7.ナディア第四の都市『アーセラ』
「美味いな、これは」
小さなグラスに注がれた透明な液体をグイっと煽り、ジルが満足げに唸った。
高い天井からぶら下げられた陽光石が、テーブルの中央で優しい光を放っている。
石造りの二階建てのこの建物の一階部分は、ところどころに木製の柱があることを除けば、仕切りがなく広々としていた。
そこに十二の長方形のテーブルが並べられ、それぞれを八つの椅子が囲んでいる。
そのほとんどが客で埋まっているのだから、夕食時とは言え大した賑わいだ。
アリス達の宿から徒歩でおよそ十五分、中心街の中でもひと際飲食店の多い大通り。その一角に、その店はあった。
宿の店主の話では、アーセラの中でもそれなりに名の知れた食事処らしい。
もっとも、食事処と言うよりは、居酒屋と言った方が正しいだろう。
ほぼすべてのテーブルに、グランディス地方名産のエールや『火酒』のボトルが置かれているのだから。
「ところで、そっちはどうだったの?」
酒が得意ではないアリスは、テーブルに置かれた『火酒』のボトルをそっと向かいに座るジルの方へずらしてから、ローズ達にそう尋ねた。
アリスがシュカら王国側の隊長たちとともにアダマス宮殿で会議に参加している間、残る七番隊のメンバーはアーセラの街に繰り出していたからだ。
「ばっちりだよ」
だが、その後のローズ達の回答は、アリスが想像していたものとは少し違っていた。
「サラの入隊祝いに、三人で山盛りパフェを食べたよ」
エールの入った木製のカップを片手に、ローズは上機嫌だ。
「あのお店のパフェ、おいしかったね、サラちゃん。ちょっと量が多かったけどねー」
何故か隣でリリィもにこにこ笑っている。
「は、はい、すごく美味しかったです。ふ、フルーツがたくさん乗ってて」
サラはおずおずと答えた。
「また行こ!明日も行こ!次はブラックベリーが乗ってたやつ食べたい」
「私は、チョコのほうも食べたいな。サラちゃんは??」
「じゃ、じゃあ私は、えっと、次はショートケーキを食べたい、かな……」
「――うん、えーと。ちょっと待ってね」
なんだかとても楽しそうな三人を前に、アリスは指で眉間を抑えて、
「なに?つまりなに?君たちは、ただ観光してたの……?」
非難がましい目を少女たちに向けた。
「何言ってんの。新しく来たメンバーと親交を深めるのって、大事でしょ」
だが、ローズは全く悪びれない。
「チームワークはお互いの信頼感がベースなんだからさ、隊長」
しれっと言って、隣に座る恨めしそうなアリスの肩に手を置いた。
アリスはジト目で同期を睨むが、
「うん、まあ、間違いではないな」
ジルが『火酒』をもう一口煽りながら笑う。
「いや、ジルさんまで……」
不貞腐れた顔のアリスに、
「まあまあ。街の様子は一応僕とジルさんが見てきましたから」
苦笑しながらも、「簡単な報告書です」と添えてエイリークは一枚の紙を手渡した。
「ん……ありがと」
アリスは指を濡れた布巾で拭いてから、その書類を受け取る。
エイリークはアリスが書類に目を通すのを待ってから、口を開いた。
「先輩も見たとは思いますが、街は比較的落ち着いていて、表面的にはそれなりに活気もあります。なんだかんだ言っても、ナディア第四の大都市ですね。とは言っても、いつ妖魔が襲ってくるともしれない状況ですから、やっぱり不安感は拭えません。実際に街の外では、日々妖魔に襲われる被害が報告されてますしね。今のところ市内に妖魔が侵入した例はありませんが、街中でも外出を控える市民も多いようです。……と、ここまでは、たぶん、先輩も隊長会議で同じような話を聞いているでしょうね」
エイリークの問いにアリスは頷いた。
エイリークも頷き返してから、話を続ける。
「市民の印象ですが、私たち王国軍に対して好意的な人と、そうでない人と、大体半々のイメージです。感覚的に言えば、若い人の方が好意的で、年齢層が上がるほど、好意的ではない割合が増えていく感じですね」
「七年前に終わった内乱では、実際には『星の民』も『海の民』も多く反乱軍に加わっていたのに、『大地の民』が主導したみたいな雰囲気になってるからね。『大地の民』が圧倒的に多いこのアーセラじゃあ、それを面白く思わない人が多くても仕方がないよ」
エイリークの報告に、アリスが答えるより先にローズが口を挟んだ。
右手にはエールの入ったカップ。すでに二杯目だ。
「ああ。だがそれだけでもないと思うけどな」
火酒のグラスをまたクイっと煽ってから、ジルがそれに答える。
「?」
「他にも理由があるんですか?ジルさん」
不思議そうな顔をするサラの表情を汲み取って、彼女の代わりにリリィが尋ねた。
サラはサラダを、リリィは焼かれた豚肉の塊をスライスして、それぞれ一人ひとりに取り分けている。
「……そんなの大体わかんだろ?」
しかし、ジルより先に今度はジェイクが口を挟む。
「好奇心が強え若い奴らは王国に興味津々だ。特に内戦の後は王国側もお前ら〈星芒騎士〉を前面に売り出して国内外に宣伝してっからな。王家の『血の融合政策』とやらも、そもそも若い奴らはそんなに抵抗はねえ。別に強制される訳じゃねえしな。んで、若い奴らが好意的になる分だけ、変わりたいと思ってねえ爺ィどもと婆ァどもは面白くねえって、そういう構図だろ」
そう言い終わると、ジェイクはリリィから受け取った豚肉に齧り付いた。
「……驚いたな、言おうとしていたことを大体言われたよ。ちょっと言葉の使い方が乱暴だけどな」
感心したように言うと、ジルはジェイクに火酒の入ったグラスを渡して続ける。
「グランディス地方は古くから『大地の民』の文化が栄えた地域だ。お年寄りの中には『血の融合』が進めばいずれ伝統も廃れていくと危惧している人たちもいるのは確かだろう。そう言った感情への配慮もあって、グランディスを敢えて公国として一定の自治を認めている側面もあるんだけどな」
ジルの説明に、エイリークが頷いた。
「その一方で、若い人が私たちに興味を持っているというのも、何となくわかりますね。確かに、内戦後は〈星芒騎士〉の人員数も大幅に増やしていますし、武術大会を開催したり、最近は『称号』の授与なんかを始めたりもしているから、このグランディスに限らず他国でもかなり有名になっているそうですよ」
「でもジェイク、あんた何でそんなこと知ってんの?内戦前なんて言ったら、あんただって、こーんなちっちゃい子どもだった筈じゃん」
「そりゃ直接は知らねえけどさ。いろいろ見てりゃ大体わかるだろ。お前らみたいに王宮にこもって勉強と訓練ばっかやってるやつらには、聞く機会も見る機会もねえのかもしんねえけど」
ローズの問いに、豚肉と格闘しながらジェイクはしれっと答える。
「ほんと、お前はときどき耳が痛いこと言うよな……」
アリスが苦笑した。
「あとは、先輩が会議で得た情報の方が正確だと思いますが、一応市内で聞きこみした情報も記載してありますので、後で見ておいてください」
エイリークはアリスが片手に持ったままの報告書を指してそう言うと、
「……それで、アーセラ兵団が掴んでいる”敵”の情報は、何か新しいものはありましたか?」
と質問を付け加えた。
「ああ……ごめん。忘れるところだった」
アリスはもう一度苦笑してから、真顔になって話し始めた。




