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謎のAI教師  作者: 白石 遼


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4/8

主人公のサキたちは、夏休みに不登校になった家庭に出向く。そこで・・・

ポンコツAI教師の秘密は、どんどんと広がった。どんな事で不登校の子どもが、少しずつ学校へ行けるようになったのか。

この頃のエーアイ教師は、実によくできていた。開発当初は、授業だけができれば十分だと考えられていた。しかし、それは子どもたちに大きな違和感を与えた。先生は一度もトイレへ行かない。給食も食べない。疲れた様子も見せない。そんな教師を、子どもたちは「先生」というより、一台の機械として見始めてしまったのである。そこで十五年ほど前、大きな改良が加えられた。エーアイ教師にも、人間と同じ生活行動を組み込んだのだ。休み時間には職員用トイレへ向かう。もちろん、排泄をするわけではない。個室で一定時間待機し、子どもたちには「用を足している」ように見せるだけである。給食も同じだった。子どもたちと一緒に「いただきます」と手を合わせ、食事を口へ運ぶ。食べた物は特殊な処理装置を通り、そのまま体内を循環することなく固形化される。

 数時間後には、背中に設けられた小さな回収ユニットから取り出され、学校内のリサイクル設備で処理されていた。眠ることも、あくびをすることも、季節に合わせて汗をぬぐうしぐさを見せることも、すべて子どもたちが安心して、学校生活を送るための教育的な配慮をしたプログラムだった。技術の進歩は半端ない。それこそ最近のエーアイ教諭は、汗だけでなく落ち着く体臭まで出せるタイプも、出てくるまでになっていた。

 そうしてエーアイ教師は、年々、人間に近づいていった。だからこそ、サキとかすみが勘違いしたのも無理はなかった。校長宅の離れが、滝口先生専用の充電室。そこで夜になると、新しい学習プログラムや教育データが秘密裏にインストールされている──。

 そんな想像は、この時代を生きる子どもたちにとって、ごく自然な結論だったのである。


 夏休みも中頃を迎えていた。宇野サキと森川かすみは、自転車を押しながら住宅街を歩いていた。目的地は、中野みゆきの家。四年生の弟のアトから、不登校だった二人の住所を教えてもらったのだ。もちろん、いきなり話を聞かせてほしいとは言えない。そこでアトに協力してもらい、夏休みの宿題のプリントを預かった。それを届けるという口実だった。

