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この心臓に愛を  作者: 竜花
閉幕
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第53話 眠りの朝

 警備隊の隊長が、床に額を擦り付けるように頭を下げている。床に落ちた白っぽい砂が黒い髪に絡まるのも気に留めず。王の靴を舐めるような勢いで、地に伏せている。椅子の上からそれを見ていた国王は、自身のふさふさのあごひげに触りながら、隊長の隣に跪く砂漠の民の族長に目線を向けた。


「隊長の処遇については、族長であるデズ殿に委ねる。今後も捜索を続けよ。見つかり次第直ちに報告するように」


 戻ってよい、と王が言い放つ。隊長と族長の二人は立ち上がって深く一礼し、部屋を去った。

 木製の扉がゆっくりと閉じられるのを部屋の隅から見ていたハルウは、今度は自分の名が呼ばれたのを受けて前に出て、地に膝をつき、肘を置く。相変わらず自身の髭をいじくりまわしていた王は、どこか挑発的にも見える視線を向けた。


「そなたは、此度のことをどう考えている?」

「どう、とは?」

「魔王の母親一人如きが、警備隊の目をここまで誤魔化せるものか?」

「……信じがたい話ではあります」


 ハルウも元警備隊長として、彼らの実力はよく知っている。魔術の専門家とも言える砂漠の民、その警備隊が、たかが魔王を授かっただけの女性を見つけられないなど、あり得ない。裏があるのは間違いないとすら言える。

 そのことを伝えると、王は「やはりな」と頷いた。


「私は、レベリオとの関係性を考えている。歴史上ではいつも奴らが魔王を守ってきた」


 そなたはどうだ、と王は尋ねた。そなたは、レベリオをずっと追っているだろう。

 王の推測は恐らく正しい。ハルウも同じことを考えていた。レベリオならきっと、やってのける。毎年のように調査団が派遣されていたにもかかわらず、レベリオの陰をひとつも見せずに山峡村で身を隠してきたように。拠点を割り出し最速で駆けつけたにもかかわらず、もぬけの殻で足跡一つ残っていなかったように。以降、どれだけ些細な証拠も深堀したにもかかわらず、未だ行方が知れていないように。

 レベリオならば、母子一組くらいは難なく隠してみせる。


「私も、レベリオの仕業だと考えています。しかし……」


 王が、目を細めて首を傾げた。続きを促すように。ハルウは顔を上げて、椅子に座る金色の瞳を見据えて、明瞭な声で告げた。


「騎士団としても警備隊としても、現状の対応が限界でしょう。決定的な証拠が見つかっていない上に、レベリオには直接的な被害を受けていません」


 今回は、こちらの負けだ。捜索を続ければ何か得られる可能性もあるが、時間が経つほどに過去の証拠は風化していく。そうなれば、この先また向こうに動きがあるのを待つしかない。


「我々の力不足には情けない限りではありますが……」

「いや、よい」


 王は軽く仰け反って背もたれに寄りかかり、首を動かして窓の外を見た。つられてハルウも視線だけ向ける。ついさっきまで薄暗かった空が、うっすらと白んでいる。


「ご苦労だった。私は少し休む。そなたも休んで、帰路に備えよ」


 顎を触っていた王の手が口を覆い、その向こうで彼は欠伸を噛み殺した。母親がいなくなってから、彼は寝ずにずっと警備隊たちの報告を受けていた。それはハルウも同じだ。ただでさえ出張時は休めないというのに、こんな事態になってしまえば寝たくても眠れない。上に立つ人間も大変なものだ。

 ハルウは「はっ」と短く返事をして立ち上がり、一礼をして部屋を後にした。

 扉を閉めたところで、大きく息をつく。首や肩を回すと、ごきごきと骨が鳴った。本当は軽く身体を動かしたかったが、休みたい気持ちと天秤にかけ、諦めることにする。


 全く。向こうの総長を舐めていた。親切で忠告してやったのに、ここまで出し抜かれてしまっては、完全にこっちが意地悪な人間みたいではないか。

 魔王を奪われたのは、手痛い。三十年後の未来に暗雲が垂れ込めてしまう。避けられない戦いが起こってしまう。だが、下手に隠されこちらが見つけて、今すぐに戦争になるよりはまだ対策のしようがある。五年前の戦争の傷が残っているのはお互い様だ。こっちだって戦いたいわけじゃない。

 ハルウは大口を開けて欠伸をしながら役所の扉を抜けた。つんと冷気が鼻を刺す。強い風が吹きつけ、ハルウはお気に入りのウールのマントに首をうずめる。ふと振り返れば、寝不足の目に染みるほどのまばゆい朝日が、こちらに微笑んでいた。

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