17.〈星芒騎士団〉の緊急隊長会議
「馬鹿な……一万五千だと!?」
若い女の切羽詰まった声が室内に響いた。
ここは王都レグルス、〈星芒騎士団〉団長室。
ストニアからの緊急報告を受けて、クロードの執務室に彼自身と副団長のギルバートの他、一番隊から六番隊までの隊長が集結していた。
「そんな……!」
カレンに続いて声を発したクリスティーナも悲痛な表情だった。
ストニアから妖魔の大軍勢の襲撃報告と援軍要請を受信したのは、今から三時間程前のこと。
その後、こちらから魔石列車の線路が破壊されたこと、修復には時間を要することを伝えたのが一時間前。
その通信を最後に、ストニアとの交信が完全に途絶えた。
今でも一切の通信ができない状況が続いている。
詳細の原因は不明だが、王都から別の都市との交信は支障がないことから、ストニア周辺で何かが通信を妨害しているのは間違いない。
しかし今は、それ以上は何も分かっていない。
王都にいくら腕のいい解析専門の魔導士が揃っていようとも、肝心のストニアからはあまりに距離があり過ぎる。
ここからの調査するとなれば相当な時間が必要となるだろう。
ストニアに駐留している戦闘員は王国側・グランディス側両軍合わせて三千、対する敵軍勢は総勢一万五千、全軍完全武装で上位種多数、大型種多数――
いかにストニアが堅固な要塞都市と言えども五倍の数差を覆せるわけもない。
友軍は今まさに風前の灯火だ。
しかもナディア最大の輸送手段たる魔石列車はその線路を二か所も破壊され、復旧の見込みも立たない。
馬で王都からストニアまで行くとなれば、いくつもの山や谷を越えなければならない。
訓練されたナディアの特殊な軍馬を昼夜飛ばしたとしても、丸二日はかかるだろう。
それまで、たった三千の兵力でとても持つとは思えない。
もっとも仮に列車が使えたとしても、王都レグルスから要塞都市ストニアまで二十時間以上。
それだって間に合うか微妙なところだ。
「……私が行きます」
紫がかった白銀色の髪をした華奢な女が、おもむろに席を立った。
一番隊隊長、ルシアだ。
その息を飲むような美貌は相変わらず表情に乏しいが、その紫水晶の瞳は微かに揺れていた。
「私なら二十時間もかからない」
「キミひとりだけならね」
だが、それを小柄な金髪の青年が鼻で嗤う。
三番隊隊長、オルフェだ。
「頭を冷やしなよ。相手は百や二百じゃないんだ。キミひとりが行って何になる」
「どれだけいようが関係ありません」
ルシアは無表情なまま答えた。
「落ち着け、ルシア」
だが、オルフェの他にもそれを制する声がある。
副団長のギルバートだった。
「誰もストニアを諦めるとは言っていない」
「しかし副団長!」
長いストレートの黒髪と黒曜石のような漆黒の瞳を揺らして、五番隊隊長のカレンが声を上げた。
その表情は焦りからか、固い。
「敵の数はこちらの五倍。しかも完全武装の上に上位種と大型種が異様に多いと言う話です。オーガーやトロールの大群までいるとなると、いかに堅固な要塞といえども一日持つかどうか……!」
「そうは言ってもなぁ。ここからではどうあってもワシらは間にあわんがな」
腕を組んだまま困った顔をするのは、ダークグレーの逆立った短髪に濃い褐色の肌をした、岩のような巨漢。
四番隊隊長のヴォルフガングだ。
「……アルタイルとロッキンダムから、至急応援を送るように指令を出せませんか」
ウェーブが掛かった豊かな金髪を揺らして、若い女が紅水晶の大きな瞳を団長と副団長に向け、懇願する。
六番隊隊長、クリスティーナだ。
その真っ直ぐな視線を受けて、しかし副団長のギルバートは難しい顔をした。
「アルタイルもロッキンダムも、すでに討伐隊に相当な数を派兵している。多少の余力はあるはずだが……」
「現実的に考えれば、全然足りないでしょ。周辺都市全部回って、片っ端からかき集めでもしない限りはさ」
語尾を濁す副団長に代わり、オルフェがばっさりと切り捨てた。
「で、でも!少しでも時間を稼げれば……!」
クリスティーナはそれでも食い下がる。
「それ以前になぁ。兵力があっても、指揮できる奴がいねえのよ」
オルフェより先に口を開いたのは、カールが掛かった茶髪に無精髭のチャラそうな男。
二番隊隊長のベルトランだ。
火のついていない煙草を咥えている。
「どの街も兵団長はさすがに自分の街の守りに残さにゃならねえし、それ以外で多少なりとも指揮を執れるやつぁ、全員すでにストニアで、妖魔どもの包囲網の内側だからな」
「そ、それでも……」
「一万五千の妖魔の群れの中に救援に行くんだよ?」
なおも食い下がろうとするクリスティーナに、オルフェは冷たく言い放った。
「たかだか千ちょっとの援軍がバラバラに駆け付けたって、いたずらに死人を増やすだけだね。それとも何かい?キミは兵士たちに、時間稼ぎのために死にに行けって言うの?」
「そんなつもりは…!でも、それじゃあオルフェさんは、ストニアを、あの子たちを諦めろって言うんですか!」
思わずクリスティーナは声を荒げる。
その表情は今にも泣きだしそうだ。
オルフェは小さくため息を吐いた。