「なんだか、緊張するね。」

 森川かすみが小さくつぶやく。

「うん……。」

 サキも胸の鼓動が少し速くなっていた。玄関の前に立ち、インターホンを押す。

ピンポーン。

 しばらくして、優しそうな女性が扉を開けた。

「はい。」

「あの……私、六年生の宇野サキと申します。中野みゆきさんのお宅でしょうか。」

「はい、そうですが。」

「弟のアトが、みゆきさんに渡してほしい物があるって頼まれて……。」

 女性はほっとしたように笑った。

「そうだったのね。どうぞ、上がってください。」

 二人は顔を見合わせ、小さく頭を下げた。居間へ通されると、奥から一人の女の子がゆっくり姿を見せた。肩まで伸びた髪。どこか不安そうな表情を浮かべ、小さな声で言う。

「……みゆきです。」

「こんにちは。」

 サキは笑顔でプリントを差し出した。

「これ。アトが渡してって。」

「ありがとうございます……。」

 みゆきは両手で大切そうに受け取った。少しだけ部屋に沈黙が流れる。サキは意を決して口を開いた。

「ねえ……一つ聞いてもいい?」

 みゆきは静かにうなずいた。

「滝口先生と、何を話したの?」

 みゆきは少し考えてから、小さく笑った。

「何を話したんだろう……。」

「えっ?」

「私ね、学校へ行けなくなってから、いろんな先生が来てくれたの。」

 サキとかすみは黙って耳を傾ける。

「どうして学校へ来られないの?って聞かれたり、みんな心配してるよって言われたり……。」

 みゆきは視線を落とした。

「でも、滝口先生だけは違った。」

 その一言に、二人は思わず顔を見合わせた。

「先生はね……。」

 みゆきは、あの日を思い出すようにゆっくり話し始めた。

「社会科見学の帰り、私の隣に座ってくれて。」

「うん。」

「私が話すことを、ずっと聞いてくれたの。」

「それで?」

「『そうか。』『そうだったんだ。』って。」

みゆきは少し笑った。

「それだけ。」

「理由は聞かれなかったの?」

「うん。一度も。」

 サキは驚いた。教師なら、まず理由を知ろうとする。どうして学校へ来られないのか。何があったのか。そう尋ねるのが普通だと思っていた。

「先生ね、何も解決してくれなかった。」

 みゆきはそう言って、少し照れくさそうに笑う。

「でも、それでよかったの。」

「……。」

「なんか、安心した。」

 部屋に静かな時間が流れる。

「それからね。」

 みゆきの表情が少し明るくなった。

「滝口先生の授業、見てみたいなって思ったの。」

「理科?」

「うん。」

「どうだった?」

 その瞬間、みゆきは思わず吹き出した。

「あの先生、変なんだもん。」

「変?」

「急につまんないダジャレ言うの。」

「えっ?」

「でもね。」

 ゆきは肩をすくめた。

「やっぱり、全然ウケない。私は、あれが、昭和のダジャレと覚えた。」

 サキとかすみも思わず笑ってしまった。

「しかも、先生、全然気にしないの。普通滑ったら落ち込むでしょ。先生、全然気にしないの。」

「えっ?」

「『はい、じゃあ次いこう。』って、そのまま授業を続けるの。」

 三人の笑い声が部屋に広がる。

「説明もね。」

 みゆきは続けた。

「ちょっと回りくどいし、話もあっちこっち行くし。」

「それ、分かる!」

 サキが思わず声を上げた。

「六年生の授業もそう!」

 かすみも笑いながらうなずく。

「理科なのに、昔の話ばっかり始まるし。先生の失敗話、スキあればダジャレ言うし。」

「そうそう!」

 三人は顔を見合わせ、大笑いした。笑いが落ち着くと、ゆきは静かに言った。

「でもね……。」

 その一言で、部屋はまた静かになった。

「なんだか、勇気をもらえるの。」

「勇気?」

「うん。」

「上手く言えないけど……。」

 ゆきは少し考えてから微笑んだ。

「先生を見てると、失敗してもいいんだって思える。これが最新型なのかも?そう感じた。」

 その言葉は、サキの胸にも深く残った。


 中野家を後にした二人は、自転車を押しながら歩き始めた。

「ねえ。」

 かすみが笑いをこらえながら言った。

「やっぱり六年生と同じ授業だったね。」

「うん。」

 サキも思わず笑う。

「あのダジャレ、本当に面白くない。」

「でも、なんか憎めない。」

 二人は顔を見合わせた。

「変なエーアイ教師だね。」

「うん。ほんとに変。」

 そう結論づけると、二人はもう一人の不登校の児童の家へ向かって、自転車をこぎ始めた。

もう一人の不登校の児童、野村ゆたかの家でも話を聞くことができた。内容は、中野みゆきとほとんど同じだった。滝口先生は理由を聞かない。ただ、隣で話を聞き、「そうか」「そうだったんだ」と静かにうなずく。それだけだった。それでも二人は、少しずつ学校へ来られるようになったという。結局、大きな収穫はなかった。

「やっぱり、よく分からない先生だね。」

 自転車をこぎながら、かすみがつぶやく。

「うん。エーアイなのに、なんだか人間くさい。」

 サキは苦笑いした。もしかして、未来から来たエーアイ教師かも。より人間的に完成された。まさかね。サキはふと、そう思った。その時だった。遠くの空が急に黒い雲に覆われる。

「なんか、降りそう。」

 言い終わるより早く、突然、大粒の雨が落ちてきた。

「うわっ!」

「急ごう!」

 二人は必死にペダルをこいだが、あっという間に土砂降りになってしまう。夏には珍しくない夕立だった。天気予報を見なかった自分たちが悪い。そう苦笑しながら、西さくら小学校近くの大きな桜の木までたどり着いた。豪雨だ。枝が大きく広がり、少しだけ雨をしのげる。

