22.壁上に舞い降りた三女帝
妖魔たちを荒れ狂う稲妻で散々に焼き払ってから、小柄な魔女はふわりと城塞の屋上に降り立った。
アリス、ローズ、リリィ、それにエイリークが駆け寄る。
それに続きそびれたサラは、遠目で見るとはなしにその様子を眺めていると、カレンとクリスティーナがこちらにやってきた。
いや、正確にはサラのもとにではなく、近くにいたロザンのところへ、だ。
そこにはジェイクもいる。
「あんたたちさ、自分で【戦女】とか【聖女】とか名乗って恥ずかしくねえの?」
ロザンより先に、ジェイクがカレンに話しかけた。
(こ、この人、いきなりすっごい失礼……!?)
ひとり、内心で勝手に慌てふためくサラだが、カレンは「ん?」と首を傾げるだけで、全く気にした様子もない。
「ああ、キミはあの時の少年か……そうか、恥ずかしい、のかな?気にしたことがなかった。とは言え、これでも一応、陛下から授かった【称号】だしな。それに私は結構気に入っているんだ。強そうだろ?」
そう言ってカレンは笑った。
「私は【聖女】だなんて、ちょっと恥ずかしいけどねー……」
一方、クリスティーナはカレンの後ろで苦笑する。
「カレン隊長、よくあんなの引っ張り出して来れたな」
「ああ。陛下でさえ簡単には動かせないって話だろ。俺も実際に飛んでいるところを見るのは初めてだよ」
「ジルさん、セヴェン隊長」
カレンは苦笑して答えた。
「私もです、セヴェン隊長。しかも、まさか自分が〈アルテミス〉に乗るなんて、思ってもいませんでしたよ」
「……あるてみす?って、しょ、召喚獣か何かですか?」
サラが恐る恐る聞く。
「はは。ちょっと違うな」
セヴェンが笑った。
「王家の翼〈アルテミス〉……ナディアにも一機しかない、古代文明の遺産でしたかな?」
ロザンが問うと、カレンは「その通りです」と頷いた。
「こ、古代兵器……!?オートマタですか!?」
「いや、帝国の機械文明よりさらに前、古代魔法王朝時代の遺産だよ。俺も数えるほどしか見たことはないけどな」
目を丸くするサラに、セヴェンが答えた。
「陛下から特別にお借りしたのよ、サラ。団長と副団長とオルフェさんが、いろいろ手を回してくれみたいなのー」
「……この艇の使用許可が下りなかったら、ルシアが一人ででも飛んでいきそうだったのでな」
クリスティーナがサラに笑いかけ、カレンは苦笑しながら付け加えた。
「いや、いくら飛翔魔法が使えるからって、王都からここまでは無理だろ」
ジェイクがあきれ顔で言うと、
「こ、言葉の綾だと思いますよ、ジェイクさん……」
サラは遠慮がちにツッコミを入れた。
だが、クリスティーナとカレンは無言で意味深に笑うだけだ。
「それより、ロザン将軍」
カレンは真顔になってロザンに向き直ると、おもむろに頭を下げた。
クリスティーナもそれに続く。
「緊急時とは言え、断りなく貴国要塞の屋上に古代兵器を着陸させるなどと言う突然のご無礼、あらためて謝罪致します。その上で、どうかお許しをいただきたい。どういう訳か、ストニア城塞本部へ通信が繋がらなかったもので」
「いやいや、頭を上げてくだされ」
ロザンは首を振った。
「見ての通り、首の皮一枚で繋がっている状況です。死を覚悟した我々の前に現れた救世主に、不満を唱える愚か者などおりませぬ」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
カレンは顔を上げ、微かに微笑んだ。
「しかし、先ほどは友軍の手前、大口を叩きましたが……」
その表情もすぐに真剣な面持ちに変わる。
