10.サラの『高等妖魔』解説②
「おいおい……『妖精』だけじゃなくて、終いにゃ『人間』まで『妖魔』になってましたってのかよ」
ジェイクはぞっとした表情を浮かべて言った。
「はい……少なくとも禁書にはそう記されていたそうです……もっとも、他の妖魔と違って、最初から妖魔として産まれてくるのではなく、人間が何らかの方法で後天的に『妖魔化』したのだとか……」
「……なんか、人間が生きたままアンデッド化する吸血鬼みてえだな」
「はい……だから昔の人も、アフカルのことを『貪血鬼』とも呼んだそうです」
「はぁ、『貪血鬼』ィ?」
「”血を貪るように飲む”から貪血鬼なんだそうです……実際には血だけを飲むんじゃなくて、人の内臓を食べるんだそうですが……」
「うえっ」
「……それと、後天的に妖魔化するからなのか、貪血鬼はゴブリンやコボルドなんかと違って、妖魔になっても性別があるのだとか。昔の人は男型を『ブルーカ』、女型を『エンプーサ』と呼んでいたみたいです」
「え、なんでそんなことわかるの?脱がして見たら立派なモンがぶら下がってたってこ――」
「妖魔を脱がす訳ないでしょ」
カッ、と乾いた音がする。
ローズが空になった木製のカップの角でジェイクの後頭部を殴打した音だ。
「痛ってえな」と頭を擦るジェイク。
「ど、どちらかというと、女型の方がすぐに見分けがつくそうで……何故かどの個体もすごく……その……女性的な体つきなんだそうです」
「へえ!?じゃあ顔は?美人だったりするの?」
「なに興奮してんの」
ローズの呆れ顔は完全に無視したジェイクだったが、
「あ、いえ。顔は一様に青黒く爛れているそうです」
「うえっ」
続くサラの言葉に顔を顰めた。
「しかも男型はみんな唇が縫われてて、女型は両目の瞼が縫われているんだとか……」
「なんのイジメだよ!」
「す、すみません……」
思わず声が大きくなるジェイクに、サラの声は逆に小さくなる。
「おそらく、妖魔化するための代償なんだろう」
何故か申し訳なさそうなサラを見かねて、ジルが口を挟んだ。
「あ?代償?」
「ああ。記述によれば貪血鬼たちは【妖魔皇帝】の力をその身に注いで身体を妖魔に変える、とある。妖魔化の際には特定の呪物を使って、気味の悪い儀式をいろいろやるらしい。目や口を縫うのも、十中八九この妖魔化の儀式の過程の一つなんだろうな」
「イカレてやがるな……誰かに無理矢理妖魔にされてるってこと?」
「そう言う可能性もなくはないが……文献によれば、闇に魅入られた人間が自ら望んでなるのだと書いてあったそうだ」
「余計イカレてるわ!」
思わず眉を顰めてから、
「……まあ、狂人どもの思考回路なんてどうでもいいや。そんで?どのくらいヤバい奴らなわけ?」
ジェイクは気を取り直して尋ねる。
ジルは目で合図して、サラに続きをゆだねた。
「い、今の時点で判明している戦闘特性の説明をしますと……貪血鬼は共通して特殊な武器を所持しているそうです……恐らくは妖魔化するための儀式に使用した『呪具』そのものなんだと、宮廷魔導士様たちは考えているみたいです」
「特殊な武器?」
「はい……文献によれば、男型のブルーカ、女型のエンプーサそれぞれに二種類ずつ、合計で四種類の呪具があるそうです。男型は『赤い剣』と『黒い短杖』。女型は『青い短剣』と『茶色い本』、なんだそうです」
「あぁ?『本』?『剣』とか『杖』はまあ分かるけど、『本』?」
「は、はい……このうち『赤い剣』、『黒い杖』、そして『茶色い本』については、実際の戦闘記録でも報告されています……」
「ああ、それ。こないだ王都に出てフィナ達が戦ったってやつね」
「はい、そうです……昔の人々は、それぞれ〈ブラッド・ソード〉、〈ブラック・ワンド〉、〈ブルー・エッジ〉、〈ブラウン・ブック〉と言う風に、所持している呪具で呼び分けていたようです」
「まんまだな」
「……そ、そうですね。でも、呪具によって実際の戦闘特性も全く違うようで……それぞれ名前を付けて区別するのには意味があったみたいです」
ジェイクの感想に、サラは苦笑しながら頷いてから、説明を続ける。
「簡単に言えば〈ブラッド・ソード〉は高い身体能力を持った剣士、〈ブラック・ワンド〉は攻撃に特化した魔法使い、〈ブルー・エッジ〉は猛毒を扱う軽戦士、そして〈ブラウン・ブック〉は……どうやら『呪い』や精神操作魔法を使うようです。記述によれば、自分や味方の傷の治療までできる個体もいるみたいですが……」