「まだ降りそうだね。ここで雨宿りだね。」

「うん。しばらく待つしかないかな。」

 二人は大きな桜の木の幹にもたれ、雨を眺めていた。ふと、サキの目に小さな立て看板が映った。桜の木の根元に、小さめな古びた木製の案内板が立っている。

「あれ?」

「こんなの、前からあった?」

 近づいてみると、文字は雨風にさらされ、ところどころ消えかけていた。

「私たち、今まで気づかなかったんだね。」

 かすみは少し照れくさそうに笑う。

「毎日通っているのに。」

「なんか、もったいない生き方していたかも。」

 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

「何て書いてあるんだろう。」

 サキが身を乗り出した、その瞬間だった。

ピカッ――。

 空が真っ白に光る。ドドドドーンッ!!耳をつんざくような雷鳴が響いた。

「きゃっ!」


  第四章 桜の木の伝説


 二人が思わず身を縮めると、雨の中を一人の少年が駆け込んできた。

「あー、びっくりした!」

 息を切らしながら桜の木の下へ飛び込んでくる。

「あれ?」

 少年はサキを見て目を丸くした。

「宇野サキさん?」

「あっ……。」

 サキも思わず声を上げる。

「浜田エイト。」

「おいおい、呼び捨てかよ。」

「失礼しました。」

 サキはわざとらしく頭を下げる。

「浜田エイトさん。」

「それならよろしい。」

 三人は思わず笑った。

「どうしたの?」

 かすみが尋ねる。

「さっきまで、あそこで壁に向かってキャッチボールしてた。」

 エイトは校庭の外壁を指さした。

「どこのファンだっけ?」

「ベイスターズ。」

「へえ。」

 サキは少し驚く。

「今、一番日本で強いチームじゃない。たしか、三年連続日本一だったよね。」

「おっ、よく知ってるな。」

「そのくらい、常識」

 そして、尋ねた。

「誰が、好きなの?」

「サードの滝田選手、守備が上手いんだ。」

 サキは、心の中で、それとサキと言ってくれないかな?と妄想した。それは、顔に出さずに、

「へぇ、そうなの」

 そこに、かすみが突っ込む。

「エイトさん、一人で壁に投げているのは、正確にはキャッチボールとは言わないけど。」

 エイトは、確かにと思ったが、

「うるさい。」

 エイトは照れ隠しのように笑った。サキもつられて笑う。本当は、少し違う理由で胸が高鳴っていた。

 浜田エイト。同じ学校の六年生。運動が得意で、誰にでも優しい。サキは、そんな彼に密かな憧れを抱いていた。だからこそ、平気なふりをして、つい強気な口調になってしまう。その様子を見ていたかすみは、何も言わずに、にこにこ笑っていた。どうやら全部お見通しらしい。

 するとエイトが、古びた立て看板を指さした。

「そういえば、その立て看板の話、知ってる?」

「えっ?」

 サキとかすみは顔を見合わせる。

「知らない。」

「やっぱり。」

 エイトは少し得意そうに笑った。

「俺、この辺でよく野球しているから、何回か読んだことあるんだ。」

 看板をのぞき込みながら続ける。

「文字が消えていて全部は読めないんだけどさ。」

「うん。」

「この桜の木には、昔から伝説があるらしい。」

「伝説?」

「大雨と雷とそれと何かが重なった日に、この木の近くにいると、時間を越えることがある……って。時空の歪みか、何かが起こる。そんな事、書いてあったよ。」

「時間を越える?」

 サキは思わず聞き返した。

「つまり、タイムスリップ。」

 エイトは笑いながら言う。

「もちろん、ただの伝説だけど。もしかすると、俺たちの周りに、未来から来ている人が、ちゃっかりいるかも」

 そう言って、隣の桜の木の折れた太い枝を指さした。

「ほら、あの幹。」

 見ると、大きな枝が途中から無残に裂けていた。

「去年の夏、雷が落ちたんだ。」

 二人は黙って見つめる。

「……。」

「信じてないだろ?」

 エイトは肩をすくめた。

「まあ、俺もだけど。」

「伝説なんて、そんなもんだよ。」

 雨宿りをしながら、宇野サキは胸が少しだけ高鳴っていた。何かを話したい。でも、何を話せばいいのか分からない。しばらく降り続く雨を見つめたあと、思い切って口を開いた。

