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24.ひとときの休息

「この三時間は快進撃だな。夜だと言うのに奴らの損害は甚大だ」


 ストニア城塞の中庭は、古代兵器〈アルテミス〉を収納してもなお、広い。

 中庭の中央に盛大な篝火を焚き、多くの連合軍の兵たちがしばしの休息を取っていた。


「ああ、敵軍は一旦陣地まで後退しているようだ」


 中庭の端の石段に腰を下ろしているセヴェンの感想に、ジルも同意した。


「相手が警戒してくれるなら願ったりです。我々の目的は、とにかく時間を稼ぐことですから」


 カレンも頷いた。


「あんたら三人だけで、全部やっつけられそうなバケモノ度合いだったけどな」


 ジェイクがその横で笑った。


「千ならともかく、一万はちょっとな」


 当然冗談のつもりだったが、カレンが真顔で答えたので、


「千なら一人で相手できそうな言い方だな……」


 ジェイクは怖いものを見たような顔で呟いた。


 呟いた後で、何とはなしに辺りを見回す。


 中庭にはグランディス兵もいればナディア兵もいる。

 騎士たち上級軍人もいれば、一兵卒もいる。

 一応所属はナディア軍ということになっているが、ジェイクたち冒険者ギルドから派遣された傭兵団の冒険者たちもいる。

 みな、思い思いにひと時の休息を取っていた。


 無論、ここに全員がいるという訳ではない。

 仮眠室で身体を休めている者もいるし、治療室や広間で怪我の治療を受けている者もいる。


 物言わぬ躯となった者もすでに三百を数えた。

 彼らの半数以上は戦場に撃ち捨てられたままだが、百を超える遺体は広間に並べられたままだ。


 それでも中庭にいる兵士たちの表情は、少なくとも表面上は明るい。

 ナディア三大秘宝の一つたる〈アルテミス〉が乗せて来た『三女帝』と、先刻の快進撃の余韻のお陰だろう。


 だが、それが一時的であることを、誰もが薄々感づいている。

 たとえ表面的な傷が癒えようとも流れ出た血はすぐには回復しないし、疲労は少しずつ蓄積されていくばかりだ。


 何より、失われた仲間の命は、二度と戻らない。


(辛気臭えのは、まあ、しゃーねーか……)


