第41話 口火
『ついに山峡村の結界が破られた』
デックスの報告に、アンミは開いていた地図を閉じて、「そう」と返した。
意外と、手こずったようだ。騎士団が山峡村に張り込んでからひと月ほど経った。古くなって解かれやすくなっていたとはいえ、毎年の調査を掻い潜ってきただけある。だが、時間稼ぎもここまでか。足跡になるようなものは処分したつもりではあるが、あれだけの短期間では全てを消すことはできなかった。何が手掛かりになるかもわからない。
「そろそろ、移動も考えるか」
来月はもう、魔王の器が生まれる予定月だ。砂漠の方の候補地は安全のために空けてあったが、頃合いかもしれない。組織員のリストを取り出し、連れていくメンバーを選出する。
「――おい、アンミ」
不意に、久しく聞いていなかった声が耳を揺らした。驚いて顔を上げる。正面に、いつもより一層目つきを悪くしたフェルスが立っていた。彼の背後には居心地の悪そうなペウルもいる。
「なんで来たんだよ。怪我は」
「ひと月もあれば十分だ。俺にも戦わせろ」
低い声で、唸るように、短く告げる。鋭い目つきを見つめ返して、アンミは小さく息を吐いた。
「今は戦うタイミングじゃない。仮に戦うにしても、万全じゃないフェルスは足手まといだ」
「なら、お前が治せ。俺にも戦わせろ」
無茶を言う。確かに治癒はあるが、フェルスを戦わせるためだけに使うのも馬鹿げた話だ。
「無理。帰れ」
「アンミ。お前の行動は、俺らを馬鹿にしているようにしか思えん」
「なんで? ハルウに負けて戦えなくなったのはお前だろ」
「ああ、そうだ。だからしばらく大人しく黙っていた。戦えるようになったから戻ってきた。仲間が戻ってきたんだから、迎え入れるべきだ」
「それが組織のためになるならな。邪魔になるだけなら、戻ってこない方がむしろお前のためにもなる」
「俺のためだと? 何が俺のためになる? 言ってみろ」
フェルスは目を見開いてこちらに詰め寄り、アンミの胸倉をつかんだ。気迫だけは一丁前、だが手合わせをしているときの方がよほど怖い。アンミもフェルスの手首を掴んで言い返す。
「まさか死にたいわけじゃないだろ。命を保障するって言ってんだよ」
「ああ、そうか。お前の責任で人が死んだら辛いもんなぁ? 戦わせなければ失うこともないってか?」
「もちろん。戦えない奴らを守るのが総長の役目だからな」
「まるで守ってやってるかのような態度だな、反吐が出る」
「信じてくれるから守るだけ。それが嫌なら守らない。でもそれで死んだって俺に責任はない」
「それでいいっつってんだよ。この俺を守っている気になるな。お前がやっているのは、過保護で傲慢な、人の選択を奪う抑圧だ」
そこまで言い切って、呼吸を荒げたフェルスはこちらを睨みつけた。敵意剥き出しの目線がぎらぎらと、挑発的に次の言葉を待っている。怒りで震えるフェルスの手を掴んだまま、アンミは黙って彼の怒りが収まるのを待った。フェルスにはきっとわからない。
やがて、落胆したように溜息を落としたフェルスは、胸倉から手を離し、吐き捨てるように呟いた。
「タスカさんが作ったレベリオは、こんなんじゃなかった」
当たり前だ。タスカとアンミは違う人間で、運営の仕方だって違う。置かれた状況だって違う。むしろ同じようにする方が難しい。なのに。フェルスの一言が深く頭に突き刺さった。
「……じゃあもう好きにしろよ」
面倒だ。こんなことで言い合って傷つけ合っている時間が無駄。アンミは様子を窺っていたペウルに「お前は帰っていいよ」と声をかけ、フェルスの横を通り抜けて皆のいる方へと向かう。
――と、岩陰にラードがいた。会話を聞いていたようで、アンミを見ると身を竦ませた。どうでもいい。ちらと一瞥して、足早にアンミはその場を後にした。




