。幸いなことに追加投入もないようだ。
あの数では都市上空を飛び回るだけで、城塞の聖石を超えて屋上から侵入するのは困難だろう。
とは言え、奴らがいるだけで、銃器の類は依然として機能しない。
それに地上にひしめく妖魔たちの中には岩重鬼や食人鬼と言った大型種多数、蛮賊鬼や狼面鬼、猪面鬼などの上位種は無数だ。
そしてその全てが革鎧やら鎖帷子やら板金鎧やらで完全武装している。
「やつらは、何を待っている……?」
カレンが呟いた。
「我々が恐怖に慄く様を見て喜んでいるのかもな」
ロザンが自嘲のように言った。
「このまま睨めっこして日が昇れば、ちったぁ勝ち目もあるんじゃね?」
ジェイクはまるで他人事のようだ。
「ジェイク、何あんた、またちゃっかりいんのよ」
ローズが呆れた顔をする。
「……号令」
アリスがふと呟いた。
「え?号令……?」
リリィが不思議そうな顔でアリスを見る。
「号令を……待ってるんだ」
理由はない。でもなぜか分かる。
やがて、市壁の正門のほうから、大通りをゆっくりとこちらに歩いてくる影があった。
ゴブリンだ。
さして大きくは、ない。
せいぜい、ホブゴブリンくらいか。下手をするとそれより幾分か小柄だ。
周囲に点在するオーガーやトロールに比べればあまりに小さい。
だがその光景はまさに異様だった。
街道にひしめく大小様々な妖魔たちが一様にそのゴブリンに道を開けたのだ。
「ゴブリンロード……?」
ルシアが怪訝な顔をした。
「あいつだ……」
つい数時間前も感じた、憎悪と怨念の籠った視線。
今もアリスを見据えている。
百メートル以上も離れているのに、何故か分かる。
会ったことはない。ない筈だ。
でも、憎まれている。
これ以上ない程に。
そして今、ゴブリンは右手に持った巨剣を軽々と振り上げ――
「――来る」
アリスの呟きとともに、ゴブリンは剣を振り下ろした。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアッ――!!!!!
妖魔たちの絶叫が要塞都市中に響き渡った。
Ψ
最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
ゴブリンの咆哮とともに、妖魔の軍勢が一気に城塞に押し寄せる。
防衛戦になると、アリス達の出番は少ない。
時々攪乱のために屋上に近づいてくる蝙蝠鬼を切り捨てるくらいしかない。
と言うより〈星芒騎士〉のほとんどがそうだ。しかし全員ではない。
まず、シュカ率いる九番隊。
長距離遠隔魔法で上位種や大型種を確実に削っていく。
それからエイリーク。
大型種に的を絞ってその頭を一つひとつ吹き飛ばしていく。
そして――【黄昏の魔女】ルシア。
「《四精元素爆発》!!!」
地水火風の四大精霊の魔力を組み合わせた、大魔法。
大型妖魔も小型妖魔も、上位種も通常種も、僅かにまぎれていた貴族種も、数十の妖魔たちが爆散する。
だが、それでも同族の躯を踏み超えて、妖魔たちが城塞へ殺到する。
サラもエイリークの隣で《光弾》を連発していた。
上位種の頭を的確に撃ち抜いていく。
(初級魔法とは言え、なかなかの威力と精度ですね)
エイリークは密かに感心していた。
(それにこの燃費の良さ……!)
サラはすでに二十発近くも光弾を放っている。
――だが、敵は。
万を超える軍勢だ。
もはや蝙蝠鬼たちは危険を冒して屋上に奇襲を掛けようとはしない。
彼らは分かっているのだ。
自分たちの役目を。
銃火器の封殺。
やがて、城塞の矢も底をつく。
九番隊も、シュカも、エイリークも、サラも魔力を使い果たして膝を突いた。
そして妖魔たちはこれを待っていた。
ただひたすら、自分たちの命を消費して。
「――来るぞ!破城槌だ!」
カレンが叫ぶ。
「けっ、芸のねえやつらだ……」
シュカが苦し紛れに毒づく。
だが、極めて古典的でありながら、極めて有効な手法だ。
死を恐れぬ愚鈍な怪物たちが、その怪力で運ぶ破城槌。
圧倒的な物理攻撃の前に、城門の三重魔法障壁でさえ、あまりにも心許ない。
「来るぞお!総員、衝撃に備えろぉぉお!!」
ロザン将軍が吠えた。
次の瞬間――
ドゴオオオオオオオオオンッ!!!
城内に激震が走る。
「おのれ……ここまでか」
ロザンが吐き捨てるように言った。
「くっ!」
「まて、ルシア!」
ルシアが城壁を飛び降り、中庭へ向かう。
それを追ってカレンとクリスティーナも続く。
「ルシア隊長!」
アリスが叫ぶ。ルシアを追って階段に向かう。
「待って、アリス!」
ローズが悲鳴じみた声で呼び止める。
「……どっちにしろ城門が破られたら、広間で迎え撃つしかない!」
アリスはローズを振り返る。
「!」
「そこを突破されたら、負傷者も、非戦闘員も、みんな殺される」
アリスは藍玉の瞳でローズを真っすぐに見つめ、静かな声で言った。
それから、仲間たちを見回す。
リリィ、ジル、エイリーク、サラ、シュカ。そしてジェイク。
「――行こう、みんな。まだ終わりじゃない」




