21.王家の翼
「あれは……!?」
階段を駆け上がったアリス達が屋上で最初に見たのは、空一面に広がる茜色だ。
背の高い石造りの鋸壁の隙間から夕陽が差し込み、アリスの横顔を紅く照らす。
城塞の屋上にはロザン将軍の他複数のグランディス兵、王国兵とともに〈星芒騎士団〉八番隊隊長セヴェンの姿もあった。
「ロザン将軍、セヴェン隊長!一体……」
何があったのですか?
彼等の下へ駆け寄り、アリスはふたりにそう声を掛けようとしてふと気づいた。
全員が一様に同じ方角を見て、唖然とした顔をしている。
その視線の先に目を向け――そしてアリス達も言葉を失った。
紅く染まる空に白い巨大な――二等辺三角形。
(……鳥?)
最初、アリスはそう思った。しかしあまりに巨大だ。
闇の大地、その奥深くに棲む魔鳥か神鳥の類だろうか?
でも、鳥にしては何と言うか……三角形だ。
頭部や脚が見当たらない。
中心部分は丸みを帯びて膨らんで見えるが、それ以外はどうやら平べったいフォルムのように見える。
「なんだ、ありゃあ!?」
ちゃっかりついてきたジェイクが、やや吊り上がった目を見開いている。
「あれは……まさか」
ジルが呟くと、
「ああ、そうだ」
セヴェンが頷き、茜空に浮かぶ白い飛行物体から目を離さないまま、
「王家の翼――〈アルテミス〉だ」
その名を口にした。
「〈アルテミス〉……!」
アリスも聞いたことがある。
「それって……ナディアの”三大秘宝”のひとつじゃん……!」
「ほ、本当にあったんだ……」
ローズとリリィが信じられない、と言う風に声を漏らす。
「マジかよ……誰も見たことのねえ、王様の秘密兵器ってやつじゃねえか」
「いや、秘密兵器ってか……古代兵器な」
ジェイクの呟きをシュカが訂正する。
「アレ……何かしようとしてません……?」
ふと、それまで黙って見ていたエイリークが、その不穏な動きを目敏く捉え、恐る恐る、と言った感じで疑問を口にする。
「?」
一同が固唾をのんで見守る中、その白く巨大な飛行物体は遥か上空で旋回し、その二等辺三角形の先端をゆっくりと地平線……いや、地上に蠢く黒い波に向けた。
黒い波――つまり、妖魔の群れだ。
そして唐突に――
パウッ――!!!
先端から緑色の光条が伸びた。
瞬時に発生したその光線は、一瞬で地表に到達し、上空の飛行物体と地上を結ぶ細い光の線を形成する。
そのままその光が大地を舐めるように移動する。
次の瞬間、光がたどった地上の軌跡が、地面から吹き上がるように爆発した。
「!!!!」
城塞の屋上からその光景を目の当たりにした軍人たちは、一様に息を飲む。
「……せ、西方二キロ地点、トロールの一団、消滅しました!!友軍に被害はなし……!」
双眼鏡で一部始終を確認したナディアの若い伝令兵が、悲鳴じみた声で告げる。
その後、白い飛空物体はまた旋回すると、今度は三角形の先端をこちらに向け、そしてゆっくりと巨大化していく――いや、そうではない。
この城塞に近づいてきているのだ。
「こ、こっちに来る……!」
サラが恐怖に引きつった顔で呻いた。
「大丈夫だ、サラ」
その肩に手を置き、ジルが優しく言った。
やがて飛来した巨大な飛行物体は、城塞の屋上に到達すると、
ガガガガガッ――!!!
