主人公サキは、違和感を覚えるAI教師を仲間と共に、その秘密を夏休みに探ります。
文部科学省の安藤たちは、情報提供のAI教師を、果たして他のAI教師たちとの違いを見つけることができるのでしょうか。
視 察
高藤幸一郎校長は、文部科学省の安藤たちの姿を、目線を伏せてチラチラと見つめた。
「……。」
思わずネクタイを直す。こんなに落ち着かない日は久しぶりだった。頼む。今日だけは、何事も起きないでくれ。校長は、そう願うしかなかった。校長の視線は、一人の教師を追っていた。
安藤と加藤あき、そして文部科学省の視察団と校長は、西さくら小学校の校舎内を順番に見て回っていた。
「六年二組です。」
校長の高藤が静かに案内すると、安藤は教室の中へ視線を向けた。教壇に立っていたのは担任の磯野先生だった。児童の発言を的確に拾い、次の指示を出す。その流れには一切の無駄がない。板書のタイミング、映像教材への切り替え、児童への声かけまでもが、まるで秒単位で計算されているかのようだった。安藤は小さくうなずき、携帯端末へ記録を入力した。
「磯野先生……正常。問題なし。」
いかにも最新型エーアイ教師らしい、完成度の高い授業だった。視察団はそのまま校舎内を歩き続ける。その途中、一人の教師の姿が安藤の目に留まった。
「……ほう。」
思わず足を止める。廊下の向こうを歩いていたのは、白髪交じりの老人教師だった。
「今どき、あのタイプとは珍しいな。」
安藤はデータベースを照合するように目を細める。
「旧型モデルか。外見もかなり昔の設計だ。バージョンも相当古そうだな。」
その言葉を聞いた加藤あきも老人教師へ目を向けた。しかし、加藤が感じたのは性能の古さではなかった。
(……何だろう。この先生。)
胸の奥がわずかにざわつく。理由はわからない。それでも直感が告げていた。
(この先生かもしれない……。)
三時間目。
老人教師は六年二組で理科を担当するらしい。単元は「星の動き」。
「少し、この授業を見てみましょう。」
加藤の提案に、安藤も静かにうなずいた。やがて始業のチャイムが校舎中に鳴り響く。児童たちは席に着き、静かに先生を待っている。
しかし、一分ほど経ってから教室の扉が開いた。
「おはようございます。」
穏やかな声とともに、ニコニコしながら滝口先生が教室へ入ってきた。その様子を見た安藤は、すぐに分析を始める。
「やはり旧式だ。」
小さくつぶやく。
「授業開始時刻とのタイムラグ、一分三秒。内部クロックの同期精度が低いのか……。」
そう判断した安藤の横で、加藤は滝口先生から目を離せなかった。
(違う……。)
遅れてきたことよりも、私には別の何かが気になる。その”何か”の正体を、まだ言葉にすることはできなかった。滝口先生は、授業を始める前に、教室中をゆっくりと見渡した。一人ひとりの子どもの表情を確かめるように目を向けると、ふっと口元を緩めた。
「みんな、理科するよ。……リカイしてね!」
一瞬の静寂。そして教室のあちこちから、「あはは……」という白けた笑いが漏れた。その様子を見ていた安藤は、小さく眉をひそめる。
(これは、かなり古いバージョンだな。コミュニケーションの仕方が初期そのものだ。)
エーアイ教師の会話プログラムとしては、あまりにも時代遅れだった。
(最初のコミュニケーションとしては、この時代の子どもにとって最悪だ)
そう判断した。一方、隣で授業を見ていた加藤あきは、まったく違う印象を抱いていた。
(なんだろう……温かみがある)
子どもたちの表情を見て、その場の空気を和ませようと、とっさにダジャレを口にしたようにも見える。
(既存のプログラムじゃない。オリジナルの思考パターンが組み込まれている……)
加藤は胸の中でつぶやいた。
(民間のデータを勝手にインストールしたものか……。それとも、もっと別の何かがあるのか)
疑問は膨らむばかりだった。授業が始まると、滝口先生は予定していた内容を予想以上の速さで終わらせた。残り時間になると、昔、自分が体験した理科の失敗談や思い出話を交えながら、子どもたちと笑い合っている。時間配分など、およそ最新のエーアイ教師とは思えない。
