第44話 落とし物
アンミはまず真っ先に、ハピのいる城下町を訪れた。だが彼女は、ラードは来ていないと告げた。それでもう、当てがなくなってしまった。町の城壁外に出て、ひたすらに考える。
魔術で連絡を入れることも考えたが、もし彼が城の結界内にでもいたら、通信傍受されてしまう可能性がある。そうじゃなくても、あの様子じゃきっと今何をしているか答えてはくれないだろう。
一度拠点に戻るか。それとも山峡村や廃村の拠点を探すか。だが、あまりあちこち行くのも魔力がもったいない。このまま放っておいてもいいものか。だが、彼が捕まったり拠点が見つかったりでもしたら。考えるだけで動悸がする。
もう一度ハピにあたってみよう。それで駄目なら、いったん拠点に戻ってメアに相談してみてもいい。
踵を返して城下町に再び足を踏み入れたところで、探していた顔が歩いてきているのを見つけた。目が合って、彼はその緑色の目を丸くさせた。
「えっ!? アン……なんで……」
「馬鹿ラードお前、何してた!?」
駆け寄りながら、思わず声を張り上げていた。だが人の視線を感じて慌てて口を噤む。アンミの心情とは裏腹に穏やかな表情を浮かべるラードは、「まぁまぁ」とアンミを町の外に連れ出した。
「ウィルさんの容疑、晴れそうですよ」
人気のないところまで来て、ラードはあっさりとそう告げた。
「どうやって?」
「城下町にはマダムの友人さんがいると聞いて、夏にレベリオが来てた証明になるかなと思って。嘘の証明は難しいけど、事実の証明ならできるはずだと思って」
「……初めから説明しろ」
「ええと。ウィルさんは、夏にハピさんを助けるときにレベリオの力を借りたってことが、今回の容疑の理由になってたんですよね。でも、ウィルさんが僕らを利用できたのはたまたまだった。なら、それを証明すればいいんです」
マダムの友人とマダムは文通をしていた。その手紙には、マダムがレベリオであることも、夏に訪問したことも、そしてマダムがまもなく死ぬ予定であることも、書かれていた。だからその手紙を持って、ハピが攫われた時期に偶然レベリオが来ていたことを証明した。ラードは淡々とそう説明した。
「でも、ウィルがレベリオに協力を依頼したことが判明したら、ウィルにはレベリオを庇う理由ができるだろ」
「そこは、家宅捜索と身体検査でどうにかできます。アンミさん、ウィルさんに対して魔術で伝達したり、手紙送ったりしてないですよね?」
当然だ。ウィルに足がついたらそこから漏洩するかもしれないから。部外者への魔術利用は徹底してきた。
ラードは、そこを見抜いて賭けに出たのか。
「洞窟が見つかったら一発アウトですけど、それ以外の証拠は残さないようアンミさんは心掛けてるだろうなと思って。信じてよかったです」
嬉しそうに笑ったラードの顔を見て、呆気にとられる。
「……なんで」
なんで、そんなに嬉しそうにしているんだ。安堵? 達成感? アンミが切り捨てようとした選択を選んで、出し抜いた気にでもなったつもりか。
こちらの様子に気付いたラードは、首を小さく横に振って、ほんの少しだけ、寂しげに微笑んだ。
「僕はきっと一生、アンミさんに追いつくことはできません。でも、せめて、アンミさんが落としたものを拾うくらいはしたいんです」
最前線を走って走って、みんなを引っ張ってきた。追手に捕まらないように。手遅れにならないように。だが、速さを求めるほどに捨てなければならないものも増えた。やがて、捨てることへの迷いを捨てた。悩んでいる時間がもったいないと。なのに彼は、捨てたはずの迷いを掬い上げて、報われなかった悩みを救うのだ。
その行為が、心が、あまりにも無垢に素直にこちらを見つめるものだから。
アンミは両手で自身の顔を覆った。胸が痛かった。泣いた後に腫れた瞼のような、血の気を取り戻す霜焼けの手のような、そんな痛みだった。