「……前衛戦士に魔法使いにアサシンにヒーラーって……なんか、そのアフカルっての四種でパーティ組んだら、バランスよくダンジョン攻略できそうな勢いだな、おい」
なんと答えればいいか分からず、また少し苦笑いを浮かべてから、サラは最後に付け加えた。
「……ちなみに、どの種類も、推定戦闘力は百五十以上……えーと、オーガーとトロールのちょうど間くらいです」
「マジかよ!人間と同じ体格なのに『大型種』並み!?」
「ま、貪血鬼っていうのは数も少ないし特殊っぽいから、今回の作戦中に出てくるかどうかも分からないけどね」
アリスがそう言って華奢な肩を竦めると、
「是非ともそう願いたいね。気味悪い上にオーガー超えなんて、出来ればやり合いたくねえ……」
ジェイクは心底嫌そうに呟いた。
「……にしても、“妖精ベース”の妖魔に“人間ベース”の妖魔ねえ。『教会』のやつら、言っていること全然違えじゃん」
ジェイクは呆れたように言った。
「はい、そうなんです……それで、『教会』も、その……今ちょっと混乱しているみたいです」
サラが控えめに頷く。
実際には、「ちょっと」どころではなかった。
『教会』にしてみれば、僅かであっても教義に間違いがあるなど、そう簡単に受け入れられるものではない。
まして、今回の件は『教会』の権威を根底から揺るがしかねない一大事件だ。
早くも『教会』内部では責任追及が始まっているという噂もある。
「……えーと、以上が先日私たちに共有された新たな事実なんですが……そ、その、分かりにくかったでしょうか……」
サラがそう言って、不安げにジェイクの顔を窺った。
「『高等妖魔』ってのが、超やべぇってのは良く分かったぜ。あと、いつも賢人面して偉ぶってる『教会』の連中が、引くほど間違いだらけだったってのもな」
そして最後に付け加える。何故か偉そうに。
「……ま、とりあえず結構分かりやすい説明だったぜ」
その言葉に、サラの表情がぱっと明るくなった。
「あ、ありがとうございますっ!」
「いや、教えてあげたんだから、サラがジェイクにお礼言われる方でしょ」
ローズが思わず苦笑した。
「でも、サラちゃんの説明、とっても上手だったよ」
リリィが「はい、ご苦労さま」と言いながら、喋りっぱなしだったサラに小さなグラスに入ったジュースを手渡した。
「ああ、サラは案外、後輩指導とか向いているかもな」
ジルも優しく笑って頷くと、何杯目かの『火酒』をまた一口で飲み干した。
「じゃあ、僕の次の訓練生指導官は、サラさんかもしれませんね」
エイリークもサラに笑顔を向ける。
「そ、そんな、人に教えるなんて、わ、私には……」
サラは思いっきり恐縮して、自信がなさそうに小さな声で呟いた。
「サラならできるってえ」とやや酔いが回っているローズが、サラの肩に腕を回してそのダークブラウンの髪を撫でながら笑う。
呂律も怪しいし、目が、ちょっと座っている。
アリスはローズのその様子を見て、やれやれと小さくため息をついた。
「――さて、復習も一通り終わったところで、そろそろ明日の話をしようか」
皆が――というか、ローズが――完全に酔っぱらう前に、必要事項を伝えておくのが得策だ。
その言葉に六人は頷くと、少女のように華奢な隊長に視線を向けた。
「アーセラの守りは連合軍総司令官のドラグ将軍に任せて、明日からおれたちはより敵地に近いと思われるストニア要塞に移動する」
アリスは隊員たち一人ひとりを見回して続ける。
「その後はストニアを拠点にして、敵の潜伏先を探る。と言っても、おれたちは戦闘指揮と後方支援の任務もあるから、ストニアから半日で戻れる範囲限定で周辺の調査や敵性勢力の排除を遂行することになる。討伐対象の【妖魔皇帝】がどこに潜んでいるのか分からない以上、長期戦になる可能性もあるんで、みんな覚悟しておくこと。……あと、ジェイクは傭兵隊の指示にちゃんと従ってよ?」
「へいへい、わーってるよ」
ジェイクはおざなりな返事で答えた。
(て、適性勢力の排除……)
サラは一人、アリスの言葉を反芻し、明日からの任務に小さく息を飲んだ。
「――それから、サラ」
「ひ、ひゃい!」
突然自分に声を掛けられ、サラの口から意図せず変な声が漏れた。
「明日からは戦闘が予想される。サラにとっては初めての実戦だから、くれぐれも無理をしないように」
「は、はい……」
焦げ茶の髪の少女は翡翠のような深い緑色の瞳を不安げ揺らした。




