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この心臓に愛を  作者: 竜花
裁断の剣 -逃亡-
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第37話 離散

「おかえり。とりあえずみんなに、荷物をまとめるよう言って回っておいたわ」


 魔界から仕事部屋に戻ると、地図を広げたタキとペウルが出迎えた。机上を覗き込むと、地図には二か所、赤い印がつけられていた。


「流石よね、デックスくん。もう二つも候補地見つけたって」

「ペウルも出る用意しろ。んで、怪我人と子供連れと、顔割れててかつ戦えない村民とか連れて北東の廃村跡行け」

「え、もう!?」


 二人から視線が集まる。アンミはそれを無視して、棚から組織員のリストを取り出し、ページを捲りながら続ける。


「ペウル含め魔術使える奴が一定数いるから魔力は足りると思う。何ならもうちょっと人数増やすか」

「下見もなしに行くのか? もっと安全な場所が見つかるかもしれないが……」

「あの廃村のあたりは雪が深くなったら人が立ち入れなくなるから安全性は高い」


 対象者をざっと数える。余裕があることを確認して、避難者の範囲をどこまで広げるか、考える。


「じゃあ、ゆくゆくはそこが次の拠点になるのか」

「それは別の話。とりあえず、さっき言った面々に加えて、顔割れてないけど戦えない奴らも連れていけるだけ連れてけ。ペウルはこの避難隊を先導して、問題があればすぐ連絡しろ。それだけよろしく」


 ちらちらとこちらを振り返りながら、ペウルが部屋を出ていく。その気配を背中で受けつつ、アンミは再びリストに目を下ろす。

 だが、先程からずっとタキの視線がこちらに向けられている。仕方なく顔を向けると、視線上で彼女が僅かに身を縮めた。まるで怒られた子供みたいだった。

 

「何?」

「えっと……魔界で、何かあったの?」

「ああ、そういえば、魔王の蘇生陣はカンの仕業だとさ。ただ、あの魔法陣は使わないかも」

「そんな。それって、カンさんはもう……」

「仮にもう一つ陣を作るにしても魔人はもう誰も喰わせないから安心しろ」

「ねえ……」


 彼女は口を開きかけたまま、引き攣った顔でこちらを見つめていた。胸の前で両手の指を組み合わせて、祈るような姿勢で。アンミはしばし言葉の続きを待ったが、どうにもじれったくなって、結局自分の仕事に戻った。そうなってからようやく、タキがか細い声を発した。


「大丈夫?」


 アンミは一瞬だけ目線を向けたが、すぐに下に戻したので彼女の表情は見えなかった。思考が途切れそうになるのをどうにか引き留めて、ただ、レベリオのことだけを考える。次の避難隊は。避難先は。

 だが、遮るようにタキが声を掛ける。


「急な情勢変化で、みんなも混乱してる。一晩置いてみてもいいんじゃない?」


 そんなこと、悩むまでもない。


「それで手遅れになったら、責任取れる?」


 アンミは、レベリオの総長だ。組織を守る責任がある。


「立ち止まりたいなら立ち止まればいい。それは個人の自由だよ。けど、俺は俺を信じてくれた人を守り切ることに力を尽くさなきゃならない」


 安全確保に早すぎるなんてことはない。アンミはリーダーとして最前線を切り開き、皆を導く。その責任がある。ついて来られないと言うのなら、置いていくしかない。それだけの話だ。

 

「一晩経って状況が変わるなら、それに合わせるだけだよ。今できることを今やるしかない。そうだろ?」


 タキはまだ何か言いたげにしていた。だが、口を結んで黙り込んだ。だから、説得には十分だったということだろう。

 今度こそ作戦を練ろうとしたところで、デックスの声が頭の中に響いた。


『アンミくん。もう一か所、候補地見つかったよ。南の方、海の民の集落近くだって』


 その一言で思考がいくらか晴れる。もう一か所あるのなら、組織員の分散もさせやすくなる。砂漠からはあまり近くないが、廃村跡よりは使いやすいだろう。

 ところが、次いで紡がれたデックスの言葉にアンミは顔を顰めた。


『城下町のウィルって人が、詳しい場所を案内するって』

「は?」

『魔獣に話しかけてきたんだ。騎士団がレベリオの拠点を見つけたって話を聞きつけたらしい』


 そういえば、ウィルたちに情報伝達を頼んだのだった。後で連絡手段を教えるなどと言って教えるのをすっかり忘れていた。アンミからすれば礼など特段求めていなかったが、ここでその情報を得られるのは都合がいい。


「タキ。城下町のウィルとハピ、覚えてるよな?」


 立ち尽くす彼女に話しかけると、その泣きそうな瞳が、アンミを捉える。それを確認して、アンミは次なる指示を出す。


「ウィルが拠点になりそうな場所を知ってるらしい。自警団引き連れて、案内してもらえ」

「信用できるの?」

「裏切られたら、人質を取るなり、暴力的な手段に出ていいよ」


 指示を受けて、タキは俯く。まだ落ち込んでいるのか。何に。立ち止まっている暇などないのに。


「……アンミくんは?」


 震える声が、こちらの名を呼ぶ。アンミは彼女に背を向けて物資の資料を確認しながら、短く返事をした。


「俺はまだ残る。ほら、もう行きな」


 そしてタキが部屋を出るのを確認して、ようやく深く己の思考へ潜り込んだ。

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