「そうは言ってないよ。だから落ち着きなって」
「とはいえ、相棒。八方塞がりじゃないか?」
ヴォルフガングが隣に座るオルフェを見下ろした。
二メートルを超える大男と、身長一五〇センチちょっとの半小人妖精。
隣り合うと、座っていても体格差が際立つ。
「オッサン、その呼び方止めてくれる?あと、ボクの隣に座んなって」
「……私なら一日で行けます。私がストニア周辺で兵を集めて、救出に行けばいい」
ひとり立ったまま話を聞いていたルシアは、これ以上待てないとばかりにそう言い捨て、部屋を出て行こうとする。
「いーやキミには無理だね」
だがオルフェはそれをさせない。
「キミ個人の強さは認めるけど、大軍の指揮は向いていない。はっきり言って明らかに実力不足だ」
「しかし、現実的に言えば、今はそれくらいしか……」
カレンが難しい顔をして口を挟む。
「だから頭を冷やしなって。そしてキミたちはまず、己の身の程を知ることだね」
オルフェは再び冷たく切り捨てた。
その言葉にルシア、カレン、クリスティーナがきつい目を向ける。
「……やれやれ、相変わらず嫌われ役を買うのが好きだな」
ヴォルフガングが後頭部をポリポリと掻きながら、溜め息をついた。
「で、相棒には何か考えがあるんだろう?」
「だからその呼び方止めろって」
「照れるな、照れるな」
「オッサンまじでキモイわ」
笑うヴォルフガングをジトっと睨んでから、
「……どうしてもあいつらを助けたいなら、不本意だけど……」
オルフェはルシアに向き直り、そして続ける。
「ルシア、ボクを連れていけ。本当は行きたくなんかないけどね。この中で一番軽いボク一人なら、多少速度が落ちてもなんとか乗せられるだろう?」
心底面倒くさそうに言うオルフェに、意表を突かれたルシアは「え?」という顔をする。
「……どうしてもボクが嫌だってゆーなら、せめてカレンだ。ギルさんとベルさんはさすがに重くてきついだろうし、オッサンは体重も指揮官としてのセンスも論外だしね」
「ガハハ、こいつは厳しいな、相棒!」
ヴォルフガングが豪快に笑い、ベルトランは肩を竦めた。
「……ま、俺の場合、我慢できずに変なところ触っちゃうかもしれねえしなぁ」
ルシア、カレン、クリスティーナの絶対零度の眼差しがベルトランに向けられる。
「へ、へへへ、……冗談よ?」
「時と場合を考えろ。それができないなら、お前はもう喋るな」
ギルバートがいつになく冷たい声で言った。
「しかしな、相棒。重さでいやあ、クリスティーナでもいいんじゃないか。カレンよりちっこいし軽いだろ!」
ヴォルフガングが何も考えずに疑問を口にすると、今度はカレンの冷たい眼差しが大男に向けられた。
だがいくらカレンが華奢とは言え、クリスティーナよりは大分上背があるのは確かだ。
「オッサン、ボクの話聞いてた?これだから脳筋トロールは……」
オルフェは大袈裟に溜め息をついてから、
「いい?軽けりゃいいってわけじゃないんだよ。クリスティーナの指揮能力なんてオッサンよりちょっとマシってくらいでまるっきり論外、はっきり言ってお話にもならないよ。カレンでギリギリ及第点だ」
「うぅぅ……」
クリスティーナが小さく呻くだけでそれ以上何も言わないのは、当人も自覚しているからだ。
「私もオルフェと同じ意見だ」
ギルバートが口を開いた。
「そしてカレンには悪いが、今回の適任はオルフェだろう。……だが、それで間に合うか?」
「さあ?それはルシア次第だね。向こうに着くまでは、ボクにできることはないからさ」
オルフェは肩を竦めた。
「……分かりました。それで決まりで良いですね」
ルシアは無表情のまま、クロードとギルバートに顔を向けた。
「ここでこれ以上話していても、できることはありません。時間が惜しい。とにかく私は行きます。……オルフェさん、振り落とされないでくださいね」
そう言い放ち、踵を返す。
「まあまて、ルシア」
その背中に、それまで黙って皆の意見を訊いていた団長のクロードが声を掛けた。
「ほんの少しだけ俺に時間をくれないか」
「……どういうつもりだ、クロード?」
ギルバートが長年の戦友に視線を向ける。
「一つだけ手がある。ルシア以上の輸送手段がね」
「?」
ギルバートが、そして団長室にいる隊長たち全てが怪訝な顔をする。
それに対し、クロードはニヤリと笑うだけで答えた。
「……おいおい、クロさん。まさか」
何かに思い至ったように、ベルトランが声を上げた。
「なるほど……そういうことか」
ギルバートも同じ考えに至ったようだ。
軽く頷いて、クロードは半小人妖精の銃士に向き直る。
「オルフェ、悪いがお前の力を貸してくれ」
「?」
最初、首を傾げていたオルフェも、やがてその意図を理解したようだった。
見る見るうちに、嫌そうな表情に顔を歪める。
「はあ!?ちょっとクロさん、ふざけないでよね!?」
クロードは笑顔で、そして力強く言った。
「頼むよ」
しばし、無言の時間。
「チッ。あー、もう!」
やがて、オルフェが投げやり気味に吐き捨てた。
「……高くつくからね。金輪際、防衛任務はいくらサボっても絶対文句言わないでよね」




