ナラルル王国へ② 〜胎動〜
何事もなく一晩が過ぎた明くる日の朝。野営の片付けを終えそろそろ出発といったタイミングで其れは起こった。
ギィィィャァァィィィィィン!!!!!
響き渡る高音は空気を切り裂き大気を揺らす。寝惚けた頭が一気に冴え始め、途中の作業を一次中断し戦闘態勢へと移行する。
怯える商人を馬車の荷台へと押し込み<心労緩和>の魔法を掛けると大人しく待つように指示する。落ち着きを取り戻した商人が強く頷くのを確認すると俺はそのまま荷台を後にする。
「今のって....多分、鳴き声....よね?」
「あぁ、聞いた事は無い声だったが恐らく。」
「でもこんな見晴らしの良い平原なのに姿も見えないなんておかしいでしょ!」
3人が塊になって相談している所に合流する。馬車から離れる訳には行かないがこのまま出発しても良いものかと悩んでいると
ギィィィャァァィィィィィン!!!!!
もう一度、空気を切り裂く高音が響き渡った。そしてその瞬間に初めて理解する。天の光に影が差し込み、朝なのに周囲を暗く染める其れは空からやって来たのだと。
ギィィィャァァィィィィィン!!!!!
「うわぁぁ!!!!」
「な、な、なによぉあれぇぇ!!?」
6本の大きな翼に蛇のような長い胴体を持った『龍』と称すべきそのモンスターは俺達の頭上を悠に超える影を平原に作り出す。
遥か上空を鎮飛行するその巨体は金属が擦り切れた様な鳴き声で此方を威嚇している。段々と距離が縮まっていきその姿は明確に、鮮明に、瞼の裏に焼き付くが如く視界に収まっていく。
大きく開かれた口の中は無数の牙が生えており、舌は長く太く三股に別れている。複数の眼球と思しき器官を携えて6つの大翼を翻すその姿は恐怖の象徴、絶望の権化にさえ思えてくる。
「こっちに来るな....。各自、準備はいいな....」
「ええ」「うん」
「......<身体強化> <自然治癒> <持久力強化> <範囲付与>」
付与魔法を自分含む各自に掛けた瞬間から行動開始する。剣を抜くパウロと俺、ガントレットを展開するルルレットに杖に大きな魔力を篭めるティルベーア。
ギィィィャァァィィィィィン!!!!!
「<雷光一閃>!!!!」
再び大きな鳴き声が聞こえたのと同時にティルベーアは魔法を放つ。大きな雷撃が天から降り注ぎ『龍』の背中を突き刺す。
その攻撃が当たると同時に飛び上がったパウルとルルレットが斬り・殴り かかる。が、全く怯む様子を見せないモンスターは大きな翼を1つ2つと両方に広げると剣を振るうが如く空を切り裂いた。
パウルの剣、ルルレットのガントレットが翼と鍔迫り合いになる。その隙にもう一度同じ魔法を放つティルベーアと顔に斬りかかる俺。口を大きく開き食いかかる動作に翼を振り払う姿はティルベーアの雷を全く気にしていない。
ギィィィャァァィィィィィン!!!!!
大きな咆哮と共に暗闇が迫る中地面方向に吹き飛ばされるパウル・ルルレットを視界の端で捉えた。視線を向ける暇は一切なく食いちぎられるギリギリのタイミングで剣を振り抜くとそのまま地面に向かって弾きとんだ。
「あっぶない!!死ぬところだった!」
「ちょ、ちょっとイフルール!まだ病み上がりなんだから無茶しないでよ!」
「.....だが、そうもいってられんぞ。此奴はまだ遊んでいる、本気では無い。このままいけば4人とも.....いや、依頼人諸共死ぬぞ!」
「彼奴、私の魔法喰らってもビクともしなかった。少なく見積ってもSランク以上は確定ね。さぁ、どうしたもんかしらねぇ」
必死なパウルとは違って何故か少し楽しそうなティルベーア。久々にパーティで戦えているのが嬉しいのか、ただ単に強いモンスターと戦えて嬉しだけなのか定かではない。しかし、一つ言える事はティルベーアのお陰で確実に場は和んだ。
「.....でも、イフルールの奥の手は使えないわよ?」
「そうだな....あれは容易に使うものじゃない。況してやこんな再結成して直ぐにまた同じような状態にする訳にはいかん」
「それはもちろん賛成、当たり前ね」
「では、どうする?何か策があるのか?ティル?」
「うーーん....。私は無いけど、イフルールは何かあるんじゃない?」
「え?俺?」
一斉に皆の視線が此方に向く。今この瞬間襲ってきても良い筈が中々攻撃せず空を旋回する大きな巨体を見上げつつ、どうしようか考える...
