となりの席になった日 -詩side-
春は、少しだけ苦手だ。
新しい出会い、新しい生活、明るい風景。
それらすべてが「ちゃんとしなきゃ」ってプレッシャーに見えてしまう。
笑って。元気で。誰かの理想通りの私でいなきゃいけない。
今日も私は、その“仮面”を忘れずにつけてきた。
初回の講義が始まる15分前。
教室の入り口で周囲を見渡しながら、できるだけ目立たない席を探す。
後ろすぎると怠け者っぽく見えるし、前すぎると目立つ。
真ん中あたり、窓際の二列目。ほどよく静かで、光がやさしく差し込む場所。
そこに、ひとりで座っている男子がいた。
……この人、ちょっと雰囲気が違う。
下を向いて、スマホをいじってはすぐ伏せる。誰とも話さず、周囲にも関心がなさそう。
でも、その孤独に、なぜか惹かれた。
「ここ、となりいい?」
声をかけたとき、彼は少しだけ驚いた顔をしていた。
「どうぞ」
その声は静かで、でも冷たくはなかった。
私はにこっと笑って、いつものように明るく言葉を続ける。
「初回って、席選び迷うよねー。なんとなく窓際って落ち着く」
彼は「そうですね」と、やっぱり短く返すだけ。
でもその目は、私の顔をきちんと見ていた。
ちゃんと聞いて、答えてくれようとしてる。
(あ、こういう人、珍しいかも)
心を閉ざしているようで、どこかで“他人との距離”を丁寧に測ってる感じ。
「詩って言います。名前、なんていうの?」
「健司……です」
少し間があって、名前を名乗ってくれた。無視するわけでもなく、嫌がるでもなく。
この人は、ただ不器用なだけなんだろうなって思った。
「よろしくね、健司くん。ノート取る派? それとも聞く派?」
……こうして普通の会話を繋げていくのは、ある意味、私の“得意技”だ。
誰とでも明るく話せる、いい子に見える。それが「私の役割」だった。
でも、健司くんの返事はどれも飾り気がなくて、少しだけ不器用で――
そこに逆に、安心感があった。
授業が始まっても、彼はきちんとノートを取り続けていた。
その横顔は真面目で、なんとなく繊細な印象を受ける。
(……意外と、几帳面な人なんだ)
黒板が反射して見えにくくて、小さな声でぼやいたときも、
健司くんはすぐに「そうですね」って返してくれた。
ちゃんと聞いてくれている。
それだけで、心が少しあたたかくなる。
……でも、私の笑顔には気づいたかな。
ほんとは、少し無理して笑ってることに。
健司くんの目は鋭いわけじゃないけど、どこか、見透かすような視線だった。
自分と同じ“仮面”を見つけた人にしかできない目のような気がした。
授業が終わって、なんとなく話しかけてみる。
「健司くんって、もしかしてちょっと人見知り?」
「……よく言われる」
やっぱり不器用。でも、ちゃんと返してくれる。
心を閉ざしているのではなくて、開け方がわからないだけの人。
「でも話してくれてありがとう。なんか、しゃべりやすい気がした」
口から出たその言葉に、自分で少し驚いた。
……本音だったから。
他の人に言うときの「社交辞令」じゃなかった。
この人には、どこかで“安心”を感じていた。
それはたぶん、健司くんが私に興味を持ちすぎないから。
無理に踏み込んでこない。見ようとしない。けれど、見えたものからは逃げない。
「また同じ時間、となりだったらよろしくね」
手を振って背を向けたとき、なんとなく胸の奥がざわっとした。
なに、この感じ。
別に好きとかじゃない。興味を持ちすぎたら、期待してしまうから。
期待は裏切られるし、裏切られたら傷つく。
でも、たった数十分の会話で、
この人は“嘘のない人”なんじゃないかって、思ってしまった。
私の仮面に気づきながら、何も言わずにいてくれたこと。
それが、なによりも優しさに感じられた。
となりの席は、まだ遠い。
でも、いつか隣同士で「本音」で笑える日が来るなら――
それは、ちょっとだけいいかもな。
そう思った“自分自身”にも、少し驚いていた。




