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謎のAI教師  作者: 白石 遼


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7/8

算数少人数対応教師、和田のぞみ先生

 高藤校長は、学校に配属されているAIメンテナンス専門家、真壁と山田を呼び、対策を練る。その結果・・・

 ――ついに来たか。

 あの試作エーアイ教師のことを嗅ぎつけたのだろうか。それとも、別の情報が漏れたのか。

 いや……。まさか。高藤の脳裏に、一人の老人教師の姿が浮かぶ。滝口透。いつもニコニコで、子どもたちの輪の中に自然と溶け込む、不思議な教師。

「……いや、そんなはずはない。」

 高藤は小さく首を振った。しかし、その胸のざわつきだけは、消えることがなかった。


 二週間後。


 文部科学省査察団を乗せた黒い車三台が、江戸川区西さくら小学校の校門を静かにくぐることになる。高藤幸一郎校長は、少人数対応教師・和田のぞみの処遇について、一人、校長室で思案を巡らせていた。

――このままでは、東京都校長会、そして、彼女まで巻き込んでしまうかもしれない。

 静かに受話器を取り上げる。「真壁さん、山田さん。少し、校長室まで来てもらえますか。例の件で打ち合わせをしたい。」

 数分後、ドアをノックする音が響いた。

「失礼します。」

 入ってきたのは、西さくら小学校に配属されているエーアイ教師メンテナンス専門家、真壁ケンと山田みすずだった。表向きはエーアイ教師の保守・点検を担当する技術者。しかし、その実態は違う。二人は、高藤校長が水面下で進めている極秘プロジェクトの数少ない協力者だった。滝口透をはじめとする”特別な教師”の存在を知る、限られた人間でもある。

「よろしくお願いします。」

 校長がそう切り出すと、真壁と山田は小さくうなずいた。だが、その瞬間だった。二人はほんの一瞬だけ目を合わせる。山田が窓際へ視線を送り、真壁は校長室の天井の隅へと目を向けた。

 校長も、その視線の意味をすぐに理解した。

――この部屋は、安全とは限らない。

 エーアイ教師が普及した時代だ。校長室でさえ、何らかの監視や記録システムが組み込まれていても不思議ではない。

 高藤校長は無言で立ち上がると、軽く顎をしゃくった。

「場所を変えましょう。」

 真壁と山田は何も聞き返さず、その後に続いた。三人は誰もいない廊下を歩き、校舎の奥へと消えていった。


  動き出した秘密探り隊


 昼休みも終わりに近づき、校舎には午後の授業前の慌ただしい空気が流れていた。宇野サキは、図書室へ返却する本を抱えながら廊下を歩いていた。その隣には、親友のかすみがいる。

「サキ、早くしないとチャイム鳴っちゃうよ。」

「うん。」

 そう返事をした、その時だった。校長室の扉が静かに開いた。高藤幸一郎校長が姿を現し、その後ろからエーアイ教師メンテナンス担当の真壁ケンと山田みすずが続く。三人とも一言も話さない。 しかも、職員室とは反対方向へ歩き始めた。

「ねえ……。」

 サキが足を止める。

「どうしたの?」

「見て。」

 かすみも視線を向けた。校長たちは、人目を避けるように非常階段へ向かっていく。

「打ち合わせなら校長室でやればいいのに……。」

 かすみが首をかしげた。サキの胸に、あの違和感が再びよみがえる。滝口先生。和田のぞみ先生。

 最近、この学校では説明のつかない出来事が続いている。そして今日も、校長は誰にも知られないように動いている。偶然とは思えなかった。

「……行ってみよう。」

「えっ?」

「何か、分かるかもしれない。」

 サキは本を抱え直すと、三人に気づかれないよう距離を取りながら歩き始めた。かすみは一瞬ためらったものの、小さく息をついて後を追う。

「サキ、本当に大丈夫なの?」

「静かに。」

 三人は非常階段を上り始めた。サキとかすみも、足音を消すように一段ずつ階段を上る。上へ行くほど、校舎は静まり返っていく。やがて三人は屋上の扉を開け、その向こうへ姿を消した。

 サキは扉の手前で立ち止まり、かすみと顔を見合わせる。二人は小さくうなずき合うと、息を潜めながら屋上の扉へそっと近づいていった。

 サキとかすみは、屋上の扉の前で息を潜めた。耳を澄ませる。しかし、風の音ばかりが耳に届き、肝心の会話はほとんど聞き取れない。時折、途切れ途切れに言葉だけが流れてきた。

