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謎のAI教師  作者: 白石 遼


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2/8

文部科学省職員が視察に向かう。その中で、文部科学省の安藤は、AI教師導入について話を始める。

日本の教育を確保するため、また、教師不足を補うため、本腰を入れて、日本政府はAI教師の導入に踏み切った。

「江戸川区の西さくら小学校で、少し気になる報告が入った。現地を確認しよう。」

 加藤あきは端末を閉じると、すぐに立ち上がった。

「公用車を手配しますか?」

「いや、自動運転車で十分だ。学校には連絡を入れずに向かう。」

「抜き打ちですか。」

「ああ。本当に異常があるなら、普段の様子を見たい。」

 加藤あきは、ニヤッとした。


  マスク論争 空気が読めない子どもを育てている。


 安藤は、静かに外を見つめながら言った。

「加藤さん。何がエーアイ教師導入のきっかけになったか、知っているか?」

 加藤は首を横に振った。

「いいえ。教師不足だとは聞いていますが……。」

「それだけじゃない。始まりは、2020年代のマスク論争だった。」

「マスク論争……ですか?」

「ああ。新型感染症が世界中に広がり、人々はマスクを着ける生活になった。流行が落ち着いたあとも、不思議と日本では長い間、その後もマスクを外せない人が多かった。」

 加藤は黙って耳を傾けた。

「当時は誰も気づかなかった。しかし十年ほど経って、ある共通点が見えてきたんだ。」

「共通点ですか。」

「学校で問題行動を起こす子どもたちを調べると、家庭でも日常的にマスクを着けて生活しているケースが少なくなかった。」

「そんなことが……。」

「子どもは、親の笑顔や困った顔、安心した表情を見ながら感情を育てていく。ところが、それが見えない。見えないまま育ったいったんだ。表情を読む経験が減れば、相手の気持ちを想像する力も育ちにくい。」

 加藤は、思わず息をのんだ。

「つまり、顔が見えない環境が続いたことで、不安を抱えたまま成長する赤ちゃんや、子どもが増えた……ということですか。」

「もちろん、それだけが原因ではない。家庭環境や社会の変化も重なっていた。だが、専門家の間では、長期間にわたる表情の見えにくい生活が一因になった可能性が指摘されるようになった。」

 安藤は、少し寂しそうに笑った。

「意味のない場面では、顔を見せて笑い合う。それだけでも子どもは安心する。そんな当たり前のことを、あの当時の多くの大人がなぜか忘れてしまったんだ。余裕がなかったのかも知れない。」

 室内に、しばらく沈黙が流れた。やがて加藤が、小さくつぶやいた。

「だから教師の負担も限界になった……。」

「ああ。子ども同士のトラブルは増え、教師は心をすり減らした。教員の退職者が相次ぎ、人手だけでは学校が回らなくなった。」

 安藤は前を向いたまま続けた。

「その結果、2030年代に入ると、都市部からエーアイ教師の導入が本格的に始まった。効率と公平性を求めた社会が、そういう時代を選んだんだ。」

 加藤は深くうなずいた。

「そういうマスクをしている時代が、本当にあったんですね。今では考えられないですけど……。」

 安藤は、静かに窓の外を見つめながら言った。

 加藤は首を横に振った。

「……子ども同士のケンカが、とにかく、あまりにも増えたことだ」

 加藤は首をかしげた。

「それとエーアイ教師が、どう関係するんですか?」

「ケンカやトラブルが起きれば、当然、家庭を学校へ呼んで事情を説明する。ところが、その頃はまだ感染症の影響が色濃く残っていてな。学校へ来る保護者の多くが、マスクを着けたままだった」

 加藤は続けた。

「教師もマスク。保護者もマスク。お互いの表情がほとんど見えない。大人同士なら、長年の経験で、目の動きなどで何となく空気を読むことはできる。言葉の裏にある気持ちも、ある程度は想像できる」

 そこで一度言葉を切り、加藤を見つめた。

「だが、子ども同士のケンカは違う。まだ心が未発達だ。当然、表情も読み取れず、本当は何を感じ、何を考えているのかが分かりにくい。誤解はさらに誤解を生み、話し合いは何度も平行線をたどった」