「あの『龍』何かを探してるんじゃないか?」
「「「え???」」」
「だっておかしくない?襲って来ないなんて。最初の攻撃もアイツが近付いて来たから俺達側から仕掛けたけど、アイツからは反撃されただけで攻撃はされてない。それに今もずっと空に漂って襲ってこない。動き見てても何か探している様に見えない?」
「た、たしかに。そう言われてみれば....。で、でも何を....」
其処で全員の視線が商人の馬車へと向けられる。荷台に運ばれている物とは一体なんなのか。若しかしたら『龍』に関係する何かが有るのでないか、頭の中には最悪の想像が過ぎる。
「さ、さすがに...無いとは言いきれないな。」
「うん、行こう今のうちに」
荷台に入ると布に包まれた何かを大事そうに抱え込んでいる商人が怯え震えていた。その光景を見た瞬間、全てを察した俺達【戦擊の妖精】はそのまま中に入り込むと勢いよく商人が持っていた布を引き剥がしその中身を顕にした。
「ちょ、ちょっと!!何を!!」
ドックンッドックン!ドックンッッ
「な、なんだ、これ.....」
鼓動が蠢き気味悪く一定の感覚で光る謎の物体。臓物にも鉱石にも見える不思議な其の物体は見ただけで直感的に『龍』の探している物だと理解出来た。
ギィィィャァァィィィィィン!!!!!
「は、はやく!早く布を!お、襲われるぅ〜!!」
「みんな!!!」
商人を連れ直ぐに荷台を後にする。目前まで迫った『龍』の大きさと其の迫力から距離感がおかしくなりだ。
「ルル!ティル!イフルール!」
馬車と荷台はバラバラに砕け散り血飛沫が上がる。パウルの号令で間一髪助かった俺達は商人の持っていた物体を布を敷いた地面に素早く置くと距離を一気にとる。
「くそ!くそ!大量の金を積み死ぬ思いで手に入れた『龍』の心臓を!私の!『龍』の心臓を!よくもぉ〜!!」
バシンッ!ビシンッ!
俺は商人の頬を激しく2回叩くと意識を失わせ黙らせた。地面付近で体を翻す『龍』は翼を背にし大きく6本の扇を広げた。
ギィィィャァァィィィィィン!!!!!
咆哮と共に地面から浮き上がる『龍』の心臓は次第に光を増していく。途端、眩い閃光が視界を塞ぎ景色を純白へと彩った。
「────────────」
何か声が聴こえた気がした。耳に、というよりは頭の中に直接語りかけて来る様な不思議な感覚。だが、眼前の光景は其れを思い違いだと言わんばかりに真っ向から否定してくる。
「.....え!あのモンスター、『龍』は?」
目を開けるとその場所には既に何もなかった。丸で今の今まで夢を見ていた様な気分に全員が呆気どられる。静かな平原には文字通り平穏が訪れるが未だに早まった鼓動は落ち着かないままだ。
「た、たすかった...の?」
「う、うん。多分。」
「.....馬車とこの商人、どうしようか」
原型の無くなった馬と荷台を眺めながら今起きた事が現実である事を確かめる。解かれた緊張の糸は一気に頭を冷静にさせ視野を広げさせた。
今後の動きを考え乍も全員がどこか上の空。其れは先程まで居た『龍』の所為だろう。存在しない『龍』を空に思いながら俺達は一息ついた。丸で朝のティータイムを始めるかのように。




