14.寂夜の帳
要塞都市の市壁前で、人間と妖魔の戦いが繰り広げられている。
その光景を悠然と見下ろしている人影があった。
人影は三つ。
大きいものが一つと、小さいものが二つ。
大きいと言っても、あくまで他の二つと比べての話だ。
酷く痩せているし、背丈も平均的な女よりは大きいが、平均的な男よりは小柄に見える。
一方、他の二つは明らかに子どもだ。
「あれだけ雁首揃えてんのに、なーんか随分ちんたらやってんなあ」
小さな人影の一つが退屈そうに言った。
真っ黒のローブを纏った、オレンジ色の髪の少年だ。
「まあ、攻城戦と言うのは、存外手間がかかるものですよ」
一人、背の高い人影が答えた。
年老いた男の声だった。
その男はフードを目深に被っておりその顔は見えない。
「そんなこと言っても、まだ街の壁にすらたどり着けてないじゃん。もう始まってから二時間くらい経つのにさあ。五倍もいるのに、なっさけなーい」
「……ザガン、アナタはここに何しに来たの?メフィさまに指名されたのは私だよ」
もう一つの小さな人影が、感情のない声で言った。
身に纏うローブと同じように真っ黒な、長い髪。
精緻な人形のように恐ろしく整った顔だち。
「ただの見物だよん。だって、暇じゃん?」
ザガンと呼ばれた少年が答えると、
「じゃあ黙ってなさいよ」
少女は冷たく言い放った。
しかし、少年は悪びれた様子もなく、
「ウシシ、ちょっとオイラが手伝ってあげようかな?……って嘘だよ、セーレ。そんな目で見るなってー」
少女に睨まれてケラケラと笑った。
「フフフ。貴方たちは、直接戦いには加わらないというお話だったのでは?」
老人の声で、背の高い男が訊く。
「そうよ。オジサンを手伝ってあげなさいって、メフィ様から言われただけ。だからザガン、アナタも勝手なことしないで」
「ちぇっ。わかってるよー」
言葉とは裏腹に、少年は相変わらず笑顔のままだ。
「で?オジサン。私は何をすればいいの?」
セーレと呼ばれた少女は無表情のまま男に顔を向ける。
「ふむ、そうですね……」
フードの男は少女に向き直ると、ふとフードを外した。
その声とはあまりにも不釣り合いな美貌だった。
病的なくらい青白いことを除けば、その繊細に整った眉目は、街を歩けばさぞ人目を引くことだろう。
そしてその耳は、長く先が尖っている。
「……せっかく線路を破壊したところで、戦況を逐一報告し合っていたのでは、イマイチ”絶対絶命の臨場感”というものが足りないと思いませんか?」
「はあ?アナタ、何が言いたいの?」
「確か貴方は、空間に干渉する能力をお持ちでしたよね?」
男はセーレの質問に、質問で返した。
「……良く分からないけど、私に通信妨害の結界を張れってこと?」
男は微笑んだ。
ただ、その笑みにはいくらか挑発的な色が滲んでいる。
「いくら貴方でも、あの要塞都市全体を隔絶魔法で包むなんてことは、難しいですかね?そうであれば諦めますが……」
「……馬鹿にしないで」
少女は冷たい目で男を見据えた。
「私が本気を出せば、この国中を範囲に収めることもできるわ……相応の呪物さえあればね」
「今はできないじゃん。そんな特級呪物、そうそうあるわけないんだからさ」
すかさず、少年が嘲るようにケラケラと笑う。
だが男は構わずに少女に向かって「それは頼もしい」とまた微笑んだ。
「……でも、何で今なの?もう、とっくに王都にも報告されちゃってるはずでしょ」
「確かに~。列車が使えなくたって、遅かれ早かれいずれは援軍が来ちゃうんじゃね?」
セーレの言葉にザガンも同調する。
「最初からセーレの《寂夜の帳》を下ろしてから襲撃しちゃえば、助けも呼べずに好きなだけいたぶれたのにさ。……おっさん、もしかして馬鹿なの?」
だが美貌の男はしわがれた声で笑った。
「フフ。あんまり簡単にやってあげると彼に恩も売れないですし、何より面白くないですからねぇ」
「はあ?どゆこと?」
ザガンは大きな目をぱちくりさせて首を傾げるが、男は構わずに続ける。
「……それに、私には会いたい女性がいましてね。みんな死んでしまった後でお話が伝わっても、王宮が慌てて彼女を派遣することもなくなってしまいますからねぇ」
「何を言っているのか良く分からないけど、なんかすごく気持ち悪いわ、アナタ」
セーレが無表情のまま一瞥すると、
「なに、こちらの話ですよ。私にも欲しいものがあるのでね」
男は美しい顔をいやらしく歪めた。
「アハハ!オイラたちより悪そうなやつだな、あんた」
少年はさも可笑しそうに笑った。
「……どうでも良いわ。さっさと終わらせて、私はメフィ様のところへ帰る」
対して、少女は興味なさそうに言った。
「さて」
男はまた少女に向き直り、
「貴方の『呪い』には、対価となる呪物が必要でしたね。これで足りますか?」
おもむろに暗い色のローブの前をはだけた。
細く白い鎖骨が露になる。
そしてその細い首に普通ならありえない物がぶら下がっている。
――拳大の人の顔。
それが複数。
水分を失いミイラ化して大幅に縮んでいるがそれは間違いなくかつて人間であったものの首だ。
男は細い縄で輪繋ぎになったミイラを首から取りはずと、セーレに差し出した。
「アハ!おっさん、良い趣味してるわぁ!」
ザガンがまた可笑しそうに目を見開き、セーレは冷たい目でソレを一瞥した。
「……ただの人間の生首五つくらいじゃ、大した呪力になんてならならいわ」
「足りませんか?一応、人間の尺度では白銀等級と黄金等級クラスの元冒険者なんですがねぇ?それをじっくり拷問してから惨たらしく殺した、絶望と怨念が染み込んだ傑作のつもりだったのですが……」
「アハハ!なーんか薄っすら見覚えあると思ったら、あの時あんたにあげたやつらじゃん!いやぁ、おっさん、ホントいい趣味してるわ~!」
少年は何故か嬉しそうだ。
「いえいえ、それほどでも。フフ……結構、お気に入りのアクセサリーだったんですが、いかんせん、ちょっと重すぎて肩が凝るものでね」
セーレは汚いものを見るような目で男と五つのミイラを眺め、
「……あの街一つとその周りくらいなら、まあ十分ね」
さっさと寄越せとばかりに手を差し出した。
男がその悍ましい首飾りを渡そうと手を伸ばすと、少女はしかしそれには手を触れない。
にもかかわらず、ス……、と何の前触れもなく五つのミイラが宙に浮く。
そして少女の前で、ゆっくりと回転し始める。
「ううううううううううううううううッ――!!」
突然、五つの生首の目が見開き、そして口から恐ろしい怨嗟の声が漏れ始めた。
その前で、少女が目を閉じて、ゆっくりと息を吸う。
生首の回転が徐々に速度を増していく。
少女は小さな両手を胸の前に掲げる。まるで何か目に見えない球体を両手で持っているように。
そして目を開く。
それから、手をぱん、と叩いた。
一泊の後――
「あああああああああああああああああああッ!!!!!」
五つの首が恐ろしい絶叫とともにはじけ飛び、同時に都市全体を目に見えない空間が包み込む。
――そして全ての通信魔法を無効化する呪いの“帳”が、要塞都市を覆った。
白銀等級冒険者パーティ〈狂える悪魔〉……
第二部16話「狂っていない悪魔などいない」にちらっと登場しています……




