28.セヴェンVS貪血鬼
セヴェンがひとり前に歩み出ると、五つの黒装束は一様にせせら笑うかのような声を漏らした。
とは言っても、男型の唇は一様に縫われている。
その両端、敢えてナイフか何かで耳元まで裂かれたような割れ目からフシュシュシュ、という気味の悪い声が漏れるのみ。
「禁書によれば、お前たちは千年以上も昔からいたんだってな。それを三百年もの間忘れていたなんて、俺たち人間もおめでたいよ」
セヴェンはすたすたと黒装束の包囲網の中心へ進む。
「貪血鬼……聞くところによると、吸血鬼のなりそこないなんだって?」
お互いの間合いの一歩手前まで到達すると、セヴェンは足を止めた。
「……そもそも吸血鬼になるには彼らの中でも上位種に選ばれないといけないからな。本当は吸血鬼になりたかったけど、選んでもらえなかったお前たちは、それでも諦めきれず、代わりに【妖魔皇帝】に縋ったんだって?随分と節操がないな」
黒装束たちのせせら笑う声が、止んだ。
女型たちは皆、目を厚い布で覆っているためその奥を伺い知ることはできないが、男型の濁った黄色い眼が一様にギラリと輝く。
「それで、妖魔のバケモノの力を借りて、吸血鬼に似せた怪物にしてもらった。かりそめの力、かりそめの永遠……けど、その姿を見るに」
セヴェンは二振りの曲刀を構える。
そして続けた。
「……できの悪い失敗作だな。醜いし、弱い」
「「「「ジャアアアアアあアアアアあアアアあああアアアッツ」」」」
気味の悪い唸り声とともに、四体の黒装束が一斉にセヴェンに躍りかかった。
(激昂するってことは……禁書に書かれていた今の話は、だいたい事実と言うことか?)
セヴェンは高速に繰り出される二振り血の剣を輝く双刃で弾き返し、黒杖から放たれた闇の弾丸を返す刀で切り裂いた。
四つに分断された闇魔法はセヴェンの背後で地面に四つの深い穴を形成し、霧散する。
「シャアッ!」
派手な動きの三体の背後から、細身の人影が忍び寄り、目にも止まらぬ速さで青い刃を繰り出す。
体に張り付くような薄い黒布は妖艶なボディラインを強調するかのようだ。
だがその細身の肢体からはおおよそ想像もできないほど強靭なバネ。
女型のエンプーサだ。
刃のある方に折り曲げられたような独特の形はククリナイフ。
青色の刀身がヌメリと光る。
(この形状――毒か)
セヴェンは身を捻って青い短剣の刺突を躱した。
躱しながら、蒼色のマントを裁いて短剣を絡めとろうとする。
だが、女型は素早く手首を返してマントを切り裂き、さらに軽業師のような軽快な動きで後方へバックスプリング。
セヴェンから距離を取った。
(……即効性の神経毒か。多少の耐性があっても動きは鈍るし、もらい方によっては即死だな)
マントに付着した青色の液体を観察して、セヴェンはあたりを付けた。
その直後だ。
「――!」
突然、全身に鳥肌が立ち、体から何かが抜けていく感覚に襲われた。
(くっ、精神攻撃系か……!)