 ジェイクは視線をめぐらさせた先で、ふと、建物から中庭に入ってくる見知った顔を見つけた。


 アリスとローズ、それにリリィだ。

 大きな籠のようなものを持ち、何かを運んでいるように見える。


「お、メシか!やりぃ!」


 ジェイクは立ち上がると、アリスたちのほうへ向かって歩き出した。


「……あの少年も、なかなかに肝が据わってるな」


 セヴェンがジェイクの背を見送って笑った。


「ええ、見どころのある少年ですよ」


 カレンは笑って頷いた。

 かつてゴブリンロード討伐の際に、彼女はジェイクの活躍を実際に見ている。


「頭も切れるしな」


 ジルも同意した。


「……ところで、カレン」


 そこでふと、セヴェンが話題を変える。


「どうやって〈アルテミス〉なんて引っ張り出したんだ?陛下でさえ、動かすのに様々な手続きがいるって話だと思ったがな」


「それは……」


 カレンは苦笑で応えた。


「申し訳ない、セヴェン隊長……詳しくは話せないのです。本来なら、私にも知る権限のないことですから」


 言えば命に関わる。そ(・)う(・)言(・)う(・)誓(・)約(・)だ。


「そうか」


 セヴェンはそれ以上は聞かなかった。

 ジルもカレンの顔を見るだけで、何かを察したようだった。


 カレンは二人の先輩の配慮に、却って複雑な気持ちになる。


 ――〈アルテミス〉は紛れもなく王家の所有物だ。

 だが、国王がこの古代兵器を起動するには〈元老院〉の許可がいる。

 これもそ(・)う(・)い(・)う(・)誓(・)約(・)なのだ。


 国家元首さえもが一目を置く、というか一目を置かざるを得ない者たち『守り手』。

 そしてそのトップたる〈元老院〉。


 しかも『守り手』も〈元老院〉も、その存在自体が厳重に秘匿されている。

 王宮の中でも知る者はごく一握りだ。

 上級騎士たる〈星芒騎士団(スターナイツ)〉でさえ、この機密を共有することが許されるのは三(・)番(・)隊(・)隊(・)長(・)以(・)上(・)のみ。


 そう、四番隊隊長のヴォルフガングさえも知らないことだ。

 本来なら、ルシアは別として、カレンもクリスティーナも知ることは許されない。


 彼女たちが知っているのは、特別な事情があるからに他ならない。


(……しかし、あのオルフェ隊長が、まさか〈元老院〉の縁者だったとは……あの人も、なかなか過酷な生い立ちだったのだな……)


 カレンの知るところによれば、〈元老院〉は『守り手』たちのいわば元締めだ。

『星の民』の血を重んじる『守り手』にしてみれば、現役の〈元老院〉評議員の縁者でありながら他種族の血を引く彼(・)は、異端以外の何物でもなかった筈だ。


「まあ、どちらにせよ、〈アルテミス〉に何かあったら、俺たちの首が飛ぶだけでは済まないな」


 押し黙ってしまったカレンを気遣ってか、ジルがそう言って笑った。


「……ええ、ジルさん。今回の出動の条件として、万一全滅が確定した場合、〈アルテミス〉だけは帰還するようにと厳重に申し付かっています。ですから、操縦士たちは常に機内で待機させているんですよ」


「はっはっは。俺たちの命より大事ってな。そりゃまあ、仕方ないけどな。なにせナディアの三大秘宝だしな」


 セヴェンが何の嫌味も込めずに笑うので、カレンもつられて頬を緩めた。


 実際には、〈元老院〉からの条件はもう一つある。

 全滅が確定したなら、〈アルテミス〉とともに、自(・)分(・)た(・)ち(・)だ(・)け(・)は戻ってこいと。


(……それだけは聞くつもりはないけどな)


 カレンは我知らず呟いた。


「私たちは、彼らの兵器じゃない」


「?」


 セヴェンが怪訝な顔をするが、カレンは微かに微笑んで首を振った。




「カレンちゃーん」


 彼女たちのところへ二人の女がやってきた。


「クリスティーナ、ルシア」


 カレンが二人の名を呼ぶ。


「今のところ、向こうに動きはないわー」


 クリスティーナは豊かな金髪を軽やかに揺らし、セヴェンの隣に腰かけた。


「通信不能も相変わらずよ。長距離の魔水晶は全くダメ。私たちの『呼声の魔石』は生きているみたいだけど」


 そう言って、ルシアもクリスティーナの隣に座った。


「ロザン将軍は、どうしている?」


 管制室から来た二人にジルが尋ねると、


「引き続き、敵軍の監視と友軍への交信を続けてくれてますー。キミたちは疲れているだろうから、休んでおいでってー」


 クリスティーナは相変わらずゆったりとした喋り方だ。


「ありがたい話じゃないか。……お前たちも突っ立てないで、ちょっとは休んだらどうだ」


 セヴェンは笑って、立ったままのカレンとジルに声を掛けた。


「そうよー、ふたりともー。ここから座って見上げると、星が綺麗ですよー」


 クリスティーナがにこやかに笑う。

 ジルとカレンはお互いに顔を見合わせ、つられてふっと笑うと、セヴェン達と並んで石段に腰を下ろした。


 ちょうど、その時。

 中庭の中心――篝火の前で若い少女の元気な声が響いた。


「みっなさーん!!ご飯の時間だよー!!」


 紅い髪の背の高い少女。ローズだ。

 リリィ、アリスとともに大きな籠を抱えている。


 注目を浴びてローズはきらきらしていた。

 その横でリリィはなんだか恥ずかしそうにもじもじしている。


 アリスはローズのテンションに、ちょっと呆れ顔だ。


「おお、待ってましたぁ、お嬢ちゃん!」


 ナディア兵か、グランディス兵か、それとも冒険者だったか。


 とにかく誰かが囃し立てるように声を上げ、続いて歓声がそこかしこから湧いた。


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