11.アジトを探せ
「サラちゃん、気を付けて!」
「――ひゃうっ!」
ギイイインッ!
茶髪の少女の側頭部に迫る錆びたナイフを、水色の髪の少女の輝く戦扇が弾く。
ヒュンッ
空気を切り裂く微かな音と共に、眩い光の糸が鬱蒼と生い茂る枝葉を縫って優雅な曲線を描き、まだナイフを投げた姿勢のままの小柄な妖魔の首を、いとも簡単に切断する。
「アリス、あっちからも別のが来たよ」
光の糸――に見えた物は、正確には鋼線で編まれた鞭だが――を手首のわずかな返しで引き戻した長い赤髪の少女が鋭い声を発する。
「犬面鬼です。通常種七体、上位種一体」
金髪ストレートの少年が落ち着いた声で仲間に警告を発しながら、同時に目にも止まらぬ速さで弓を引き、そして輝く矢を放つ。
針の穴を通すように正確に木々の合間を進むその光の矢が、狙い過たずに近づきつつある体毛のない犬のような妖魔の眉間を貫いた。
だが、残る六体と大柄な一体は、同族の絶命にも動じず距離を詰めてくる。
「まさか小鬼の群れと合流する気か」
緑の短髪の屈強な青年が、落ち着いた声で言った。
その言葉の通り、犬面鬼の群れが、先に少年たちと交戦していた五体の小鬼の群れの真後ろに付く。小鬼たちもそれを待ってから、合計十二体がじりじりと彼等を取り囲むように広がり始める。
「同じ妖魔とは言え、他種族同士が当たり前のように共闘するとは……」
緑髪の男の隣にいた小柄で少女のような面影の少年が、呟くように言った。
「も、もしかして、囲まれてる……?」
ブラウンの髪の少女――サラが上ずった声を漏らす。
「大丈夫だよ、サラ。この程度の数、目をつぶっても勝てるわ」
「蛮賊鬼と狼面鬼は他の人がやるから、サラちゃんは無理しないでいいよ」
赤い髪の長身の少女と、水色の髪の小柄な少女がサラに声を掛ける。ローズとリリィだ。そして二人は、各々の得物を手に同時に大地を蹴った。
ここは薄暗い森の中。
ストニア要塞から馬で片道二時間ほどの近場にあるこの森が、ここ数日の間、アリス達七番隊が調査を担当している区域だった。
普段、人が足を踏み入れるような場所ではなく、鬱蒼と生い茂る樹木に邪魔をされて、歩行すらままならない。一方で小柄なゴブリンやコボルドには有利な地形だ。
幾重にも重なり合う木々の枝葉が屋根の役割を果たし、昼間でもほとんど陽光が彼等のもとまで届かないことも、妖魔たちにとっては好都合だった。
だが、そんな状況下にあって尚、ローズの手にする鋼鞭、リリィが放つ二枚の戦扇、そしてエイリークの射る矢は的確に敵の命を刈り取っていく。
(みんな、凄すぎる……!)
サラは進路をふさぐ背の低い木の枝を細剣で切り払いながら、先輩たちの戦う様にただただ驚嘆していた。
(ローズ先輩もリリィ先輩も中距離タイプだし、エイリーク先輩なんて長距離専門の筈でしょ!なんでこんな障害物だらけの森の中であんなに戦えるんだろう……私なんて、歩くのも精一杯なのに……!)
ローズとリリィは、この身動きを取るのも難しい森の中を縦横無尽に駆け巡り、跳び回り、鋼鞭を、戦扇を、まるで生き物のように巧みに操る。その華麗な動きはまさに舞を踊っているかのようだ。
(【舞姫】……)
ごくわずかな知り合いのみがそう呼ぶという話だった気がするが、実際にこの二人の少女の戦う姿を見て、その二つ名に異を唱える者などいるわけがない。
サラはそう思った。
一方、エイリークは舞い踊る二人の少女とは対照的に、彼自身はほとんど動いていない。
だが、密集する枝葉を隠れ蓑にしながら迫りくる複数の妖魔たちを、最小限の動作で確実に射抜いて行く。
まさに百発百中。
彼の放つ光の矢を、まるで木々の枝の方が避けているのではと錯覚するほどの正確さだ。
「サラちゃん!そっち一人行ったよ!」
不意にリリィの声がサラの耳朶を打つ。
「!」
振り返ると、すでに目の前に一体のコボルドが迫っていた。短槍を両手で構えている。
さらにそのすぐ後ろには短剣を手にしたゴブリンがもう一体、こちらに向かってきているのが見えた。
サラはいつの間にか魔力が解除されていた細剣に、慌ててもう一度光を纏わせる。
「シャアアアッ!」
ギイイインッ――!