「……和田のぞみ先生……」

 しばらく間が空き、

「……滝口透先生……」

 それだけだった。サキとかすみは顔を見合わせる。何か重要な話をしていることだけは分かる。だが、その内容までは聞こえない。二人は小さくうなずき合うと、物音を立てないよう静かにその場を離れた。

 放課後。校門へ向かう通学路を歩きながら、サキがぽつりと口を開いた。

「ねえ、かすみ。」

「うん?」

「実はね、この前、滝口透先生が階段で転んだところを見ちゃったの。」

 かすみは思わず足を止めた。

「えっ!? それ、すごくレアじゃない?」

「ハレー彗星が、地球に来るくらいびっくりした。そんな事、今まで聞いたことないね。」

「そんな言い方ある?」

 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。笑いがおさまると、サキが少し真面目な表情になる。

「でもね……。」

「うん。」

「なんか、あの先生って憎めないんだよね。」

「分かる。」

 かすみも静かにうなずく。

「おじいちゃんなのに、ホント不思議だよね。」

「うん。なんだか、見ているだけで安心する。受けない昭和のダジャレ。なんかいい。たぶん本人は、好きなんだね」

 サキは少し考えてから、小さな声で言った。

「誰にも内緒にしてね。」

「えっ、何を?」

「滝口先生が転んだこと。」

 かすみは、いたずらっぽく笑う。

「大丈夫。話さないように、何とか頑張る。」

 その言葉に、サキは少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。

「話しちゃうとさ……滝口先生、どこかへ行っちゃう気がするんだ。」

 かすみは驚いたようにサキを見つめた。

「それは……嫌だね。」

「うん。」

 しばらく沈黙が続く。やがて、かすみがぽつりと言った。

「なんか、あの先生って、あったかいんだよね。」

「うん。上手く言えないけど。」

「それに、算数の和田のぞみ先生もちょっと変わってる。可愛い顔立ちだなんだけど、それがまた、男子にウケてるね。」

「確かに。」

 二人は顔を見合わせると、また笑い合った。その後は、今日の宿題のことや、週末の予定、好きな動画の話など、いつものたわいないおしゃべりが続いた。夕暮れの通学路には、少女たちの笑い声だけが、いつまでも優しく響いていた。


 屋上での打ち合わせは、誰にも知られることなく終わった。高藤幸一郎校長は、真壁ケンと山田みすずを前に、静かに最終確認を行った。

「査察当日、和田のぞみ先生には少人数算数の授業は担当してもらいません。」

 二人は無言でうなずく。

「音楽準備室で待機してもらいます。埃っぽいし、普段はほとんど使われていない部屋です。査察団の目に触れることもないでしょう。おそらく、査察団はメンテナンス管理棟も確認するはずです。」

 真壁が資料に目を落としながら答えた。

「それが一番安全ですね。」

「当日の算数は各学級で行います。少人数指導は、その日だけ中止です。」

 山田も静かに付け加えた。

「これなら、不自然には見えません。」

 高藤校長は小さく息を吐いた。――とにかく、表に出さないことだ。それが今、できる最善の策だった。査察団さえ無事に帰ればいい。それまで、和田のぞみ先生には静かに待機してもらう。校長は頭の中で当日の時間割をもう一度確認した。

 そして、ふと滝口透先生のことが浮かぶ。

「あの人は……いつもどおりでいい。」

 理科の授業を終えたあとは、子どもたちと道徳でもやってもらおう。滝口先生まで不自然に動かせば、かえって疑いを招く。高藤校長はそう判断した。そのときはまだ、その判断が思いもよらない出来事につながるとは、誰も想像していなかった。


  第七章 徹底的な査察開始


 十一月十一日。朝から空は厚い雲に覆われ、冷たい風が校庭の木々を揺らしていた。太陽は一度も姿を見せず、校舎全体が薄暗い空気に包まれている。西さくら小学校の教職員たちは、いつもと変わらぬ表情で子どもたちを迎えていた。

