2.会議は踊る、されど――不毛
『妖の王が復活したというのは本当なのか!?禁書に記された古の大妖魔が……っ!』
広い部屋に、しわがれた老人の声が響き渡る。
その部屋には、巨大な円卓が一つ。その円卓を囲んで、十の人影があった。
……にも拘らず、その部屋にある明かりと言えば、円卓の中央に置かれた六本の蝋燭のみで、ひどく薄暗い。
おおよそ、人が集まって議論を交わすに相応しい場には見えなかった。
だが、誰一人、そんなことは気にも留めていない。
なぜなら、実際にその部屋にいる者は一人もいなかったからだ。
『少し落ち着かれよ』
『貴殿らこそ、何故落ち着いていられる!これは、ただ大昔の怪物が復活したというだけの話ではない』
『その通りだ。彼の大妖の覚醒に伴って、すでに『第一の誓約』が自動的に破棄された。女神から賜りし『時忘れの奇跡』がひとつ失われ、同時に我らの『不可触』の秘法も力を失った』
『すなわち、王宮も、俗世の者どもすらも、大妖とその封印に纏わる記憶を認知し、関連する記録にも触れられるようになったことを意味するのだぞ』
『――ご高説、痛み入る。だが、そんなことは我々も分かっている』
『左様。騒いでも仕方あるまい。どうせ知ってしまったのだ。後は王宮に対処させればよい』
『その通り。すでに王宮の【賢者】どもには必要な情報を与えておるわ』
『……それは彼等のほうが〈元老院〉に乗り込んできたからであろうが』
『ふん、王宮はまだ良い。問題は彼等があろうことか、冒険者どもにまで情報を漏らしたことだ』
『それも別に大した事ではなかろう。『第一の誓約』が破棄された以上、遅かれ早かれ知れることになるのだ』
『いかにも。寧ろ、安い駒ではないか。“噛ませ犬”でも“弾避け”でも、存分に使ってやればよいのだ。どうせ冒険者は掃いて捨てるほどいる上に、いくらでも湧いてくるのだからな』
『ふん、随分と簡単に言うがな、少なくとも『教会』連中は面白くないだろう……――のう、議長殿?何せ妖魔は『教会』が教義とともに管理していることになっているのだからな』
『……ああ。『教会』内部は、控えめに言っても……まあ、大混乱だな。何せ彼らは、“妖の王”も“光の封印”も、我らが女神のことも知らぬ』
『女神を知らずして『教会』とは、滑稽な話よな』
『まあ、そう言ってやるな。彼らはただ、新しき神々を信仰しているというだけのこと』
『左様。されど新しき神々は妖魔を語ることを望まぬ』
『そしてそれは、我らの望みと合致する』
『なにせ、女神の奇跡の維持に必要だったからな。……しかし今となってはそれも詮無き事』
『ふん、『教会』がどうなろうが知ったことではない。そんなことより、そもそも何故“光の封印”が解けたのだ』
『またそれか……言っただろう。呪術師たちが“光の封印”に付与した『扉』と『鍵』を起動させて、封印を無理矢理こじ開けた不届き者がいるようだと』
『……それは分かっておるわ。儂は何故、遥か昔に不発に終わり、歴史からも忘れ去られた『呪い』風情が、今頃起動したのかを聞いている』
『いや、分かっておらんな。“不発”ではなかったということだ。件の『呪い』は永い年月をかけて呪力を溜め続け、期が満ちるのをただひたすら待っておったのよ。とは言え、本来ならさらに数百年は先だっただろうがな。――しかし、この時代に彼女たちが現界した』
『ふむ……なるほどな。いかに”識る者”を制限しようとも、当人が現界してしまえば否が応でも存在強度が増すというもの。奇跡の力が弱まるのも道理という訳か……もっとも、十五年ほど前から急激に瘴気が濃くなったのも、要因の一つかもしれんがな』
『だとしても、だ。そもそもその”不届き者”とやらが、どうして、”光の封印”を知っていたのだ』
『そうだ。”大妖魔”も”封印”も、全て歴史から抹消されているはず。その事実を識る者もごく限られている筈ではないか。まさか……』
