第54話 魔人
「いやあ、よかったよかった。無事に魔王様も誕生なさったみたいだねぇ」
両手を顔の前まで持ち上げて、ぱぱぱぱ、と速いテンポでイクタは拍手をしてみせた。一言くらい礼があっても、なんて考えるが、今回は彼に助けられた面も大きいから、何とも言えない。タキは小さく肩を落とし、つい髪を掻き上げるような仕草をした。そんなこちらの様子を気にも留めず、イクタはご機嫌な子供のように、るんるんと身体を左右に揺らながら口を開く。
「蘇生陣は使わずじまいになっちゃったけどねぇ。消すか残すかは好きにしたらいいよ。別に、時間が経ったら使えなくなるとかでもないしね」
それは朗報だ。タキ個人としては、あの蘇生陣は消したくない。テラドラゴンに愛着があるわけでもないが、命一つ分の重みを背負っている。アンミはリスク回避で消そうとするだろうが、どうにか説得できないだろうか。唯一陣を消せるラードもきっと消したがらないだろうから、彼にも説得させてみよう。なんだかんだアンミは、ラードには甘いというか、頭が上がらない部分があることをタキは知っている。ラードさえ折れなければ何とかできる気がする。
イクタが不意に、右に傾いたままタキをじっと見つめる。タキがそれに気付いて目線を向けると、彼はぱちくりと瞬いた後にぴん、と背筋を上向きに戻して、今度は前後にゆらゆらと揺れ始めた。
「そういえば、女神の犬は大人しく城に帰ったのかい?」
「え、ええ。国の上層部だけの秘密にして、民に対しては、魔王は処刑したと言い伝えたようです」
「へえ。それ、通用するんだ? いずれ綻びが出そうなものだけどねぇ」
それに関しては、タキも同意する。国の頂点が言うことであろうと、鵜呑みにして騙されるほど民は鈍くない。一時的には騙せたとしても、必ずどこかで真実が明るみに出ることになる。だって、魔王は生きているんだから。魔王を殺さない限り、三十年後には必ず復活するんだから。
――きっと、国側は自分たちのことを疑っているだろう。
アンミがそう言っていた。むしろ、疑わない方がおかしいと。レベリオには魔王を隠す理由があり、それができるような力を持つ程度に大きな規模の組織で、そして現在は行方知れず。俺ならまずレベリオを疑う、と彼は言った。なんなら罪をなすりつけることすらあり得る。だってそうすれば国には明確な敵ができ、戦力を動かすことができ、勝てば面子を保つことができるから。
だが幸運にも、今の王はむやみやたらに戦うような愚王ではなかった。その王にとっての最善が、民に隠蔽するという選択だったのだ。国には体裁というものがあって、気を配らなければならないことが山積みで、さぞ大変だろうに。彼の賢明な判断に、拍手を捧げたいところだ。
「人間界はよくわかんないな」
ぽつりと、イクタが独り言のように吐く。そうだろう。彼は人間界を知らない。そもそも彼がはたして本当に人間なのかすら疑義が生じるところだ。
「わからなくてもいいんじゃないですか」
彼のことになど、興味ない。知る必要もない。魔の深淵を覗く勇気は、タキにはない。
「確かに!」
イクタは明るく言い放って、再びぶんぶんと身体を前後に漕ぎ始めた。彼の機嫌を損ねずに済んだようだ。肩の力が抜ける。
「それじゃあ、私はこれで失礼します」
「はーい。魔王様にもよろしく伝えてね」
生まれたばかりの赤子にどう伝えろって言うのよ。
内心で突っ込みを入れつつ、ひらひらと細い指を振るイクタに背を向けた。