振り返った先、他の四体から少し離れたところで、茶色い革の本を手にしたエンプーサが薄い唇の端を吊り上げている。
細く整った顔立ちだが、その目は布で覆われ、肌は焼けただれたように青黒い。
そこへ再び血剣の連撃が襲い、敢えてタイミングを逸らして闇の弾丸と青色の毒刃が追い打ちをかける。
ガガ、ガキィィン――ドンッ
(単体でオーガー以上の奴らが連携とは、確かにこれは脅威だな)
その全てを受け流し、はじき返し、そして躱しながら、セヴェンは反撃の機会を窺う。
と、唐突にそのセヴェンの腕に柔らかい掌が触れる。
冷たい。
氷のように冷たい手だ。
「ぐっ!」
途端に全身の力が抜けていく感覚。
先ほどより遥かに強烈だ。魂を吸われているかのよう。
セヴェンの両手の曲刀から急速に光が失われていく。
(今度は《生気奪取》!……魔力を大分持っていかれたか)
振り返り様彼の手を掴む女型に二刀流の斬撃を見舞おうとして、セヴェンの曲刀がすんでのところで止まる。
「……あなた、とても素敵ね」
気づけばエンプーサの顔が目の前だ。
花のようなほのかに甘い香りがした。
女のその手はいつの間にかセヴェンの頬に触れている。
整った鼻筋、薄く形の良い唇。長く艶やかな黒髪。
黒いローブをはだけた下には、体にぴったりと張り付くような黒いドレス。
女性らしい体つきで、豊満だがそれでいて腰は細く締まっている。
手脚は長く細く、しなやかで繊細だ。
「ふふふ。どう?私、イイ女でしょ?さっき酷いことを言われたけど、あなたはイイ男だから、特別に許してあげる」
女はセヴェンの耳元で囁いた。
「……人間だったときには酷いことしかされなかったわ。辛かった……本当に辛かったの……でも、主様が私を救ってくださったの。主様から、私は永遠に美しいままのこの身体をいただいたのよ。素敵でしょう?」
女は左手に革製の本を持ったまま両腕をセヴェンの首に回した。
その顔はセヴェンの首筋に付きそうな程近い。
ふっと甘い吐息を漏らした。
「あなたはもう、私のもの。大事にしてあげるわ。これからは、ずっと一緒よ……私が飽きるまでは、だけれどね」
「……悪いが、辞退させてくれ」
「――!」
セヴェンの静かな声。
同時にセヴェンの全身から光が放たれた。
「がああっ!」
ゼロ距離から《光弾》の魔法を浴びたエンプーサが吹き飛ぶ。
「《魅了》が効くほど、俺は格下に見えたか?」
セヴェンの二刀が見る間に光を纏う。
「お前たちが、どれだけ人生に絶望して闇の道を選んだかは知らん。だが、どんな理由があろうと、自らの欲望のために人を喰らう怪物と化したお前たちを、俺は認めることはできないよ」
「ジャアアアアアアッ!!」
地面に転がり喘ぐブラウン・ブックを尻目に、四体の貪血鬼たちが三度セヴェンに襲い掛かった。
「ワンパターンだな。しかも呪術師の援護がない今、お前たちじゃ俺には勝てないよ」
セヴェンは即座に踏み込んで血の剣をかいくぐり、魔法を放つ前に〈ブラック・ワンド〉の胴を両断した。
振り向きざま、返す刀で空振りして姿勢を崩した〈ブラッド・ソード〉の首を撥ね、もう一体の〈ブラッド・ソード〉の背を渾身の力を込めて蹴り飛ばす。
吹き飛んだ〈ブラッド・ソード〉は音もなく青い毒刃でセヴェンに迫ろうとしてた〈ブルー・エッジ〉に直撃し、二体はもんどりうって倒れた。
即座に起き上がろうとした〈ブラッド・ソード〉の後頭部を、セヴェンの《光弾》が狙い過たずに撃ち抜く。
絶命した〈ブラッド・ソード〉は、再び〈ブルー・エッジ〉に覆いかぶさるように倒れ伏した。
「終わりだ」
〈ブラッド・ソード〉の躯の下敷きから這い出ようと身を捩る〈ブルー・エッジ〉と、腹部を押さえて地に膝を突いたままの〈ブラウン・ブック〉に、セヴェンは輝く双刃の切っ先を向けた。
「お、おのれぇ」
〈ブラウン・ブック〉が忌々し気に呻いた。
だが、その時だった。
ズドドドドドォォォオオオオオンッ!!!