『――まさか、我々の誰かが、国家転覆を目論むような”不届き者”に秘密を漏らしたと?』
『い、いや。そうとまでは言わんが……』
『くだらん。そんなことをして、誰にどんなメリットがあるというのだ。そもそも女神が与えたもうた『時忘れの奇跡』が、妖魔どもにまで作用するのかすら定かではない。よもや当時から今日まで生き続けてきた妖魔がいるとは思えんが、やつらの中で語り継がれていたとしても不思議ではないだろう』
『もしくは、それも彼女たちの現界が原因かもしれん。『時忘れの奇跡』そのものが薄れれば、いずれ古の文献に触れる人間が出てきてもおかしくはない。我らがご先祖も、国中に散らばる全ての書物をひとつ残らず処分したとは言い切れんだろう』
『有り得んことではないな。一部のイカれた冒険者が、手あたり次第『呪い』の情報を集めていると言う話も聞いたことがある』
『くそ!だから私は言ったのだ、一柱で十分だと……』
『今さらそれを言っても仕方あるまい。それに、それを決めるのは我々ではない』
『だが、現にこうして、古の大妖魔を呼び覚ましてしまったではないか』
『――その話はもう良い。それより、今この場で決めねばならぬのは、彼の大妖魔をいかに速やかに排除するかだろう』
『そのためにこうして我ら『十聖』が集まったのだからな』
『その通りだ。諸君も知っての通り、此度の危機に際し、王宮からは”発動許可”の要請が来ている』
『……ふん、結局は手持ちの駒だけでは対処不能ということか。未だ彼の大妖の居場所すらつかめていないと聞く。王国の誇る騎士団とやらも形無しだな』
『仕方あるまい。建国からたかだか六十年の未熟な国家。女神の奇跡を与えられた星の騎士を除けば、所詮は凡庸な人間にすぎん。最後は女神の奇跡に……詰まるところ、我らに頼らざるを得まいて』
『まあ、そういうことだ。……さて、そろそろもういいかね?――では、改めて諸君の意見を訊こう』
『何を今さら勿体着けておる。もはや大妖の封印は解けてしまったのだ。まずは一刻も早く滅ぼすなり再封印するなりしていただかねばなるまい』
『賛成だ。まずは今、目の前にある危機を取り除くこと。機密の保全や後始末などは、全てが済んでから然るべき措置を取ればそれで良い』
『うむ、我々も賛成だな。こうなってしまった以上、存分にそのお力を発揮していただこう。……とは言え、何かしら条件は付けておいた方が良いな。あまり我々を軽く見られても困るでの』
『そうだな。頼めばいつでも”許可”をもらえると思われてはかなわんわ』
『ふむ……他に異論のある方はおられるかな?』
『異議なし』
『それで構わん』
『『許可』などさっさと出してしまえば良いと思うが……』
『……』
『くだらん。異論などあろうはずがないわ』
『それより『教会』連中の手綱取りは頼みますぞ、議長殿』
『……いいだろう。では全開一致で要請は”許可”とする。ただし、認めるのはせめて彼の大妖の正確な居場所を突き止めてから、だ。それから、ふむ。そうだな……発動はそれぞれ一度限りとしようか。おいそれと乱発されては、事後処理が面倒だからな。――以上が国王の諮問機関たる、我々〈元老院〉としての回答である』
『……分かった。ではその旨は私が陛下にお伝えしよう』
――その言葉が、会議の締め括りとなったようだった。
『では、わしはこれで失礼する。……我らに女神のご寵愛があらんことを』
『我らに女神のご寵愛があらんことを』
『女神のご寵愛があらんことを』
口々に同じ言葉を残し、円卓を囲む人影が一人、また一人と消えて行く。
『『国家転覆を目論む不届き者』、ときたか……』
『ふふ。それに『諮問機関』とは、よく言ったものよ』
シュン、シュン、とわずかな音を残して最後に残った二人の姿も消えると、誰もいなくなった円卓の中央で、蝋燭の火だけが変わらずに弱々しく揺らめいていた。