 しかし、秘密を知る関係者は、その胸の内には、それぞれ緊張が走っていた。

 そして、午前九時。三台の黒い車が、ゆっくりと正門をくぐった。

――とうとう、その日が来た。文部科学省査察団が、西さくら小学校に到着したのである。

 その到着の前、査察団の到着まで、あと三十分。高藤幸一郎校長は、職員室の奥にいた和田のぞみ先生を静かに呼び寄せた。

「和田先生、少しよろしいですか。」

「はい。」

 穏やかな笑顔を浮かべた和田先生が近づく。高藤校長は周囲に人がいないことを確認すると、小声で話し始めた。

「今日の少人数算数は中止します。子どもたちは各学級で授業を受けてもらいます。」

「承知しました。」

「申し訳ありませんが、査察が終わるまで音楽準備室で、静かに待機してください。」

 和田先生は一瞬だけ首をかしげたものの、すぐに優しくほほえんだ。

「分かりました。」

 その返事に、高藤校長は胸をなで下ろした。和田のぞみは、少人数算数専用として開発されたエーアイ教師だった。担任型エーアイ教師とは設計思想そのものが異なる。算数指導に特化したため、搭載されているOSは一世代前のものを採用しており、演算速度も最新型には及ばない。CPUも旧式で、記憶容量は担任型エーアイ教師のおよそ半分。音声操作も昔ながらの方式で、メンテナンスの際には決められた呼びかけに(ヘイ〇〇)応答して起動する仕様だった。

 しかし、算数の授業を行うには十分な性能を備えており、導入コストも低く抑えられることから、東京都校長会は各校への配備を決定した経緯がある。反応は少しゆっくりだが、その穏やかな受け答えは子どもたちからも好評だった。

「和田先生と話すと、なんだか安心する。本当にオレたちの癒しだね。」

 そんな男子の声も少なくない。最新型にはない、どこか人懐っこい雰囲気が、子どもたちにとっては”癒やし”になっていた。

「それでは、失礼します。」

 和田のぞみ先生は軽く一礼すると、誰もいない廊下を超小型の充電器を持って、ゆっくりと歩き始めた。向かう先は、普段ほとんど使われることのない音楽準備室。高藤校長は、その後ろ姿を見送りながら小さく息をつく。

――これでいい。

 今日一日だけ、表に出なければいい。そうすれば、何事もなく査察は終わるはずだ。校長はそう信じていた。


 安藤たち査察団は、校長室へと入った。今回は総勢十名。前回の倍の人数である。その顔ぶれからも、今回の査察が本気であることが伝わってきた。

「高藤校長先生。本日はよろしくお願いいたします」

 安藤は穏やかな口調で頭を下げた。しかし、その表情に笑みはない。

「どうぞ、納得できるまで確認してください」

 高藤幸一郎校長は静かに応じた。胸の鼓動は速くなっていたが、それを悟られないよう必死に平静を装う。

「校長先生と副校長先生は、申し訳ないのですが校長室と職員室で待機をお願いします。午前中は私たちだけで校内を確認しますので、何卒ご協力をお願いいたします」

「はい。承知しました」

 拒む理由はない。――仕方ない。高藤校長は心の中でつぶやいた。

 ――ここまで来たら、流れに任せるしかない。信じよう。査察団は事前の打ち合わせどおり、二人一組に分かれ、校舎内へ散っていった。教室、特別教室、体育館、廊下――。最新型のエーアイ教師たちの動きや識別番号を一体ずつ確認し、端末へ記録していく。その動きには一切の無駄がなかった。約一時間後。一人の査察団員が足早に校長室へ戻ってきた。

「安藤主任、報告です」

「どうぞ」

「あのポンコツを含め、確認できたエーアイ教師は二十七体です。ですが、登録されている残り一体が見当たりません」

 安藤は小さくうなずき、ゆっくりと高藤校長へ向き直った。

「高藤校長先生。西さくら小学校には、エーアイ教師が二十八体登録されていますよね。あと一体は、どちらにいますか?」

 一瞬、校長の表情が固まった。

「えっ……二十七体ではありませんでしたか?」

 苦しい返答だった。安藤は手元のタブレットを静かに示した。

「いいえ。こちらの最新の登録データでは二十八体となっています」

 その一言で、高藤校長の背中を冷たい汗が流れた。

「……少し、確認させてください」

「もちろんです。ちなみに、不明となっているのは和田のぞみ先生です」

「和田……のぞみ先生……ですね。分かりました」

 校長はうなずいたものの、胸の内は激しく揺れていた。

 ――しまった……。

 今年の春、エーアイ教師の登録データを更新する際、万が一のために削除する予定だったが、うっかり「和田のぞみ」のデータを、削除し忘れていたのだ。思いもよらない単純なミス。しかし今は、その一件が学校全体を揺るがしかねない重大な綻びとなっていた。


 思いもよらない単純ミスにより、窮地に立たされた高藤校長、この後、いよいよ、クライマックスへと進む。

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