15.サラの焦燥
「行けえええええええぇぇぇぇっ!!!」
市壁の門が開くと同時に、騎兵たちが次々に駆けていく。
すでに前線で熾烈な激戦を繰り広げている友軍の加勢に向かう一団だ。
――もう何度目の出撃だろうか。
時刻は深夜三時を回ったところ。
開戦からすでに四時間が経過していた。
未だに敵軍勢が市壁に到達していないのは、ひとえに王国・グランディス連合軍の健闘の賜物でしかない。
しかし、その善戦もむなしく、戦線は刻一刻と後退を余儀なくされ、要塞都市は徐々に包囲されつつあった。
今はグランディス軍のロザン将軍が全体指揮を執っている。
一方、ナディアの指揮官アリスは七番隊とともに出撃中だ。
開戦以降、ロザンとアリスは交互に全軍の指揮を執り、指揮を執っていない間は各々が部隊を率いて戦場に駆り出す――これを延々と繰り返していた。
わざわざ指揮官が危険を顧みずに戦場に赴くのは、もちろん、友軍を鼓舞し全軍の士気を上げるため。
逆に言えば、そうでもしないとすぐにでも数に飲まれてしまいかねない戦力差であることを、如実に物語っていた。
当然、開戦後すぐに王都レグルスへとグランディス首都アーセラの両方へ援軍要請を入れているが、残念ながら現時点では当分援軍は期待できそうにない。
何故なら最後のアーセラとの交信で、王都とアーセラを繋ぐ線路は二か所、しかもご丁寧にそれぞれ一キロ近くの区間にわたって大規模に破壊されていることが分かったからだ。
本来なら魔物が触れることはおろか、近づくことさえ嫌う聖石。
特に大地の地脈と繋がっている聖石は、携帯して持ち運ぶ聖石の何倍もの退魔効果を発揮する。
その聖石を散りばめた魔石列車の線路は、本来なら最も安全かつ高速な輸送手段の筈だった。
だが、実際は聖石も万能ではない。
その神聖力は触れた瞬間、直ちに魔物の命を奪うほど強力なものではないし、加えて、聖石の力は物量に弱いという側面がある。
単体では近づけなくても、その身に瘴気を宿す魔物が集団で徒党を組むと、聖石の神聖力を抑え込むことがある。
つまり、魔物と違って知恵を持つ妖魔であれば、これを組織的に破壊することも、理論上は可能なのかもしれない。
とは言え、ナディアが誇る魔石列車の線路には、この国の財と技術の粋が尽くされているのだ。
本来なら、単体では内包する瘴気の小さい妖魔が百や二百群れたところで、簡単に破壊できるシロモノではない。
――ないはずだったのだが。
『高等妖魔』や【妖魔皇帝】の存在。
そして目の前に蠢く、万を超える大軍勢。
(”百や二百群れたところで”……か。ふん、要は我々の認識が、笑えるほど甘すぎたと言うことだ)
ロザンは内心で自嘲する。
(――だが、問題はそれだけではない)
そして巨大な魔晶石の前に座る伝令兵に顔を向け、怒鳴った。
「まだ通信は復旧しないのか!?」
「ダメです!」
広い管制室の奥から、伝令兵が叫び返す。
「依然、魔導回路へ全くアクセスできません!原因も不明。敵対的干渉を受けているのは間違いありませんが、どのような攻撃を受けているのか不明です」
「原因などどうでも良い!どうにかして繋げないのか!?レグルスでもアーセラでも、この際他の都市でも良い!」
「無理です!この城塞都市一帯が何かしらの”結界”に包まれていると考えられますが、その”結界”を解析できない限り対処のしようがありません!」
「ちっ」
ロザンは忌々し気に舌打ちをした。
想定をはるかに上回る大軍勢の襲撃を受けて、ストニア城塞から王都とアーセラそれぞれに最初の報告を入れてからおよそ二時間後。
何の前触れもなく、突如としてすべての魔水晶が通信不能となっていた。
起動はするのだが、どこにもアクセスができないのだ。
アダマス宮殿から、アーセラ近郊の線路までが破壊されていると言う絶望的な知らせが入ったのが今から二時間前のこと。
そしてそれを最後に、その後何の前触れもなく、一切の通信がぷつりと途絶えた。
列車が使えない今、唯一の希望は物理的に距離が近いアーセラからの増援だが、果たして来てくれるかは怪しい。
何より仮にアーセラから援軍が派遣されても、千や二千なら焼石に水だ。
かと言って、王都レグルスからとなると、助けが来るのは最短で四十八時間といったところか。
(……とても持つとは思えんな)
圧倒的に不利な防衛戦だ。