コボルドの繰り出す槍の刺突を輝くレイピアでいなす。
刃を纏う強力な魔力に弾かれて犬面鬼は姿勢を崩し、サラはその隙に止めを刺そうと細剣を振りかざすが、
「わっ!」
突如何かがサラの顔面を襲い、咄嗟に身を翻して躱す。
(え……石?ただの投石?)
自分が今しがた躱したモノを視認してから、サラは槍を構える眼前の犬面鬼の後ろに素早く視線を向ける。
「ギャッ、ギャッ」
犬面鬼の数メートル背後で、小鬼が笑っているかのような下卑た声を発する。
錆びた短剣を抜き身のまま無造作に腰の革ベルトに差し、その右手には拳大の石を一つ、そして左の腕で複数の石を抱えているのがサラの目に映った。
「このっ!……《光弾》!!」
左の掌を目いっぱい突き出し、嫌な笑みを浮かべるゴブリンめがけて攻撃魔法を放つ。
ズガッ!
だがその光の弾丸は、小鬼の身体を捉える前に木々に阻まれ、数本の枝を破裂させた後巨大な幹を大きく削り取ったところで霧散した。
「うぅ、当たらない……!」
そこへ眼前のコボルドが横薙ぎに槍を振るう。
サラはもう一度右手の細剣でそれを弾くが、犬面鬼はすぐに姿勢を立て直し、尚も槍を繰り出す。
「くっ!」
サラはその第二撃も細剣で受け流し、距離を取るべく無意識に後ろへ飛び退り――
ガッ!
「きゃっ!?」
地を這うようにせせり上がった大木の根に足を取られ、少女はバランスを崩して茂みに倒れこんだ。
無数の尖った小枝が少女の腕や脚に複数の裂傷を刻む。
サラは即座に身を捩って茂みから転がり出ると、その回転を利用して身を起こす。
だが。
「あっ!」
サラが顔を上げた時、二体の妖魔の顔がすぐそばにあった。
槍を、短剣を、振り上げている。その表情は明らかに下卑た笑みに歪んでいた。
「いっ!」
思わず悲鳴が口から漏れた、その時。
ドシュッ!
「グギャアッ!」
ゴブリンの振り上げられた腕に矢が突き刺さった。
二体の妖魔の動きが一瞬止まる。
次の瞬間だった。
コボルドの腕が、ゴブリンの首が、そして最後にコボルドの上半身が、三つの閃光とともに切断され宙を舞う。迸る血しぶきが、サラの顔を紫色に染めた。
肉塊となって崩れ落ちる二体の妖魔の後ろには、リリィ、ローズ……そしてアリスの姿。
「サラちゃん、大丈夫だった!?」
妖魔の血に染まる鉄扇を両手に持ったまま、リリィがサラに駆け寄る。
「は、はい……ありがとうございます」
リリィにそう答えながらも、サラはその場にへなへなと座り込んだ。
「うわっ、サラ、全身妖魔の血だらけじゃん。ちょっとリリィ、洗ってあげて」
ローズがサラの紫色に染まった髪を撫でてやりながらリリィに顔を向けた。
「うん、わかった。じゃあサラちゃん、ちょっと冷たいかもだけど……そろそろ夏だから大丈夫だよね!」
「は、はい……すみません、お願いします……」
リリィが小声で呪文を詠唱すると、魔力の込められた声に呼応して水色の髪と蒼色のマントがふわりと靡く。
すると地面に座り込むサラの頭上に、突如として水の球体が発生し、見る見るうちに巨大化していく。
――そして一呼吸の後、滝のように降り注いだ。
「ひゃうっ」
召喚された大量の水は、地面に着く直前で、重力に逆らって渦を巻きながら少女を包み込む。
その水流の勢いにサラが小さく声を上げた。
その光景を少し離れたところで見ながら、アリスが細剣をブンッと振って、べっとりと付着した紫色の血糊を払っていると、
「やっぱり、小さな群れではありえないレベルの武装だな」
