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この心臓に愛を  作者: 竜花
孤独の心臓 -前夜-
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第47話 生贄

 細い月明かりに、緑色の硬い鱗が反射する。山のように弧を描く背中。地面に食い込む四本指の足。横たわるその竜を見て、ディーフが苦虫を嚙み潰したような顔をしてみせた。


「本当にあれの心臓を刺すのか? 別に首とかを刺せば殺せるだろう?」

「どうせなら実験しておいた方が安心だろ」

「絶対実験向きじゃねえと思うんだが……」


 それにはアンミもひどく共感する。だが、どうせ殺してしまうのなら、より有意義な使い方をしてやりたい。それが人間側のエゴだとわかっていても。


「じゃ、タキとディーフはあいつを操獣で眠りを継続させろ。その間に、パロウとムロウが心臓に傷をつける。できるんだよな?」

「傷つけるだけなら、できる。でも致命傷になるかはわからないかな」

「その一撃で殺さなくていい。確実に傷つけるのだけ頼む。俺とトラでとどめを刺すから」


 一同、頷く。任務開始。

 ムロウがパロウの槍に防御結界を施す。この頑丈な槍なら、ドラゴンの鱗にも負けない。アンミとトラは、気配を殺してドラゴンの懐に入る。地面に置かれた顔に近付くと、深い息が全身に吹きつける。血生臭い肉の匂いがした。

 アンミが軽く腕を挙げて、合図。パロウが助走の後に地面を蹴って、ドラゴンの真上に跳びあがる。そして、うつ伏せに眠るドラゴンの背中側から、全身で振りかぶる。


 ――豪速で真っ直ぐに飛ばされた槍が、ドラゴンの胸を貫いた。僅かに遅れて、槍が風を切る音と、鱗が割れる音が届いた。

 それを皮切りに、トラが剣で逆鱗を突き刺す。その隣で、アンミも剣を突き刺しては、抜く。抜かれた箇所から鮮明な赤い液体が噴き出し、腕にかかった。寒いからと厚着をしてきたのに、服の上からでもじんわりと温かみを感じた。

 テラドラゴンは、最期に力を振り絞って立とうとしたようだった。前足の爪が地面に突き立てられ、傷口からゴプと血が噴き出し、僅かに首が持ち上げられた。だがすぐに首が落ちて地面を揺らし、その揺れが鎮まった頃にやがて動かなくなった。

 それを見届けて、アンミは手袋を脱ぎ、ドラゴンの顔に触れる。鱗に覆われた頬は冷たかった。そのまま鱗に自身の額を当て、目を瞑る。


「……ごめんな」


 二度と世界に出会うことのできない命。本当は、アンミなどに彼の死を悼む権利もない。

 ドラゴンから額を離して、振り返る。魔人たちがそれぞれ手を合わせたり目を瞑ったりする中で、パロウ・ムロウと目が合った。


「あとはそっちに任せていいよね?」

「ああ。よくやった。拠点に戻ろう」


 他の魔人たちに目をやる。と、顔を上げたタキが目を見開いて、死人でも見たかのような顔でアンミの背後を見つめていた。つられて背後のドラゴンに目をやる。

 遺体が砂のようにさらさらと分解され、塵になって風に飛ばされて消えていく。その間、僅か数呼吸分。まるでそこには元から何もなかったかのように、ただ静寂の草原が残された。

 この現象を見たのは初めてだった。だが、思い当たりはあった。




「――ラード、ただいま」


 足早に砂漠の拠点に戻ると、彼は岩場の陰に座って本を読んでいた。だが彼の隣を見ると、幾何学的な魔法陣が黒々と地面に刻まれていた。人の手で描かれたにはあまりにも美しい。こちらに気付いたラードが本を閉じ、立ち上がる。


「おかえりなさい」

「何か異変はあった?」

「えっと……見ての通り蘇生陣がさっき現れたのがひとつ」


 さっき、ということは恐らく、代償になったのはアンミたちが倒したテラドラゴンで間違いないだろう。イクタにはまだ蘇生の話はしていなかったはずだが、察して先回りして描いたのだろうか。


「もうひとつ、イクタさんっていう人が来ました」


 冷たい手で撫でられた時のように、背筋がひやりとした。後ろで誰かが息を呑んだ声が聞こえた。掠れた声で、タキが尋ねる。


「怖くなかった? 何話したの?」

「んー……彼がアンミさんの上司的な存在だっていうこととか、僕が蘇生術師だってこととか」

「何もされなかった?」

「話しただけです。怖い感じはなかったですけど……」

「けど?」


 タキがラードに近寄り、がしと肩を掴んで見つめる。ディーフもトラも、詰め寄るようにラードを囲む。アンミはその様子を遠めに眺めていたが、一瞬ラードの視線がこちらに向いて目が合った。


「けど、僕はあの人はなんか苦手です。人間らしくない」


 タキはそのまま黙ってラードの頭を両手でごしごし撫でる。トラは安心したように息をついてラードの肩に顔をうずめる。ディーフは何とも言えない表情でラードの背を力強く叩く。魔人たちの様子にラードは困ったように眉尻を下げながら、ただタキにされるがまま細い髪をぐしゃぐしゃにされていた。

 

「わかった。とりあえず、留守番お疲れ」


 アンミはそう言って一同の横を通り抜け、焚火の前に座った。その様子を見たラードが思い出したように口を尖らせて、顔を顰めてみせた。


「そうそうアンミさん、最近あんまり魔界で休んでないって聞きましたよ。ちゃんと寝てください」


 イクタめ。余計なことを。


「これから寝るっつの」


 否が応でも魔界に行かなきゃならない。そこで休めるかどうかはまた別の話だが。

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