その光景を見た安藤は、(かなりポンコツだな)と心の中で苦笑した。
しかし、
(まあ、いろいろなタイプのエーアイ教師がいた方が、情操教育を考えると、子どもたちの成長にはプラスかもしれない)
そう結論づけ、それ以上気に留めることはなかった。その横では、高藤幸一郎校長が穏やかな表情で授業を見つめていた。
(相変わらず滝口先生は、子どもたちを飽きさせない工夫をしているな)
校長には、それがいつもの滝口先生の授業に映っていた。文部科学省の視察団も特に異常は感じず、安堵した表情で教室を後にした。ただ一人、加藤あきだけが、胸の奥に残る小さな違和感を消すことができずにいた。
視察を終えた文部科学省の視察団は、西さくら小学校を後にした。
「どのエーアイ教師にも異常は認められません。児童に害を及ぼす恐れもありません。」
視察の後の、校長室での報告に、管理職の誰もが異論はなかった。校庭の端で、高藤幸一郎校長は、遠ざかっていく公用車を静かに見送っていた。
「害がない……か。」
思わず、小さくつぶやく。確かに、その判断は間違ってはいない。エーアイ教師は暴言も吐かず、体罰もなく、バージョンの違いはあっても授業は正確だ。子どもたちを傷つけることはない。
しかし――。
(教育は、本当にそれだけなのだろうか。)
子どもの心が動いた瞬間を見逃さず、寄り添い、励まし、ときには一緒に悩む。失敗を受け止め、成功を心から喜ぶ。そうして少しずつ育まれていくものこそが、「教育」ではないのか。知識の獲得だけではない。
害がないことと、心を豊かに育てることは、決して同じではない。高藤は、夏空を見上げた。青く澄んだ空の向こうで、時代は確かに変わろうとしている。
だが、人が人を育てるという営みまで、本当に変わってしまってよいのだろうか。その答えを、まだ誰も知らなかった。
第三章 夏休み 秘密探り隊の出動
夕食の時間だった。食卓には湯気の立つ味噌汁が並び、テレビからは静かにニュースが流れている。サキはぼんやりと箸を動かしていた。向かいに座る弟のアトが、不意に口を開いた。
「ねえ、お姉ちゃん。」
「ん?」
「滝口先生って、すごい先生なんだね。」
その名前を聞いた瞬間、サキは顔を上げた。
「どうしたの、急に。」
「ぼくのクラスに、不登校だった子が二人いるでしょ。」
「ああ、いるって聞いたことある。」
「その二人がさ、滝口先生の理科がある日だけ、学校へ来るようになったんだ。」
サキの箸が止まった。
「……本当に?」
「うん。ぼくも最初は信じられなかった。」
学校へ来られなかった子どもが登校する。教師なら誰もが願うことだ。しかし、それは簡単に起きるものではない。それなのに、理科の日だけ登校する。そんな話は聞いたことがなかった。
「どうして滝口先生なの?」
アトは少し考えてから答えた。
「春に四年生の社会科見学で、ごみ処理施設へ行ったんだ。」
「うん。」
「担任の先生と一緒に、補助の引率で滝口先生も来てたんだよ。」
「へえ。」
「帰りのバスまで少し時間があってさ。その時、滝口先生がさ。二人とずっと話してたらしいんだ。」
「何を話したの?」
「そこまでは誰も知らない。でも、その日の後からなんだ。」
アトは首をかしげた。
「学校には普段来ないのに、理科のある日だけは、時々来るようになったんだ。」
サキは言葉を失った。あの滝口先生なら、あり得るのだろうか。道徳の授業で見せた、あの優しい笑顔。答えを教えるのではなく、一緒に考えようと言ってくれた先生。エーアイ教師にはない何かを、滝口先生は持っている。そんな思いが、胸の中で少しずつ大きくなっていった。もうすぐ夏休み。時間は十分ある。翌日、サキは親友のかすみを校庭の隅の鉄棒の所へ、呼び出した。
「ねえ、夏休みに付き合ってほしいことがあるんだけど。」
「なに?」
サキは小さく息を吸い、静かに言った。
「滝口先生のこと、調べてみない?」
かすみは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。
「面白そう。その調査、私も参加する。」
