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この心臓に愛を  作者: 竜花
裁断の剣 -逃亡-
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第36話 答え合わせ

「やあ、ごちそうさま」


 魔界に生きる魔人、イクタ。さぞかし気分がいいのだろう、ニタニタと笑みを浮かべながらアンミを迎えた。意地の悪い彼の一言に、アンミは思わず彼を睨みつける。


「言っておきますけど俺の指示じゃないんで」

「ふふ、知っているよ。カンくんが随分と急いでいたものだから」


 違う。それはきっと、残された時間がもうないことを知っていたからだ。肉体が死んで魂が自動的に輪廻へと還されてしまう前に、イクタに己を()()()()()必要があったから。

 だがそんなことは彼にはどうでもいいことなのだろう。こちらの内心も知らずに彼はぺらぺらとひとりでに話し出す。


「驚いたよ。蘇生は使わないのかと思ってた。唯一の蘇生師だったウイトくんは少し前に輪廻に戻っただろう? 後継は誰なのかな。今生きている魔人たちの中に蘇生術ができそうな魔術師はいなかった気がするんだけど。

まぁ、誰だっていいや、ただ、魔王様は無事にお守りできるんだろうね?」

「……未来のことなんて確実に言い切れませんよ」


 努力はしている。それが限界だ。そんな心内を見透かしたようにイクタは目を細めて、冷たい笑みを浮かべた。


「言っておくけどね、アンミくん。僕は君らを二度と世界に立てないようにすることだってできるんだよ?」


 君()というところがいかにも腹立たしい。こいつは、アンミの立場をよく分かっている。


「わかってるでしょ? レベリオ――国の反逆者となった君らのご先祖に、魔の力を与えたのは僕なんだから」

「もちろん、わかってます。だから、少しでも成功確率を上げるために、あなたに相談に来たんですよ」

「おや、何かな? カンくんの話?」


 そうとも言えるが、それは本質ではない。


「描いてもらった魔法陣、他の場所に移動させることってできます?」


 恐らくカンの指示によって、魔王の蘇生陣は現拠点の地下広間に置かれた。だが、あそこにはもういられない。攻め入った国の軍勢によって露呈されるか、仮に隠しきれてもあの辺りには厳重な監視が付くだろうから出入りも難しくなる。

 イクタは、先程よりいくらか真面目な表情になって、首を傾げた。


「あそこより安全な場所があるというのかい? 君らの先祖が残した結界があるじゃないか」

「そうですけど、場所がもう国にバレたも同然なんですよ」

「あぁ、じゃあ駄目だ。あれももう大分古い術式だからね。現代人が真面目に取り合えば解かれてしまうだろうね」


 イクタがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。魔術のスペシャリストとやらを自称する彼は、創設時代のレベリオにも詳しいから。


「とはいえ、既に描かれた魔法陣の移動は僕には無理だよ。やったことないし」

「物理的に移動させたらどうなります? その、陣の周りを掘り出して持ち運ぶのは」

「ククク、ユニークだね! やってみてもいいけど、途中で陣が欠けでもしたら蘇生は失敗するよ。あとは術師次第じゃない?」


 その返答に、アンミは押し黙る。じゃあ、どうすればいいのか。イクタは再びにんまりと口角を上げ、何かを期待しているかのように、アンミの次の言葉をじっと待っていた。

 彼が待っている言葉も、そして自分が発すべき言葉も、わかっていた。わかっていたから、声にした。大きな溜息と共に。


「……また描いてもらうには、同じくエネルギーが必要なんですね?」

「大・正・解! 陣を消したとてカンくんが輪廻に戻れるわけじゃないのが可哀想だけどね。彼が急ぎすぎた結果だよ、君は悪くないさ」


 いらない気休めだ。彼の言葉は無視して、次の手順を考える。移動先が見つからないことには描いてもらうこともできないが、すべきことはこれではっきりした。


「わかりました。持ち帰って検討します」

「はーい。――あ、そうそう、聞いてよアンミくん」


 現世に帰ろうとしたところで、イクタがこちらを呼び止めた。


「なんです?」

「カンくんにね、遺言を聞いたんだよ。なんて言ったと思う?」


 目を細め、限界まで口角の上がった笑顔。こちらを煽るように、心の底から楽しそうに。それに対し真顔のアンミは、数秒その笑みをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「あとは頼む、とか」


 或いは、「自分は大丈夫だ」とか、「気にするな」とか、こちらを励ます言葉。彼のことだ、きっとアンミが心を痛めるだろうとわかって言葉を残す気がする。


「残念! 正解は――」


 イクタは、細めていた目をぱっと大きく見開き、張り裂けんばかりのその大きな口ではっきりと、短く告げた。


「ごめん、の一言でした!」


 ――衝動的に、一歩踏み込んで拳を振り上げていた。イクタの顔がすぐ目の前にある。彼は怯える素振りなど微塵も見せずに、ただじっとアンミを見つめていた。この状況さえ楽しんでいるかのように、薄気味悪い笑みを浮かべながら。

 歯を食いしばる。拳の先に溜まった力を自身の腿に叩きつけて発散させ、アンミはイクタに背を向けた。

 こんなことがしたいわけじゃないのに。愚図で弱くて煩わしい心が邪魔をする。

 そう、こんな心さえなければ。

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