「!」
上空から飛来した漆黒の弾丸が、雨のように地上に降り注ぐ。
間一髪、セヴェンは大きく跳躍してそれを躱した。
見上げた先には、月のない空に浮遊する、黒いローブ。
その両手には人骨で造られた漆黒の短杖。
「来たな、上位種……!」
アリスの妹やベルさんの報告にあったやつだ。
通常の呪具とは異なる獲物を持った個体、もしくは両手持ちの個体。
高等妖魔の中でもさらに上位種。
あの武器、あの体つきからするに、種族としては男型か。
「……今までとは格が違いそうだな」
二本の黒杖を持った貪血鬼はゆっくりと地上に降り立つ。
「こっちも手加減はできないぞ!」
言うが早いか、セヴェンは地を蹴って跳躍した。
次の瞬間、輝く二振りの剣閃が妖魔を襲う。
だが――
ズドドドドドォォォオオオオオンッ!!
「!」
妖魔の周囲に瞬時に生成された無数の闇の弾丸が、目にも止まらぬ速さで次々に射出され、セヴェンを襲う。
セヴェンはその全てを二刀の《光の剣》と《魔法盾》でなんとか致命傷を凌ぐが、防ぎきれなかった弾丸が腕を、脚を抉っていく。
「やるな……さすが上位種といったところか」
セヴェンは素早く距離を取り、腰のポーチから回復薬をとり出して傷口に振りかけた。
小さな傷は見る見るうちに塞がり、深い傷も出血が止まる。――だが完治には程遠い。
「……いいだろう。相手にとって不足はないさ」
セヴェンは頬を伝う血を指で払うと、腰を落として双刃に魔力集中した。
だが。
「隊長!セヴェン隊長!」
部下の緊迫した声が耳朶を打つ。
副隊長のゼレンだ。
「エギルがやられました!重傷です!」
「!」
振り返れば、青髪の青年が倒れているのが目に入った。
腹部をざっくりやられたようだ。
オルトスも腕を押さえて座り込んでいる。
貪血鬼は三体とも退けたようだが、あの二人はしばらく戦えまい。
いや、エギルのほうは早く手当てをしないと命に関わるかもしれない。
しかも――
「な、なんだアレは……!」
叫んだんのは、恐らくクレドだ。
ゼレン達が空を見上げている。
その視線の先に顔を向けたセヴェンは絶句した。
黒い灰が舞っている……?
いや違う。
曇天の空に群れを成して蠢くあの不規則な黒い点は、蝙蝠。
蝙蝠の翼を持つ高等妖魔――蝙蝠鬼だ。
キィィン、キィィン、キィィン――
同時に受信を告げる甲高い音が、耳飾りの魔石から響く。
『セヴェン隊長!聞こえますか!?』
その声は、砦に残り治療班を指揮している筈の、クリスティーナ。
『高等妖魔の群れが出現しました!前線はすでに崩壊!間もなく市壁に到達されます!』
「なんだと!?」
セヴェンは思わず声を荒げた。
『そうなる前に、直ちに城塞に帰還してください!』
「ちっ!」
セヴェンは眼前の妖魔を見、部下たちを見て、即座に号令を発した。
「撤退だ!エギルとオルトスを連れて、城塞まで戻れ!」
「……了解!」
ゼレンが応じる。
クレドがオルトスに肩を貸し、ゼレンがエギルを抱え、走り出した。
(とは言え、コイツが簡単に逃がしてくれるとは……)
セヴェンは部下たちの背を見送り、黒杖両手持ちの上位種に向き直った。
(……?)
しかし、〈ブラック・ワンド〉は動かない。と言うより構えもしない。
(……背を向けたところを襲うつもりか?)
セヴェンは油断なく見据えながら、ゆっくりと、少しずつ後退りする。
攻撃魔法の射程圏内を出てもなお、敵は動く素振りを見せない。
(追い打ちをかけるまでもないってことか……?どっちでもいい!いずれにせよ、こちらにとっては好都合だ!)
セヴェンはさらにそのまま十メートルほど後退し、そしてついに踵をかえすと先に行った部下たちの後を追った。




