18.何にもできない
「はああっ!!」
亜麻色の髪の、少女のような剣士の輝く斬撃が、三メートルを優に超える茶褐色のオーガーを輪切りにする。
さらに着地と同時に振り向きざま火球を放ち、たった今二つの肉片に分断した大型妖魔の背後にいた蛮賊鬼を黒炭に変えた。
「お、おお!〈星芒騎士〉……!」
数瞬前までオーガーの剛腕に叩き潰されかけていた兵士が、呻くように呟いた。
一拍の後、眩い輝きを放つ鋼鞭が、戦扇が、手斧が、そして矢が、それぞれ周囲に蠢く妖魔たちの命を瞬く間に刈り取っていく。
「――な、七番隊だ!【異能】の七番隊が救援に来てくれたぞ!……た、助かった!」
兵たちが口々に歓声を上げる。
「〈星芒騎士団〉七番隊、加勢に来ました」
アリスの声に、
「僕たちが前に出ます!皆さんは一旦下がって」
「負傷者はこちらへ!」
「戦える人は今のうちに陣形を組みなおして!」
エイリーク、リリィ、ローズの声が続く。
「皆さん、すでにトロールたちは撤退を始めました!もう少しです!もう少し頑張ってください!」
アリスが声を張り上げた。
「アリス、またオーガーが二体だ。来るぞ」
ジルが新手をいち早く察知し、アリスに伝える。
すでに開戦から六時間近くが経とうとしていた。
当然ながら、戦況は圧倒的に不利のまま。
戦線は大分押し下げられている。
もう市壁は目と鼻の先だ。
――だが、あと少し。
「《大水刃》!!」
「《風刃》!!」
「《光弾》!!」
オーガーの巨躯を視認すると同時に、リリィの魔法が一体、ローズとジルの魔法がもう一体を打ちのめす。
よろめいたところを、アリスの斬撃とエイリークの大砲のような光の矢がそれぞれのトドメを刺した。
断末魔の悲鳴を上げる間もなく二体の食人鬼は絶命し、
ズズズウウウンッ――
と地響きを上げながら倒れ伏す。
――そして。
不意に眩い光が側面からアリスの顔を照らす。
どこかで兵の誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「――ひ、日の出だ!!夜が……夜が明けたぞぉぉぉー!!」
Ψ
何とか猛攻を耐え凌いだ。
時刻は朝五時を少し過ぎた頃。
数十分前にはすでに日光に弱いトロールは撤退していたが、日の出とともに、トロール以外の妖魔も目に見えて勢いが弱まった。
王国・グランディス連合軍はここぞとばかりになけなしの力を振り絞って敵勢に打撃を与える。
「ロザン将軍!敵が撤退を始めました!……追い打ちを掛けますか!?」
管制室で伝令兵がロザンに向かって叫ぶ。
「いや、深追いするな」
ロザンは静かに首を振った。
「トロール以外は陽光の下でもその気になれば動ける。それに圧倒的に数の差で不利だ。調子に乗って出過ぎれば一気に押し敗ける。俺達はただ城塞を護り持久戦に持ち込むしかないんだ」
そうだ。持久戦――。
しかし、いつまでだ。いつまで耐え凌げばいい?
アーセラは――デルフォイは、少なくとも単独では援軍を派遣しないだろう。
王都から来るまであとどのくらいかかる?
――いや、よそう。
「全軍引き上げろ!今のうちに少しでも休ませるんだ。……監視は怠るなよ!」
伝令兵に指示を出し、そしてロザンは立ち上がった。
今は考えても仕方がないな。
選択肢など、ハナからないのだから。
「ロザン将軍!」
その時、管制室の扉が開き、小柄で華奢な少年が入ってきた。
ナディア側の総指揮官だ。
こんなにも小さな子どもが……と、ロザンはついつい思ってしまう。
だが小柄でも華奢でも、ついでにどこからどう見ても女の子にしか見えなくても、れっきとした〈星芒騎士〉だ。
戦闘指揮ならともかく、少なくとも戦闘技術では、歴戦の勇者と称えられた自分でさえ敵わないかもしれない。
「よくやってくれた、アリス殿。あっちにしてみれば大打撃だ」
ロザンは素直に少年をねぎらった。
「お褒めに預かり光栄です、将軍。……それで、被害状況は?」
少年はねぎらいに礼を述べてから、ロザンに問う。
戦闘を開始してからすでに六時間。
戦死者は百人を数えた。
「そんなに……」
ロザンが伝えると、少年の疲労が滲む顔に、さらに影が落ちる。
「アリス殿。そう暗い顔をするな。百人で済んでいるのは凄いことだ」
ロザンは神妙な面持ちで少年の華奢な肩に手を置いた。
「だが、ギリギリのところだ。士気が折れたら総崩れになる。市壁が破られたら城塞まで後退して籠城するしかない。その前に退却も考えなくてはならんかもしれん」
「……通信のほうは?」
「ダメだ。いまだに一切繋がらん。どこにもな。我々だけで判断し、何とか切り抜けるしかない」
少年は頷いた。
その眼光は輝きを失ってはいない。
ロザンもつられて頷いた。
そして管制室の窓から目を眇めて遠くの平原を見据える。
「このまま陽光を嫌がって夜まで大人しくしていてくれれば願ったりだが……そうもいかぬだろうな」
Ψ
「サラちゃん、どうしたの!?」
リリィはサラの姿を見つけて、思わず声を掛けた。
アリスが管制室に向かった後、ローズ達はジル・エイリークと別れて城塞内一階の廊下を歩いていた。
一室を借りてつかの間の休息を取るためだ。
だが長い石畳の廊下の向こうに、ふらふらと横切るサラがいたのだ。
本来なら、リリィたちがこれから向かう部屋で待機している筈だった。
「あ、リリィ先輩。……はい、大丈夫です」
「大丈夫じゃないでしょ。ふらふらじゃんよ」
ローズとリリィが駆け寄る。
「何をしてたの?」
「これを、中庭の衛生兵に……」
リリィがもう一度訊くと、サラは手にした籠を見せた。
その中には青色の液体が入った複数の小瓶。
「サラちゃん、もしかして負傷兵の手当てをしてたの?」
「は、はい、少しだけお手伝いを……」
「あんた、ちゃんと休んでなきゃダメじゃん」
サラの顔色は悪い。
ローズは半ば強引にサラから籠を奪うと、
「これはあたしたちがやっておくから、あんたは先に部屋で休んでて。あたしたちもすぐにいくからさ」
サラの肩を抱いて進行方向を反転させ、ローズ達が向かおうとしていた部屋のほうへと背中を押す。
「……は、はい。そうですね。ではお先に、少し休ませてもらいます……」
サラは元気なく笑うと、素直に従った。
「サラちゃん……大丈夫かな」
その背中を見送り、リリィが不安げに言う。
「あの子、ただ手伝ってただけじゃないね……たぶん、魔力が尽きるまで治癒魔法を使ってたんだと思う」
「……うん、そうだよね。そんなことしたら体が持たないのに」
「あの子はなまじ何でもできちゃうから……それが却って良くないね」
「うん、そうだね」
リリィは目を伏せて、続ける。
「……何でもできるって言うのは、何にもできないって言うのと、本当はあんまり変わらないんだけどね」
「そう、それ」
ローズも頷いた。
そしてふと、廊下の窓から、上の階のほうを見やる。
「……アリス、あんたもだよ」
もちろんこの位置から、管制室の中は伺い知ることができない。
「何でもできるって言うのは、何にもできないって言うのと、本当はあんまり変わらないんだぞ」
ローズはそこにいるだろう、同期の上官に向かって呟いた。




