第48話 上司
イクタは大層機嫌が良いようだった。どこか遠くを見ながらニタニタと歯を見せて笑っているものだから、振り向いて目が合ったときは流石のアンミも悲鳴が出そうになった。
「やあアンミくん。待っていたよ」
「えっと……現世に来てたって、聞いたんですけど」
「そうなんだよ! 魔王様の蘇生をする砂漠の民がどんなものか、気になって仕方なくてさ」
聞きたいことは山ほどある。どのようにして来た。ラードと何を話した。ドラゴンの魂は。蘇生陣は。どれから話すか考えているうちに、イクタの方からひとりでに喋り出した。
「いやあ、砂漠の民に魔王様の蘇生を任せるなんてって思っていたんだけどね。彼……ラードくんっていうらしいね、彼なら安心だよ。魔術師としての素質がいい。ウイトくんも良い後継を選んだね」
「そりゃ良かったです。で、その……」
「そうそう、蘇生はやる方向だってラードくんに聞いたからね、君らの倒したテラドラゴンで陣を描いておいたからね」
「ありがとうございます。あの……」
「それでさ、より安全に蘇生を遂行するためにも、二つほど提案があるんだよ」
ピンと人差し指を立て、イクタが上目遣いでこちらを見た。上向きに弧を描く半月型の目の奥が、どこか悪戯っぽく光るのが見えた。
「まず一つ目。君ら、まだ拠点がないんでしょ? ボクなら前回の拠点以上に安全で継続的な結界を張れる。あそこみたいな地下施設だって作ってあげられるよ。今後魔王様をお守りするのにも、良い案だと思うんだけど?」
それは非常に助かる。蘇生の間だけでもとパロウ・ムロウを連れてはきたが、彼らの結界術では限界がある。流石は魔術のスペシャリストを自称するだけある。
「お願いします」
「話が早くていいね。あ、でもわかってるよね? ボクが現世に干渉するには……」
「エネルギーが必要、でしょう? いくらですか」
「諸々込みで、中級魔族二体分ってところかな」
それでも中級。しかも二体。レベリオの安全のためとはいえ、大きな代償ではある。そもそも、安心の通貨になるのが生き物の命であること自体、価値観が狂っている。
――いや。今更何を。アンミが皆を守るんだろう? 罪悪感など、とっくに置いてきた。
「……乗りましょう」
「交渉成立ッ! どの魂をくれるのかとか、拠点の設置場所は君に任せるから、また話に来てよ」
アンミは大きく溜息をついた。とりあえず一つ、肩の荷が下りた。また近いうちにここに来なければならなくなるが、魂二つを捧げるだけなら大した重荷でもない。むしろイクタは喜んで呑み込むだろうから、扱いやすいだろう。
「それでもう一つ、今度はラードくんについての提案があるんだよ」
眉を顰める。直観的に耳を塞ぎたくなった。イクタがラードに会いに来たと聞いた時からずっと、ざわざわざわと胸騒ぎがしている。
「彼、魔術師としての素質こそ良いものの、蘇生術はまだまだ経験不足だって言うじゃない。だから、ボクが直々に教えてあげようかなって」
その効率性合理性が、アンミにはよく理解できた。イクタの魔術に、失敗という可能性はない。だが、彼自身が蘇生をするとなると膨大なエネルギーがいる。だから、ただ「教える」。ラードの魔術を底上げして、成功率を格段に上げる。
だが、その言葉の意味を、アンミは知っていた。わかってしまっていた。
「……良案ですね」
「本当かい! じゃあ……」
「でもうちのラードは大丈夫です。なんたってマダムの見込んだ弟子ですから」
ラードの素質は、イクタ自身も絶賛していた。正直アンミは魔術について見極められる自信がないが、イクタがああ言うなら間違いない。
それに。ラードの挫折も苦悩も努力も、アンミが一番近くで見てきた。
信じる覚悟は、出来ている。
「もしこれで失敗したら俺の魂喰っていいですよ」
半分冗談で笑いかけるが、イクタはスッと目を細めて顔から表情を失くした。
「いらないよ。そんな傷だらけの魂、不味いに決まってる」
せっかくの機嫌を損ねさせてしまったようだ。イクタは退屈そうにそっぽを向いてしまった。だが懲りずにアンミはその背に声を掛ける。
「一つ聞いていいですか?」
「……何」
「今回蘇生陣を描くのに使ったテラドラゴンの魂の状態はどうでしたか? 傷とかついてませんでした?」
半分だけ振り返った顔から、僅かに好奇心の込められた視線が向けられる。
「……まっさらで綺麗だったよ。まだ若かったからだろうね」
思わずアンミは笑みを浮かべた。そして一言礼を告げ、魔界を後にした。




