29.前線崩壊
「セヴェン隊長!」
「無事だったか、アリス!」
アリス達七番隊が市壁内に帰還すると、セヴェン達八番隊の姿が見えた。
「はい。全員なんとか。そちらは?」
「オルトスとエギルがやられた。オルトスは何とかなるが、エギルはこの戦いの間に復帰するのは無理だろう」
アリス達が市壁に戻って、まだ三十分も経っていない。
だが、すでに敵軍勢はこの要塞都市の市壁に到達していた。
もはや市壁の外で交戦している友軍はいない。
市壁の門を固く閉ざし、押し寄せる妖魔たちを壁上から射かけて追い散らす以外は完全に守りの一手だ。
「……ここに来て、高等妖魔の投入とはな。満を持して、と言うところか……」
セヴェンは悔しそうに吐き捨てた。
市壁の下には妖魔たちが黒い波のように蠢き、片や門や石壁を破壊せんと大型妖魔たちがやたらめったら攻撃を加え、片や十メートルを超える市壁に梯子やロープをかけ小型の妖魔たちが壁を乗り越えようとしている。
さらに上空では蝙蝠の翼を持った飛行型の妖魔たちが弓兵を翻弄しながら、聖石の守りを乗り越えて侵入する機会を窺っていた。
「シュカ達は?」
「市壁の上だ。あいつらが今の防衛戦の要と言ってもいい」
アリスが尋ねると、セヴェンは顎で市壁の上を指した。
「何せ蝙蝠鬼の群れがいる以上、銃の類が使えないからな。オルフェの言った通りだ。通常の遠隔魔法も、下の奴らには届いてもはるか上空に逃げられては当てられん。弓か、超長距離遠隔魔法しかないが……コウモリの敏捷性で自在に宙を舞う敵に矢を命中させられるような腕を持った弓兵は、ほんの一握りだ」
「シュカくんたちが、全部やっつけちゃえるかな……」
リリィがぼそっと呟くが、ローズが首を振った。
「無理でしょ。百匹以上いるわよ」
「約二百体いるらしい」
セヴェンが補足した。
「でも、市壁の中までは入ってきませんね?飛んでいるのに」
エイリークが上空を見上げて疑問を口にする。
「地脈に結びついた市壁の聖石の守りは、はるか上空まで届く。地上の万を超える妖魔たちには聖石が通じなくても、空にいるやつらはどうしても密集度合いが低いからな」
ジルが首を振った。
「市壁の上にいる兵たちには攻撃が届いても、やつらもそれ以上こちら側には来れない筈だ。……少なくとも、市壁の聖石が機能している限りはな」
「ってことは、もし市壁が破られちゃったら……?」
リリィが恐る恐る尋ねると、
「ああ、奴らが都市内の上空を飛び回るってことだ」
ジルは険しい顔で頷いた。
「……ていうか、市壁が破られたら、蝙蝠鬼だけじゃなくて、地上の妖魔の大群が都市内に押し寄せるってことだよね」
「……確かに」
ローズの言葉に、アリスがゴクリと唾を飲み込んだ。
「私たちも、壁上へ向かいます!」
「まて、アリス」
駆けだそうとしたアリスをセヴェンが呼び止める。
「ロザン将軍が呼んでいる。お前はすぐに城塞の管制まで戻れ。上には俺達が行こう」
「……分かりました」
アリスは後ろ髪を引かれる思いもあったが、素直に応じた。
そもそも今の戦いは壁上から地上の妖魔を狙うか、空を舞う飛行種を仕留めるかだ。
弓も使えず、長距離遠隔魔法も使えないアリスでは、市壁の屋上に引っ掛けられた梯子やロープを片っ端から切り落とすか、それでも這い上がってくる妖魔どもを蹴り落とすか、はたまた攪乱のために飛来する蝙蝠鬼から射手たちを護るくらいしかできることはない。
それに軍人たちを指揮するなら、アリスよりセヴェンのほうが遥かに上だ。
でもひとり。
その才能を存分に発揮できるやつがいる。
「エイリーク」
市壁正門から城塞に続く真っ直ぐで広い街道に向かいながら、アリスはその名を呼ぶ。
「分かっています」
答えはすぐに帰ってきた。
「シュカ達の援護を頼む」
「了解」
「あんたひとりで二百匹全部やっつけてもいいんだよ」
アリスに続いて街道に向かいながら、ローズは振り返ってウインクをした。
「無茶言いますね、ローズ先輩……」
一人市壁の前に残ったエイリークは仲間たちの背を見送って苦笑した。
「……でも了解です。やってみますよ」




