27.高等妖魔、投入
月が、隠れた。
二十三時。
それまで沈黙を貫いていた敵軍が、満を持して動き出した。
全軍出撃。
妖魔軍の総攻撃だ。
「体制を立て直したか……思ったより早かったな」
市壁の上で、カレンが双眼鏡から目を離して忌々し気に吐き捨てた。
「あの数……向こうも総攻撃という訳か。夜明けまでに一気に片を付けるつもりだな」
ロザンも苦虫を嚙み潰したような表情だ。
「何度でも追い払うまでです」
ルシアは魔力を纏って市壁から浮かび上がる。
「重魔粒子砲はとっくに打ち止めだが、已むを得んな。ここで手をこまねいて見ている訳にはいかない」
カレンも片刃の大剣を抜き放つ。
「迎撃する!!門を開け!出撃だ!!一匹たりとも市壁に近づけるなぁぁっ!!」
ロザン将軍の怒声が夜の曇天に響き渡った。
Ψ
「次から次へと……しつけーんだよ!」
薙槍の輝く刀身がオーガーの丸太のような胴を両断する。
間髪入れず、左手を突き出し、無数の石の弾丸を放ち、二体の小鬼と一体の豚面鬼の顔面を撃ち抜いた。
一呼吸の間に大小四体の妖魔を屠ったのは、若い男だ。
赤銅色の逆立つ短髪。
特に短い後頭部と側頭部の髪はやや暗めな色のツートンカラー。
琥珀色の瞳を湛えたその精悍な顔には、左の頬に刀傷がある。
身に着けた白色の部分板金鎧は防護する面積がやや少なめで、日によく焼けた浅黒い肌が伺える。
長身に均整の取れたしなやかな筋肉。恵まれた体躯だ。
「シュカ!……隊長!大丈夫だ。今のところ押し敗けてないぞ!」
九番隊隊員の一人が叫ぶ。
「……別に無理して“隊長”を付けなくても良いんだけどな。暫定だし」
赤銅色の髪の男は苦笑した。
すでに深夜一時になろうとしている。
開戦から二時間。総力戦が続いていた。
一進一退の攻防が続いているが、圧倒的な物量で攻める妖魔軍に対し、確かにまだ競り負けていなかった。
連合軍の士気はいまだに高いままだ。
「このまま、日の出まで持てば……!」
新たにシュカが切り結んでいる狼面鬼と猪面鬼に高速の遠距離火炎魔法を見舞いながら、もう一人の隊員が言う。
シュカが率いる九番隊は少し特殊だ。
当然、〈星芒騎士〉である以上、皆《光の剣》の使い手だが、どちらかというと遠隔魔法攻撃を得意とする。
特に、通常の遠隔魔法の射程が精々二十~三十メートルのところ、弓矢や銃弾に匹敵する、射程百メートルを超える長射程遠隔魔法を全員が習得していた。
だが、〈星芒騎士団〉の中でもレアな使い手である一方で、才能のリソースを遠隔魔法に注いでしまったためか、平均的な〈星芒騎士〉より剣術はやや劣る者が多い。
そのため、乱戦では白兵戦も中距離戦もこなせるシュカ一人がタンクとして前衛に立ち、残り四人が遠距離からそれを援護すると言うスタイルだ。
(俺ってそもそも盾役だったっけか?ジルさんじゃねえんだけどな……)
無論、シュカにかかる負担は大きいが、四人の遠隔魔法の精度と威力は一級で、なかなかこの陣形も様になっていた。
「……まあ、このまま上手く行くんなら、別に何でもいいんだけどよ」
シュカは危なげなく妖魔を屠りながらも、嫌な予感は消えない。
そして本人としては極めて不本意だが、彼の予感は良くないものばかり結構当たる。
今回もそうだった。
(なんだ……?)
