20.俺達も混ぜろや
アリスとジルは管制室を出ると、そのまま階段を下りて一階の広間へ向かった。
大階段がある大広間の一角には、大勢の負傷者が寝かされていた。
治療室に入りきらない者たち、もしくは怪我を負って担ぎ込まれたばかりで、本格的な治療を受けるための順番待ちの兵士たちだ。
その反対側の隅には、すでに息を引き取った戦死者たちの遺体が並べられていた。
彼らも遺体保管室からあぶれた者たち。
すでに戦死者・行方不明者の総数は三百を超えている。
遺体が収容された戦死者はまだ運がいいほうだ。
なぜなら、ほとんどは戦場で斃れ、放置されたままなのだから。
すでに悲惨な状況だが、この先を考えれば今はまだましだ。
これから夜を迎えれば、敵の勢いは一気に増す。
犠牲はさらに増えるだろう。
アリス達は広間を抜けて中庭に出た。
そこは自力で歩ける軽症者たちが、体を休めたり、治療を受けたりしていた。
休憩室で休んでいた筈のローズとリリィ、サラ、それにエイリークも、すでに休憩を終えて中庭に待機していた。
鎧を身に着け、いつでも出撃できる恰好だ。
アリスの考えることなど、お見通しなのだろう。
アリスとジルは、仲間たちの下へ向かう。
サラは、少しは休めたのだろうか。
相変わらず、顔面蒼白だ。
衛生兵から回復薬を受け取り、アリスは腰を下ろした。
管制室での情報を共有する。
「……私も、次は出撃させてください」
アリスが話し終わるのを待って、サラが口を開いた。
悲壮感すらある。
けれど、その翡翠の瞳は真っすぐにアリスを見つめている。
覚悟のようなものがある。
それは単に、「死を覚悟している」とか、そういうレベルの話ではない。
次の出撃が、今までより遥かに危険なものを知ったうえで、なお。
「……分かった。でも、無理はするな。サラが無理をすれば、結果的におれたちも無理することになるんだ」
言った後で、我ながら酷い言い方だ、とアリスは思った。
もっと気の利いたことは言えないのか。
それに「無理するな」ってなんだ。
無理してないやつなんか、ひとりもいない。みんな満身創痍だ。
無理しないなんて、それこそ無理な話だ。
「は、はい!ありがとうございます」
だが、サラの顔はぱっと明るくなった。
救われたように。
「行こう」
アリスは短く言うと、立ち上がった。
「アリスくん、まって」
その手を、リリィが引いて止める。
そしてアリスの掌に、透き通った緑色の液体が入った小瓶を握らせた。
「これを。最後のマジック・ポーションだよ」
「ありがとう」
アリスは小瓶を受け取ると、コルクの蓋を親指で弾いて開け、一気に飲み干した。
少年の身体がほんの一瞬、ほんの少しだけ、淡い光を放つ。
それから、アリス達は中庭を出て大階段がある広間を抜け、さらにもう一つの広間――城門がある広間へと向かう。
「まずは西のトロールだ。あそこの戦線を抜けられると、もう市壁まで止める術がない」
そこでふと、アリスが足を止める。
城門の大扉の手前、天井を支える太い石柱に背を預けていたる赤銅色の髪の長身の少年。
シュカ。九番隊暫定隊長のシュカだ。
背後には九番隊の〈星芒騎士〉たちもいる。
「よぉ、トロールを殺りに行くんだろ?俺たちも混ぜろや」
「……シュカ。何、あんた、暇なの?」
ローズが笑うと、
「ま、そんなとこだ」
シュカも笑った。
「なにせ、九番隊は団長の思い付きで集められたチームでな。俺以外、どっちかっつーと長距離専門みてぇなところがあんだよ。どのみち市壁が破られると、活躍の場があんまねぇんだわ」
「わかった。言っとくけど、別に死にに行くわけじゃないから。お前も勝手に死ぬなよ?」
アリスが言うと、シュカは鼻を鳴らした。
「ハッ。こっちの台詞だ。俺はある意味、総指揮官のお目付け役も兼ねてるつもりだからな」
「まてまて、てめぇら、おいコラ」
ふと、その会話に割って入る者がいる。
灰髪の、目つきの悪い少年だ。
「なんかその言い方、まるで不良みたい」
リリィがぷっと笑った。
「何笑ってんだコラ、リリィ。……てかアリス、シュカ。おめえら、オレを置いてくんじゃねーよ」
「お前ってホント目ざといよね」
アリスが溜め息をつくが、ジェイクは全く動じない。
「一狩り行くんだろ?連れてけよ、総大将。お前の横で大活躍してガッポガッポ稼がなきゃだろうがよ」
「お前はアレだな。死ぬな」
「うん、たぶん死ぬやつだね。これ」
呆れ顔のシュカとアリスを、
「おいてめえら、オレを誰だと思ってんだ。馬鹿にしてんじゃねーぞ」
ジェイクは非難がましい眼で睨む。
「ジェイク。一応言っておくけど、標的はトロール二十以上、しかもその周りも妖魔だらけなんだよ?」
アリスが真顔に戻って言うが、
「はあ?そんなん、ここに残ってたってあぶねーのは変わんねえだろ。精々、今日か明日かって違いじゃねーか。つーかよ、今この街自体、とっくに周りを妖魔どもにに囲まれてんじゃねえか」
ジェイクはしれっと言ってのけた。
「……まあ、確かに」
「ほら見ろ。どうせ危ない橋を渡んなら、オレはガッツリ稼げるほうを選ぶぜ」
「分かったよ。好きにしろ。……危なくなったら、ちゃんとひとりで逃げろよ」
「言われるまでもねーぜ」
ジェイクはニヤリと笑った。
「死んでもただじゃ死なねー男。それがこのオレ、ジェイク様さ」
「死んでんじゃん」
「やっぱ死ぬんだな、コイツ」
「うるっせぇ、細かいやつらはモテねーぞ」
ジェイクは「やれやれ」と大袈裟に肩を竦めて、首を振って見せた。
「――アリス」
シュカたち九番隊とジェイクの加入を見届けてから、ジルがアリスに声を掛けた。
「準備は良いか。城門を開けるぞ」
アリスが無言で頷くとジルが衛兵に合図を送った。
「よーし、おめえら、大物狩りに行くぜぇ!!」
いつの間にかジェイクは一同の先頭で、今まさに開こうとする巨大な城門の前で仁王立ちの姿勢で声を張り上げた。
「なんであんたが仕切ってんの」
ローズが呆れた顔で溜め息をつき、リリィとエイリークが苦笑した。
「……よし、行こう、みんな。城門を出たら市壁まで――」
だが、アリスが改めて号令を掛けようとした、その時だった。
バアンッ――
何かが乱暴に打ち付けられる音が広間に響いた。
次いで、中年の男の叫び声。
「指揮官殿!ナディアの指揮官殿ォッ!!お、お待ちくださいっ!」
アリスが振り返ると、大階段のある大広間側の扉が乱暴に開き、グランディスの伝令兵が扉の前で叫んでいるのが見えた。
「ロザン将軍がお呼びです!屋上へ――今すぐ屋上へ来てください!!」
「屋上?……管制室じゃなくてですか?」
思わず聞き返すアリスに、中年の伝令兵はもう一度声を張り上げて怒鳴った。
「屋上ですっ!!」
ここまでで、第二章は終わりです。
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