激しい音を立てながら屋上を統べるような形で着陸し、やがて停止した。
――近くで見ると改めて巨大だ。
二等辺三角形に近いフォルムのその長辺は十メートルを超える。
その薄く尖った主翼部分が鋸壁にぶつからないように着陸したためか、広さが足りず、かなり不安定だ。
鋸壁の反対側に大きくはみ出している。
「おいおい、あっぶねー停め方だな。めっちゃ傾いてるじゃねえか。大丈夫かよ」
ジェイクが呆れたように言うと、
「……あいにくと、古代兵器を着陸させる想定で造られた要塞ではないんでな」
ロザンはその飛来物体から目を離さないまま、かすれた声で答えた。
白く巨大な物体は、今は完全に沈黙している。
アリスはそれを観察した。
大まかに言えば二等辺三角形だが、近くでよく見ると丸みを帯びている。
その無機質なボディは、金属なのか、はたまた別の素材なのか、良く分からない。
白っぽく光るその光沢は魔導銀のようにも見えなくないが、少し違う。
と、突然。
三角形の中心部分、縦に大きく盛り上がったところの一角が突然プシューッ……と音を立てて割れ、そこから何かが出てきた。
何か、と言うか、人間だった。
ひとり、ふたり……中から次々に人が現れ、屋上に降りていく。
その中には、アリスの見知った顔もあった。
王宮の薬師、治癒士、それから〈星芒騎士団〉の五番隊と六番隊の隊員たち。
そして――
最後に三人の若い女が、白い船から石畳の上に降り立った。
ストレートの長い黒髪の長身の美女。
ウェーブが掛かった見事な金色の髪の美女。
紫がかった銀髪をした小柄な美女。
カレン、クリスティーナ、そしてルシアだ。
屋上の石づくりの床を踏みしめると、しかしルシアだけはすぐにまた上空へ舞い上がった。
飛翔魔法だ。
その背を見送ってから、カレンは白い船の前に整列する軍人たちを振り返ると、
「重魔粒子砲台の設置を急げ。防衛兵器を運び終えたら〈アルテミス〉は中庭へ移動させろ。六番隊とヒーラー・薬師はすぐにストニア治療班と合流。五番隊は指示あるまで待機」
女にしては低めの落ち着いた声で、テキパキと指示をする。
その直後。
ズガガガガガガアアアアアァァァァンッ!!!!
凄まじい雷鳴が轟いた。
曇天から、目も眩むような雷光が迸り、要塞都市の市壁の前で蠢く妖魔たちを薙ぎ払う。
先ほどの光条で焼け死んだ同胞の躯を踏みつけて市壁に迫ろうとしてた妖魔たちが、瞬く間に黒炭と化していく。
王国軍が、グランディス軍が騒めく。
歓声――と言うよりは混乱に近い。
「……少し、やり過ぎたな」
それを見たカレンは小さく呟くと、腰のポーチからおもむろに棒状の魔導具をとり出して、唇を近づけた。
声を、音を広範囲に届ける魔法。
カレンは大きく息を吸ってから、
『ナディアとグランディスの勇敢なる戦士たちよ!!』
その大音量は、都市内全域はもちろん、市壁の外で戦う全ての兵たちの耳に届くのに十分なものだった。
「……よし。単純な拡声魔法は届く要だな」
カレンは魔導具を口から遠ざけて小さく呟いてから、また口に近づけた。
『私は【蒼天の戦女】カレン。こちらは【夜明けの聖女】クリスティーナ。――そしてアレが【黄昏の魔女】ルシアだ』
朗々と語る若い女の瑞々しい声が、戦場に木霊する。
「じょ、女帝……!」
「ナディアの『三女帝』だ……!」
兵士の誰かが呻くように言った。
連合軍が騒めく。
だが、その騒めきはすぐに収まった。
軍人たち、冒険者たちの注目を一身に集めた背の高い女が、長い黒髪を風に靡かせながら、華奢な身体には明らかに不釣り合いな大剣を高々と掲げたからだ。
一転して、静まり返る戦場。
固唾をのむ空気。
皆が、次の言葉を待っている。
カレンは悠然と連合軍の猛者どもを見下ろし――
そして続けた。
『我々が来たからには、もう大丈夫だ。妖魔ごとき、もはや恐るるに足りん!!!』
――次の瞬間、地響きのような歓声が巻き起こった。