シュカの優れた動体視力は、月明かりもない夜の帳の下でもなお、その黒影の一団を捉えた。
漆黒のローブに身を包んだ、地を這うように高速に移動する人型の“何か”。
その内の何人かは、闇夜でも目を引く、血のように赤い片手剣を手にしている。
(オイオイ……まさか、貪血鬼って奴らじゃねえだろうな!?)
シュカは思わず舌打ちをした。
「シュカ!……隊長!!」
「だから、無理して“隊長”付けなくて良いって……」
「上だ!上を見てくれ!」
シュカの言葉を遮って、隊員の一人が悲鳴じみた声を上げる。
弾かれたように夜空を見上げたシュカは、それを見た。
曇天に蠢く黒い影。
せわしなく動くそれは蝙蝠の翼。
――その数は優に百を超える。
「――グ、蝙蝠鬼!!高等妖魔だ!!」
「チィッ!ふざけろ!このタイミングで両方かよ!」
シュカは腹立たし気に叫んだ。
Ψ
「うおっ!な、何だコイツら……!」
「ちっ、なんだよ、上位種程度の体格なのに、馬鹿みてぇに強ぇよ!」
流れるような剣捌きで十を超える妖魔たちの命を瞬時に刈り取ったところで、ダークブラウンの短髪の男はその声を聞いた。
「どうした、クレド、オルトス!」
「新手です、セヴェン隊長!」
だが、彼に答えたのは別の声。
シルバーブロンドの端正な顔立ちの男だ。
彼の横には赤毛をオールバックにした男と長い茶髪を結んだ男の姿があった。
「ゼレン、どういう……?」
「……囲まれています!」
セヴェンの声を遮って、ゼレンは低く警告を発した。
「!」
セヴェンは素早く周囲を窺う。
ゼレン、クレド、オルトスの前には黒いローブを纏った人影。
体格は標準的な人間とほぼ変わらない――いや、少し小柄……女か?
ローブの裾からは、青い短剣の刀身が見え隠れしている。
オルトスは腕を庇っているようだ。
だらりと下がったその指先から地面に血が滴っている。
黒装束の人影は一体ではない。
闇に紛れておよそ七体。
部下たちのところにいる一体とあわせて総勢、八。
「貪血鬼……いよいよ高等妖魔のお出ましか」
セヴェンは油断なく敵を見据えながら言った。
「お、男型、ブルーカが五、女型のエンプーサが三……です」
セヴェンの傍にいたもう一人の隊員が震える声で言う。
青い髪の青年だ。
「〈ブラッド・ソード〉三、〈ブラック・ワンド〉二、〈ブルー・エッジ〉二、それに〈ブラウン・ブック〉が一!」
ゼレンが鋭い声で補足する。
「く、来る!」
オルトスの悲鳴と同時だった。
血のように赤い剣を持った黒装束と、真っ黒の短杖を持った黒装束が、ゼレン達のほうへ襲い掛かる。
「ちっ!」
セヴェンはそちらへ向かおうとするが、それに反応し、残りの五つの人影がその行く手を阻むように移動する。
「已むを得ん。エギル!」
セヴェンはちらっと背後の青髪の青年を振り返った。
「オルトスは負傷している!お前はあちらの加勢をしてくれ。――ゼレン!そっちは任せるぞ」
「了解です!セヴェン隊長」
シルバーブロンドの副隊長が応じる声が聞こえる。
セヴェンは二振りの曲刀を振るった。地面にビッ、と音を立てて、紫色の血糊が払われる。
「エギル!行け!」
「は、はい!……しかし隊長は……?」
「俺は残りの相手をする」
「ひ、ひとりでですか……!?王宮の公式見解では貪血鬼の推定平均戦闘力は百五十……」
恐る恐る訊くエギルに、セヴェンは不敵に笑って見せた。
「エギル。……俺を誰だと?」
「……了解!ご武運を」
青髪の青年は、その一言に安心したのか、意を決したようにゼレン達の下へ駆け出した。
「――という訳で、お前たちの相手は俺だ」
セヴェンは輝く二振りの曲刀を手に、不敵に笑った。