「ねえエイトさん……最近、嬉しかったことってあった?」

 浜田エイトは目を丸くした。

「え? 何だよ、いきなり。」

「いや……何かあったのかなって思って。」

「そうだなあ。二つあるかな。」

「えっ、何?」

 サキは思わず身を乗り出した。屋根をたたく雨は、ますます激しさを増していく。

「一つは、この前のワールドカップだな。日本が二回目の世界一になったこと。」

「あー、それ分かる!」

 横から森川かすみが勢いよく口を挟んだ。

「ずっと決勝までは行くのに、なかなか二回目の優勝ができなかったもんね。」

「ああ。イタリアとの決勝に勝てた時は、本当に嬉しかった。今まで生きてきて良かったって思ったよ。」

「おいおい、今何歳だよ!」

 かすみが笑いながら突っ込む。

「十一歳。来年の三月で十二歳。」

「そういう意味じゃないって!」

 三人は思わず声を上げて笑った。ひとしきり笑ったあと、サキはもう一度聞いた。

「それで……もう一つは?」

 エイトは少し照れくさそうに笑った。

「もう一つはね――こうやって、サキさんたちと、どうでもいい話ができたことかな。」

 その瞬間、ザーッという激しい雨音が屋根を打ちつけた。言葉の最後は雨に飲み込まれ、サキの耳には届かなかった。

「え? なんか言った?」

 聞き返したものの、雨音は答えをかき消してしまう。

(今……私のこと、言ったのかな。)そんな気がした。

 やがて、まるで誰かが空の蛇口を閉めたように雨はぴたりと止んだ。雲の切れ間から夏の青空がのぞき、やわらかな陽射しが少しずつ顔を出すようになった。

 浜田エイトは、雨上がりの空を見上げながら静かに続けた。

「どうでもいいことの中にさ、なんか「幸せ」ってあるような気がするんだよね。」

 サキとかすみは、黙って耳を傾けていた。

「別に、ベイスターズが日本一になっても、ワールドカップで日本が世界一になっても、俺のところに一円も入ってくるわけじゃない。」

 エイトは少し笑って肩をすくめた。

「でも、応援していたチームが勝つと、本当に嬉しいんだ。そういう気持ちって、生きる活力になると思う。」

 一呼吸おいて、穏やかな口調で続けた。

「だから、ときめきって大事なんじゃないかな。」

 その言葉を聞いたサキは、別の意味で胸が高鳴っていた。

(私……今、ときめいている。)

 自分でも理由は分からない。ただ、心臓だけが少し速く鼓動を打っていた。すると、かすみが腕を組みながら、じっとエイトを見つめた。

「ねえ、エイトさん。」

「ん?」

「あなた、いったい何歳なの?」

 エイトはきょとんとした表情で答えた。

「十一歳だけど。さっき言ったよね?」

 かすみは思わず額に手を当てた。

「そういう意味じゃないの!」

 そして笑いながら叫んだ。

「バカっ!」

 その一言で、張りつめていた空気が一気にほどけた。

「はははは!」

「あははは!」

 三人の笑い声は、雨上がりの澄みきった青空へ、どこまでも響いていった。笑いの声が空に響いたのか、その時、不思議なくらい明るく晴れ間が覗いた。急に雨脚が弱まり、厚い雲の切れ間から明るい青空がのぞく。

「雨が止んだ。」

 エイトはグラブを頭に乗せた。

「じゃあな。」

 爽やかな笑顔を二人に残し、軽く手を振ると、そのまま夏の眩しい陽射しの中へ走り去っていった。サキは、その後ろ姿をぼんやりと見送っていた。

「もう、見えなくなったよ。」

 かすみが笑いながら言う。

「えっ?」

「サキ。」

「な、何?」

「ほんと、分かりやすい。」

「もう!」

 サキは顔を真っ赤にしながら、自転車のペダルを勢いよく踏み込んだ。その時はまだ、三人とも知らなかった。あの古びた立て看板に刻まれた伝説が、決して作り話ではなかったことを。


 そして、先ほどのサキたちの雨宿りの場面を、見ていたグループがいた。雨は少しずつ弱まり始めていた。校舎裏の渡り廊下から、四人組の女子が笑いながら歩いてくる。先頭を歩いていたのは、六年一組の吉田ナナだった。

「あれ?」

 ナナは足を止めた。

「あそこ見て。」

 視線の先には、大きな桜の木の下で雨宿りをするエイトとサキたちの姿があった。三人は雨を眺めながら、静かに話をしている。ナナたちは物陰に隠れるように立ち止まり、思わず耳を澄ませた。その時、風に乗ってエイトの声だけが聞こえてきた。

「……どうでもいいことの中にさ、幸せってあるような気がするんだ。」

 その続きは雨音に消えた。

「えっ?」

 ナナは思わず笑った。

「何、それ。エイトがそんなこと言うの?」

 隣の友達も吹き出した。

「恋愛ドラマみたい。」

「違うよ。なんか先生みたいじゃない?」

 ナナはもう一度、二人を見た。エイトもサキも、特別な表情をしているわけではない。ただ、雨が上がるのを待ちながら話しているだけだった。

「ねえ、この話、みんなにしたら面白くない?」

 その一言に、三人は顔を見合わせる。

「『エイトが急に人生語ってた』って?」

「絶対ウケる。」

 四人は笑いながら、その場を去っていった。誰も悪気はなかった。ただ、少し面白い話を見つけたと思っただけだった。

 しかし、その何気ない一言は、翌日には教室へ、廊下へ、そして学校中へと静かに広がっていくことになる。そしてエイト自身も、その言葉が思いもよらない形で、誰かの心に残ることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。

 


ナナたちが軽い気持ちで広めた噂は、この後、どんな展開になっていくのだろう。


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