「救世主と言うには明らかに戦力が足りません。〈アルテミス〉が一度に輸送できる人員はわずかです。ストニアまで連れて来られたのは〈星芒騎士〉が十名、治癒士二名、薬師五名。追加の戦力は今はこれで全部です」
「……防衛用の魔導兵器と回復薬もできる限り積んできたんですが、その量もたかが知れていますー……〈アルテミス〉の超重魔粒子砲もさっきので打ち止めですしー……」
クリスティーナが気まずそうに付け加える。
「なんだよ、一発限りかよ」
ジェイクが呆れたような顔をする。
だが、またロザンは首を振った。
「それでも、兵の士気は格段に上がります。なにせ、ナディア最強の『三女帝』の参戦ですからな」
しかし、カレンは少し困ったような顔をする。
クリスティーナも苦笑いだ。
「一部でそう呼ぶ者がいるのは知っていますが……その呼び名は分不相応と言うものです。我々は王国に仕える一介の騎士に過ぎませんから」
「そっちは否定するんだな」
ジェイクが茶化すように言うと、
「陛下から授かった『称号』ではないからな。それに騎士なのに女帝って、おかしいだろう?」
カレンは苦笑で応えた。
(じぇ、ジェイクさん、よくカレン隊長にあんな馴れ馴れしくできるな……)
サラは内心でびくびくしていた。
案の定と言うべきか、さっきからずっと、五番隊と六番隊の隊員たちが怖い目で灰髪の少年を睨みつけている。
つい先日まで訓練生だったサラにしてみれば、カレン達ははっきり言って雲の上の存在だ。
面と向かって話したことも数えるほどしかないが、その数少ない機会で感じたサラの印象で言えば、カレンは普段無表情でキリッとしていてちょっと近寄りがたいが、実は結構優しい。
それは一番隊隊長の魔女ルシアも同じだ。
ちなみにクリスティーナは見た目通り、いつもただひたすら優しい。
けれど彼女たちに少しでも無礼な態度を取ろうものなら、周囲の取り巻きが――と言うか部下たちが黙っていない。
彼女たちを『三女帝』たらしめているのは、実は取り巻きたちなんじゃないかと、サラは内心で思っている。
そう言う意味で、サラにとってはやっぱり、彼女たちにはちょっと近寄りがたい。
(わ、私なんか、少しでも粗相したらきっと〈星芒騎士団〉からすぐ追い出されちゃうんだ……)
と、そんな取り留めもないことを考えていたら、『三女帝』の最後の一人がこちらに向かって近づいてきた。魔女ルシアだ。
「サラ、頑張ったわね」
ルシアは彼女の名を呼んで僅かに、表情を緩めた。
「い、いえ……私は……」
どういう訳か涙が溢れそうになって目を伏せるサラに、ルシアは何も言わずその肩にそっと手を置いた。
それから、ロザンに向き直る。
そして胸に手を当て、一礼した。
「ご無沙汰しております、ロザン将軍。これよりナディア軍の指揮はアリス隊長に代わり私が執ります」
「しばらく見ぬ間に、お三方ともまた一段と美しく成長なされましたな。命あるうちにまたお会いできて光栄です。……が、残念ながら、再開を喜ぶのはまだ早いでしょうな」
ルシアは頷いてロザンの顔を見上げる。
身長差があり過ぎて、ルシアの首の角度はほぼ真上に向いている。
「ええ。積もる話は、すべてが終わってから。敵が浮足立っている今が好機です。総攻撃で打撃を与えれば、夜間の進行を大幅に遅らせられるかもしれません」
「決まりですな」
ロザン将軍はニヤリと不敵に笑ってから、振り返って声を張り上げた。
魔導具を使っていないのに地面が振動するような大音量。
「城門を開け!市壁の正門を開け!!両軍、突撃だ!腰を抜かしている妖魔どもを蹴散らして来い!――何も案ずることはない!我々の後ろには麗しき勝利の女神が三人もついているからな!」