兵もかなり消耗している。
無理もない。すでに夜二十三時から、四時間戦いっぱなしなのだから。
日の出まではまだあと二時間以上。
長い。長すぎる。
永遠に感じるくらいだ。
ロザンは立ち上がり、管制室に一つだけある窓から下を見下ろした。
ちょうど、アリス達が要塞の城門に帰還する姿が見えた。
遠目に見てもボロボロだ。
指揮官の部隊だというのにどう見ても無理をし過ぎだ。
何かあったらどうするつもりだ。
一気に士気が崩壊するぞ。
しかし怪我の割に、その眼光は死んでいない。
彼等は自分たちがどう見られているか、そして何を期待されているか、よく心得ている。
――天下の〈星芒騎士団〉。ナディア最高戦力。
全てを切り裂く光の剣の使い手。
絶体絶命の戦場でも、彼らが駆け付けてくれれば、形成が逆転する。
彼らがついている限り、自分たちは敗けることはない。
例え相手の数がこちらの五倍だろうと。
……そんなわけ、あるはずがない。
だがその幻想が、ギリギリのところで連合軍の士気を維持しているのは間違いなかった。
(あんな小さな子どもたちが……)
最近入ったばかりという新入りの少女は特に気の毒だ。
他の者より傷は少ないようだが、目に見えて憔悴している。
二人の少女に支えられながら、肩で息をしているのがここからでもはっきりと分かる。
それでも、子どもにしか見えないその少女でさえ、その瞳はまだ死んではいない。
大したものだ。
大人が負けてはいられない。
「……よし、アリス殿が戻ったら、次は俺が出るぞ」
ロザンは管制室内の軍人たちに声を掛けると、踵を返し出口に向かおうとして、ふと、もう一度窓の外を振り返った。
「まずは日の出まで……気張れよ、お互い」
Ψ
「回復薬を持って来い!それから治癒士を呼べ!……ご、ご無事ですか、指揮官殿……?」
城門から城塞に入って直ぐ。
数名の衛生兵がアリス達の姿を見て駆け寄ってきた。
「ええ、問題ありません」
アリスは全身を紫色の返り血と自分の赤い血で汚しながら、落ち着いた声で答えた。
だが、心なしかその声は掠れている。
「回復薬だけで大丈夫です。重傷者はいません。治癒魔法は不要です」
アリスは衛生兵にそう告げてから、
「自分で治療しながら、私はこのまま管制室に向かいます」
「は、はっ!承知しました、指揮官殿。……治癒士はいい!回復薬を早く!」
衛生兵は頷き、続いて指示を飛ばす。
「サラちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫、です……」
リリィがサラの背に手を当てながら訊くが、サラは青白い顔で答える。
「サラ……」
ローズが心配げに彼女の名を呟いた。
後輩を気遣う二人の少女も全身に紫色の血を浴びている。
「サラ」
アリスは衛生兵から回復薬の小瓶を受け取りながら、彼女を振り返った。
そして一瞬だけ躊躇ってから、意を決したように、静かな声で言った。
「……次の出撃時は、サラは待機していて」
「だ、大丈夫です!まだ、行けます……!」
「ダメだよ」
「わ、私が一番傷が少ないです。皆さんにかばってもらって……」
「おれ達の怪我も回復薬で治る。誰も、重傷者はいないからね。でも、傷や体力は回復薬で治っても、消耗した精神はすぐには回復しない。サラは一旦休んだほうが良い」
「で、でも……!たくさん死んで……」
「サラ――」
アリスは何か別のことを、もっと気の利いたことを言おうとして、結局言葉がまとまらず、短く決定事項だけを伝えた。
「サラ、ごめん。これは隊長命令だ。次回の出撃時、サラは待機」
「……サラさん」
エイリークも言いにくそうに付け加えた。
「万一僕たち〈星芒騎士〉が倒れれば、全軍の士気に大きく影響します。僕たちが簡単に死なないことも、大事なことなんです」
「……分かりました」
サラは俯いた。
その通りだ。分かっている。
〈星芒騎士〉は連合軍の希望であり勝利の象徴。
同時に絶体絶命のこの戦況において、なんとかギリギリのところで士気を保つための、最後の拠り所だ。
たとえ新入りであっても、サラは〈星芒騎士〉の一人。
もしも彼女が真っ先に戦死すれば、「〈星芒騎士〉がいても勝てない」という恐怖がたちまち連鎖し、連合軍の士気を容易に瓦解させかねない。
(また、私だけ何も役に立っていない……)
サラは唇をきつく噛んだ。