 加藤は、静かに頷いた。

「その対応を続けた教師たちの心は、少しずつ教育の志を削られていった。教育への情熱だけでは支えきれないほどにな。その当時の教師は、今から思えば本当に大変だった思う。そして国は、人間の感情に左右されないエーアイ教師の導入を、本格的に進めるようになったんだ」


 三十分後、二人と事務関係を乗せた文部科学省の公用自動運転車は、静かに庁舎を離れ、江戸川区西さくら小学校へ向かって走り始めた。その頃、学校では何事もなかったかのように、一時間目の授業が始まろうとしていた。

 安藤たちを乗せた自動運転車は、静かに西さくら小学校へ向かっていた。窓の外には、高層ビルが流れるように過ぎていく。その景色を眺めながら、安藤は数年前の引き継ぎの日を思い出していた。退職を間近に控えた佐藤係長が、コーヒーカップを片手に話しかけてきた。

「おい、安藤。」

「はい、佐藤先輩。」

「実はな、このエーアイ教師構想を最初に提案したのは俺なんだ。」

 安藤は少し驚いた。

「そうだったんですか。」

「ああ。最初は誰も相手にしなかった。『教師をエーアイに置き換えるなんてあり得ない。』そう言われ続けたよ。」

 佐藤は苦笑しながら続けた。

「だが、その頃は教師の不祥事が後を絶たなかった。体罰、パワハラ、セクハラ、集金の横領、教員同士の不倫、個人情報の流出……。毎日のように何かが起きていた。特に、保護者との関係が大変だった。」

 安藤は黙って耳を傾けた。

「学校現場は、保護者対応でも疲弊していた。保護者の理不尽な要求でも、学校は感情的になれない。ただ頭を下げ、我慢しながら話を聞き続けるしかなかった。大変な時代だった。」

 佐藤は大きく息をついた。

「保護者も悪気があるわけじゃない。ただ、誰かを悪者にすることで、自分が救われる人もいるんだ。当然、矢面に立っている担当した教師は、心労が溜まる。まあ、教師も人間だからな。」

 安藤は、静かに耳を傾ける。

「そして、悩んだ末、自殺をする教師まで出た。別に担任教師が悪いわけではない。真面目な教師ほど、上手く対応しなかった自分を責める。そして、苦しんだ末、命を絶つ教師まで出た。そのデータは。ネットで少し調べたらわかる。人間は追い込まれると、冷静な判断ができなくなるからな。たとえ教師でも。」

「はあ、そこまで」

「育てたように、子は育つ。聞いた事あるか?」

「はい」

「子どもは親の言動を、実は赤ちゃんの頃から見ている。嫌味を言えば、子どもも嫌味を言うようになる。人に優しく接しているのを見れば、自然と子どもも人に優しく接する。親切にする親なら、子どもも自然と人に対して親切になる。逆を言えば、家庭できつい言葉を発している親は、子どもも当然、それを学ぶ。まあ、時には、トンビが鷹を産むことがあるが、まれだ。」

「まあ、そうなりますね。」

「あのな、長年教師をしているとな、子どもの言動から、教師はその家庭が見える。クレームを入れるのは、やはりあの児童の親か!、そう思いながらも対応するしかない。何しろ親は子どもの話を鵜呑みにする。そして良かれと思って、担任に伝えに来るから、タチが悪い。何しろ親が気づいてない。子どもは、自分に都合の良くない事は、親に伝えるわけがない。当たり前の話だ。クレームを入れてくる家庭の子どもは、一部、虐待されているとのデータもあった。子どもも、自分を守るために都合よく親に伝える訳だ。まあ、子どもの気持ちも何となく分かる。」

「でも、それこそ辛い立場ですね。担任は」

「そう、たくさんの教師が追い込まれた。もちろん文部科学省も、かなり追い込まれた。人材不足だ。クラスには、三十五人もいる。それを担任一人で見ている。それぞれの子どもが何かを抱えている。その人数とクラス数だ。特に、東日本大震災以降は、みんな大人も子どもも余裕がなくなった。特に親が余裕がなくなった家庭は、とにかく悲惨だ。本当にギクシャクした時代になった。誰かのせいにしたいのさ。当然、学校のせいにするのが一番手っ取り早いし、自分を正当化しやすい。」