斃した妖魔たちの死骸を調べ終えたジルが、いつの間にかアリスの隣に来ていた。その後ろにはエイリークの姿もある。
「全て人間から奪ったもの……なんでしょうか」
「うーん……何とも言えないな。確かに【妖魔皇帝】が復活してからは、小さな村や町もいくつか襲われているし、行商が妖魔の群れに襲撃されたと言う報告もあるけど」
エイリークの問いに、アリスは首を振って答えた。
「それより、今は犬面鬼と小鬼が共闘していた事実の方が重要だ」
「そうですね」
ジルが言うと、アリスも神妙な面持ちで頷いた。
これまで、妖魔の中ではゴブリンのみ、群れの規模が大きくなるとオーガーやトロールと言った他種族と共棲する場合があることが知られていたが、コボルドやオークが他の妖魔と行動を共にすることはないとされていた。
同族のみで群れを成すのが本来の彼らの習性のはずだ。
むしろ同じ妖魔とは言え、群れ同士が遭遇すれば、互いに争い殺しあうのも日常茶飯事である。
「”全ての妖を統べる王”……要するに、【妖魔皇帝】の支配下にある、ということですね」
「うん、まあ、それは間違いないだろうね。肝心の【妖魔皇帝】の居場所がまだ分からないけど」
そう言ってアリスは小さく肩を竦めた。
「しかし、これでこの森での遭遇も五度目だな」
「はい。たったの三日間で五回ですから、敵の本拠地が近いのは確かだと思いますが」
アリスはジルに顔を向けて頷いた。
「じゃあ、この森のどこかに【妖魔皇帝】がいるんですかね?」
エイリークが尋ねると、
「それはどうだろうな」
ジルは、まだわからない、と首を振った。
「この一週間、おれたちに限らずどのチームも妖魔の小規模な群れと頻繁に交戦してるからね。ストニアの周りで大量発生してるのってことは間違いないけど」
ジルの言葉を引き継いでそう答えてから、アリスは刀身の血を布で拭きとると、細剣を鞘に納めた。
「まあ、どっちにしろ七番隊隊長が王国軍の総指揮官である以上、七番隊もこれ以上本拠地から離れるわけにはいかないしな。この森にもアジトがないと言うなら、あとは別のチームに調査を任せるしかないだろう」
そう言ってジルはアリスの肩に手を置いた。
「そうですね……」
頷いてから、アリスが何気なく少女たちの方に視線を戻すと、
「――っくしゅん!」
サラが小さくくしゃみをする姿が見えた。
リリィが召喚した大量の水とその激しい水流によって、サラが全身に浴びたはずの紫色の淀んだ血液はきれいさっぱり洗い流されていた。
真っ白な鎧にも、今は汚れ一つ残っていない。――その代わり、小柄な少女は全身水浸しだ。
「……確かに、これ以上危ないところにあの子を連れて行くのは、まだ少し心配ですしね」
アリスは小さくため息をついた。
「まあ、少しずつだろうな」
そう言ってジルは笑った。
「アリス!火起こして、火。あんたの唯一の取柄でしょ」
ローズがアリスを呼ぶ声が聞こえる。
「サラの身体が温まったら、後はあたしの風で一気に乾かしたげるから」
「わかったよ」
アリスがやれやれ、といった風にローズ達の方へ歩き出す。
「……けど、もう少し開けた場所を探してよ。ここじゃ火事になっちゃうから」
そして振り返ってジルとエイリークに向かって言った。
「――どこかで休憩できそうな場所を見つけてサラを乾かしたら、今日は一旦城塞へ戻りましょう。いずれにせよ、今日中に残りの未調査区域を全部探索することはできませんし。続きは明日で」