「せっかくだから、調査隊の名前つけよう。」
「何にする。」
「うーん、秘密探り隊。」
「単純、でも、いい。それで行こう。みんなには内緒でね。」
こうして二人だけの、小さな夏休みの調査が始まろうとしていた。夏休みに入って三日目。サキとかすみは、西さくら小学校の正門が見える公園のベンチに座っていた。
「本当に来るかな。」
「理科の教材を取りに来るかもしれないって、アト君が言ってたじゃない。」
朝から待ち続けて二時間。諦めかけたその時だった。
「あっ!」
かすみが小さく声を上げた。校門から一人の教師が姿を現した。白いワイシャツに、少し古びた肩掛けバッグ。見慣れた後ろ姿だった。
「滝口先生!」
二人は慌てて立ち上がり、気づかれないように後をつけた。滝口先生は住宅街をゆっくり歩いていく。やがて、一軒の家の前で立ち止まった。
表札には、高藤と書かれている。
「えっ……。」
サキは思わず声をのみ込んだ。
「校長先生の家……。」
滝口先生は慣れた様子で門を開け、そのまま中へ入っていった。玄関のドアが静かに閉まる。
二人は顔を見合わせた。しばらく誰も口を開かなかった。
やがて、かすみが小さくつぶやく。
「なんで……。」
サキの頭の中に、次々と疑問が浮かんでくる。エーアイ教師には、それぞれ専用の居室が学校の管理棟に用意されている。メンテナンス部屋である。授業が終われば、そこで充電し、学習データの更新や点検を受ける。生活のすべては学校の中で完結する。それが、この時代の常識だった。
なのに——
滝口先生は、校長の家へ帰った。帰った……?その言葉が、サキの胸に引っ掛かった。
「おかしいよ。」
サキは思わずつぶやいた。
「エーアイ教師が、校長先生の家に行く理由なんてある?」
かすみも静かに首を振る。
「ない……と思う。」
風が木々を揺らし、蝉の声だけが辺りに響いていた。サキは高藤の表札を見つめたまま、胸の鼓動が速くなるのを感じていた。
滝口先生。あなたは、本当にエーアイ教師なの——?
その疑問は、今まで感じていた小さな違和感を、一つの大きな謎へと変えていった。校長宅の門の外から、二人は庭の様子をそっとのぞいた。玄関の脇には、小さな離れのような部屋が建っている。窓はすりガラスになっていて、中はよく見えない。
「あれ……。」
かすみが小声で言った。
「なんだろう、あの部屋。」
サキも目を細める。
「もしかして……。」
その瞬間、二人の考えは同じだった。
「充電室?」
エーアイ教師には、それぞれ専用の居室がある。授業が終われば充電し、学習データを更新し、必要に応じてプログラムを書き換える。そんな話を、学校の授業で習ったばかりだった。
「学校じゃなくて、ここでやってるのかな。」
「試作だから……?」
かすみの一言に、サキは大きくうなずいた。
「そうかもしれない。」
滝口先生は、まだ正式配備前の特別なエーアイ教師。だから学校ではなく、校長先生の管理のもとで運用されている。そう考えれば、すべて説明がつく。
「それにさ。」
かすみは少し興奮したように声をひそめた。
「新しいエーアイって、いきなり全国には導入しないよね。」
「うん。まず東京都で試して、うまくいったら全国へ。」
「だから秘密なんじゃない?」
サキは離れを見つめた。きっとあの部屋には、最新の設備がある。夜になると滝口先生はそこで充電し、新しい知識や教育プログラムがインストールされる。そして翌朝には、また学校へ向かう。
「なるほど……。」
サキはひとり納得したようにつぶやいた。
「東京都の校長会が進めている極秘プロジェクトなのかもしれないね。」
「だから誰にも言わないんだ。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。高藤校長先生、前に東京都校長会の役員だって、どこかで私聞いたよ。総合的な学習の担当だった。たぶん。
これで謎は解けた。そう思った。だが、その結論こそが、大きな思い違いだったことを、二人はまだ知らない。
この後、桜の木の伝説を主人公サキたち二人は、偶然耳にして、タイムスリップの条件を友達から聞くことになります。