「困ったもんですね。まあ相談を受ける教師は、本当に、たまったもんじゃないですね。」

「そうなんだよ。」

「確かに、学校は、どんな保護者に対しても、誠実に対応しようしますしね。じゃないと、なんだあの担任の態度は。ってなりますからね。」

「そう、しかも無料だ。無料でストレス発散できるアイテムになってしまった。もし、有料ならまた、少しは変わったかもしれない。まあ、保護者も表向きは、子育てに必死なのだろう。」

「そう、それが、保護者の勘違いでもあるんだけどね。困ったことに、何でも学校のせいにする保護者まで現れた。呆れたもんだ。そこで」

「何か、手を打たないと日本が持たない。教師が病んでしまうのも、分かる気がします。」

「そうだ。」

 安藤は静かにうなずいた。

「いつの間にか、社会は教師に『完璧』を求めるようになった。そして、人間に完璧は無理だという結論に至った。」

 室内に短い沈黙が流れる。やがて佐藤は、少しだけ誇らしそうな表情を浮かべた。

「それでエーアイ教師の導入だ。試験運用が始まると、驚くほど問題が減った。」

「確かに、エーアイ教師なら体罰も横領もしませんし、もちろん不倫もしません。体調も崩しませんし。文句も言わない。」

 安藤がそう言うと、佐藤はニヤッと笑った。

「そういうことだ。感情に左右されない。情報も漏らさない。保護者にも冷静に対応する。教育行政が求めていた教師像そのものだった。しかも、保護者との会話を録音機能の活用で、データ化できる。ビックデータとして、今何が求められているのか、保護者からのクレームで、情報が教育業界全体で、その地域で共有できる。画期的だった。」

 そこで佐藤は真顔になった。

「だがな、安藤。一つだけ忘れるな。」

「何でしょうか。」

「エーアイ教師は完璧だ。だからこそ、もし完璧ではない教師が現れたら……それは故障か、人間か、そのどちらかしかない。」

「もし、違反して指導する人間がいたのなら、その人間は首都圏には、いられない。それは教師を守るためにできた法律だ。教師は保護者対応で、どれだけの教師が病んだか。教師を守るために、やっと学校教育人事規則も十年前に改訂された。」

 その言葉だけが、安藤の胸に深く残っていた。

……まさか。

 安藤は車窓から流れる景色を見つめた。江戸川区西さくら小学校の一本の報告メール。

『理科担当のエーアイ教師が、教育プログラムにない発言を繰り返しています。』

あの言葉が、頭の中で静かによみがえる。

「故障か、人間か。」

 自動運転車は間もなく、西さくら小学校へ到着しようとしていた。


 西さくら小学校へ到着すると、夏の日差しの中、額に汗をにじませた校長・高藤幸一郎が足早に車へ近づいてきた。

「これは、どうも。突然のご来校とは……何かありましたか?」

 安藤は穏やかな笑みを浮かべた。

「急にお邪魔して申し訳ありません。少し気になることがありましてね。校内を見て回らせていただいてもよろしいでしょうか。」

「もちろんです。どうぞ、ご自由にご覧ください。」

「助かります。」

 安藤たちは、あくまでも文部科学省による通常の学校視察という体裁を崩さず、校舎へ足を踏み入れた。しかし、高藤は安藤の表情から、単なる視察ではないことを感じ取っていた。安藤たち視察団が、まず校長室へ入る。高藤校長が挨拶をする。

「ようこそ、西さくら小学校へ。」

 副校長の浅井かおりが、学校の概要を説明した。そして、安藤がメンバーを紹介する。

「こちらが加藤です。」

 その瞬間だけ、高藤校長の表情がほんの少し変わる。

「……加藤さん、ですね。」

 加藤も一瞬だけ、校長を見る。

「……よろしく、お願いします。」

(何かを疑っているのか……。)

 校長は、そう思った。顔には出さない。それでも、胸の奥に小さなざわめきが広がっていく。安藤たちは廊下をゆっくりと歩き、そのまま教室へと向かった。教室からは、子どもたちの元気な声が聞こえてくる。そして視察団は、六年二組の教室前に着いた。担当しているのは、エーアイ教師の磯野かえで。安藤たちはその廊下で、一言も発することなく中の授業の様子を見つめ始めた。


 この後、タイムスリップに関する情報が、主人公サキに入ることになる。

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