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謎のAI教師  作者: 白石 遼


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非公開の東京都校長会 極秘プロジェクト

 東京都校長会では、総合的な学習の展開で悩んでいた。担当する教師の負担を軽くするために、何かしなければいけないと・・・そして・・・

未知の最新エーアイ教師か


  第五章 未来からのエーアイ教師 


 加藤あきは、一人、机に向かったまま腕を組んでいた。滝口透先生が階段から転倒した、あの瞬間。頭の中で何度も映像が繰り返される。

「……どうしよう」

 このことを安藤に報告しなくて良いのか。しかし、どうやらいよいよ報告しないといけなくなったな。そう思つた。いや、報告するにしても、「見ました」だけでは意味がない。自分なりの考えを整理して伝えるべきだ。あきは、ノートを開き、思いつく可能性を一つずつ書き出していった。

 ――未来からのタイムスリップした新型エーアイ教師。

 そんな言葉が頭をよぎる。だが、すぐに首を横に振った。

「そんな非現実的なこと、あるわけない……」

 では、何なのか。どう説明すればいいのか。考え続けるうちに、一つの仮説へとたどり着いた。滝口透先生は、現在配備されているエーアイ教師とは、まったく異なる回路をもつ次世代型エーアイ教師なのではないか。そう考えれば、多くの疑問が説明できる。安藤へは、考え方としてウインドウズOSとマックOSの違いだとそう説明しよう。おそらく何処かの組織が、子どもたちから信頼される教師を目指して、より人間らしく設計された最新モデル。そう、親しみやすくするには、例えば、ちょっとダジャレを言ったり、ニコニコしていたり、おじいちゃんだったりしたら、子どもは当然、警戒心を解くだろう。人間と見分けがつかないほど自然に振る舞い、多少の転倒では故障しないよう、高い耐久性まで備えている。そして、もしくは、時空を越えた「未来のエーアイ教師」、この二つを伝えよう。

「……それなら、辻つまが合う。」

 あきは、小さくうなずいた。そういえば、初期のエーアイ教師には多くの課題があったと聞いたことがある。

 食事をしない。

 トイレにも行かない。

 休憩も取らない。

 そんな教師を見た保護者からは、「本当に子どもを安心して任せられるのか」と、不安の声が相次いだという。無理もない。子どもは、大人の言葉だけではなく、その生き方や日常の姿からも多くを学ぶ。だからこそ、現在のエーアイ教師は、人間らしい生活まで再現するよう、毎年のように改良し、バージョンアップされてきた。今年の末には周りが落ち着く体臭まで対応できるエーアイ教師が登場すると、この前の教育機関紙に書いてあった。さすがにオナラは却下されたようだが、そりゃそうだ。滝口先生は、その延長線上にある、さらに進化した最新版――。

 未来から、何かの時空の歪みで、タイムスリップしてきたエーアイ教師。そう考えるのが、あきにとって、最も納得のいくものだった。あきは深く息を吸うと、決意したように席を立った。この二つの仮説を、安藤に報告しよう。真実かどうかは分からない。だが、自分が導き出せる結論は、それしかなかった。あきがそう考えるのは、西さくら小学校の横にある桜の木の伝説を子供の頃から知っていたから。


  最新エーアイ教師


 報告を聞き終えた安藤は、しばらく言葉を失っていた。

「……そんなはずはない。」

 思わず口にした言葉だった。未来から来た教師など、常識では考えられない。バカバカしい。しかし、加藤あきの話を聞けば聞くほど、一つ一つの出来事が妙につながっていく。安藤は机の上に置かれた資料へ目を落とした。

 西さくら小学校。

 ここ数か月のデータが並んでいる。

 全国学力テスト。

 昨年まで平均的だった成績が、今年は大きく伸びている。

 さらに、いじめアンケート。

「学校は楽しい」「安心して過ごせる」と答えた児童の割合が、東京都内でもトップクラスにまで改善していた。

 「これは偶然……なのか。」

 安藤は腕を組み、静かに考え始めた。エーアイ教師が転んだ報告事案は、ここ二十年、今まで一度もなかった。未来からの教師。うーん。時空を超える。

 学力だけが向上したのなら、優秀な教師が配置されたとも考えられる。しかし、学力だけではない。

 いじめの減少。欠席率の改善。児童同士のトラブルも目に見えて減っている。学校全体が、まるで別の学校へ生まれ変わったかのようだった。普通のエーアイ教師だけで、ここまでの成果が出るだろうか。

 いや……。

 安藤は静かに首を振った。何かが違う。自分たち文部科学省が把握していない存在が、この学校にいる。それも、一人とは限らない。

「滝口透先生だけじゃない……。」

 思わず、その言葉が漏れた。

「西さくら小学校には、私たちの知らない、新しいタイプのエーアイ教師が配属されているのかもしれない。」

 その仮説は突飛だった。だが、今あるデータを最も自然に説明できる答えでもあった。安藤は静かに立ち上がった。非現実的なタイムスリップではなく、違う何かがあると、安藤は考えた。

「……この件は、私が直接確認する。」

 そう言うと、机の資料を手に取り、窓の外に見える西さくら小学校の方角へ視線を向けた。その視線の先のどこかに、文部科学省でさえ知らない秘密が眠っている。そんな予感が、安藤の胸に静かに広がっていた。加藤あきは、母校に残る「桜の木の伝説」の話は、どうしてもこの雰囲気の中では、到底安藤に伝える事はできなかった。


  第六章 非公開の東京都校長会


 東京都校長会の役員会は、その日も非公開で開かれていた。会議室の扉が閉まると、議題はすぐに本音へと移った。まったく……。文部科学省は『総合的な学習の時間』を充実させろと言うが、現場の教師の苦労を分かっているのだろうか。総合的な学習の担当の負担は、正直、限界にきている。」

 一人の校長がため息をつく。

「山間部の学校には山間部の文化がある。海辺の学校には海辺の歴史や産業がある。それぞれ地域性が違うのだから、本来は学校ごとに学びも違って当然なんだ」

「ところが現実は、いじめへの対応、学力向上、英語教育の充実、働き方改革……。次から次へと課題が押し寄せてくる。総合的な学習まで十分に教材研究する時間がない」

「言っている理論は分かる。大人になって、主体的に生き延びる力をつけ、そのための学習を子どものうちから、育てる。そんな事、簡単にできるか!」

 誰かがつぶやくと、会議室には苦笑が広がった。この話題は、一度や二度ではない。何年も繰り返されてきた議論だった。

 やがて、一人の校長が静かに口を開いた。

「それなら、現場を助けるエーアイ教師を、自分たちで研究してみないか」

 部屋の空気が変わった。

「エーアイ教師か?」

「そうだ。表向きは、算数の少人数指導を支援するエーアイ教師として研究を進める。しかし、その中に地域ごとの『総合的な学習の時間』を設計・支援できるプログラムを組み込むんだ」

「なるほど。それなら、それぞれの学校の特色を生かした教育課程づくりを、支援できるかもしれない。現場も助かる」

 校長たちは次々とうなずいた。現場の教師の負担を少しでも減らしながら、子どもたちに地域に根ざした学びを届ける。それが、この極秘プロジェクトの目的だった。

「では、この研究を進める担当の責任者は誰が引き受ける?」

 一瞬、会議室が静まり返る。すると、一人の校長がゆっくりと顔を上げた。

「東京都校長会役員の高藤幸一郎先生が適任ではありませんか」

 視線が一斉に高藤へ集まる。

「えっ……私ですか」

 思わず声が裏返る。

「現場を知り、教育課程にも詳しい。ぜひお願いしたい」

 次々と賛同の声が上がった。高藤は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりとうなずくしかなかった。

「……分かりました。できる限りのことはやってみます」

 こうして高藤幸一郎は、誰にも知られることのない極秘プロジェクト――エーアイ教師『総合的な学習プログラム』開発担当という、大きな役目を数年前から、背負うことになった。

 その決断が、やがて西さくら小学校で起こる、誰も予想しなかった出来事へとつながっていくことを、このとき知る者はまだ誰一人いなかった。


 東京都校長会の極秘プロジェクトは、水面下で着実に進んでいた。江戸川区西さくら小学校。その校舎の一角には、誰にも知られていない、もう一人の教師がいた。

 表向きの肩書は、「算数少人数指導担当教師」。各学級を回り、算数だけを教える、ごく普通のエーアイ教師である。しかし、そのエーアイ教師には、他のエーアイ教師には存在しない、ある特別なプログラムが組み込まれていた。

 それは――。

 『総合的な学習の時間・地域探究支援プログラム』地域の歴史、文化、産業、自然環境を学習データとして蓄積し、その学校だけの教育課程を提案する実験的なシステムだった。

 山の学校なら森林や林業。漁村なら海と漁業。都会なら都市防災や伝統文化。地域ごと学校ごとの特色を生かした学びをエーアイが支援する。データを分析し、その学年にあった具体的な活動を提案できるシステムである。東京都校長会が何年も議論を重ね、ようやく形にした試作機だった。もちろん、この存在を知る者は、ごくわずかしかいない。

 高藤幸一郎校長も、その一人だった。もし、この計画が世間に知られればどうなるだろう。文部科学省に無断で進めた実験だと、それこそ批判されるかもしれない。あるいは、教育現場の希望として評価されるかもしれない。誰にも分からなかった。だからこそ、秘密だった。


 ある日の夕方、高藤の携帯電話が震えた。

「高藤先生ですか。」

 聞き覚えのある低い声だった。

「はい。」

「実は、十一月の中旬、文部科学省から査察団が学校へ向かいます。」

 高藤の表情が一変する。

「……査察団?」

「詳しいことは申し上げられません。ただ、一部のエーアイ教師について確認したい事項があります。」

 電話は、それだけを告げて切れた。静まり返った校長室。高藤は受話器を見つめたまま、動けなかった。

 ――ついに来たか。


 西さくら小学校の高藤校長は、徹底的な査察を、今回も乗り切れるだろうか。そして、タイムスリップとは、意外なラストが待ち構えている。


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